第802話 続く災難の予感

 東に迫り寄る魔物の殲滅を請け負っていた俺たち炎竜族組の仕事は、もう終わりを迎えようとしていた。

 レイジを含む警備に就いていた炎竜族の救出が済んだことが、魔物の殲滅を劇的に加速させたのである。


 周囲の被害を考える必要がなくなったことで、俺たちはただただ強大な力で魔物を押し潰していった。

 フラムが、イグニスが、ディアが、広範囲に渡る強力無比な魔法で魔物を始末していき、その討ち漏らしを俺とリアンが片付ける――端的に言ってしまえば、その繰り返しだった。


 とはいえ、俺が役に立ったかと問われれば、自分でも首を傾げざるを得ない。

 魔物を倒したことには倒した。何十、何百もの魔物を。

 フラムたちの魔法から命からがら生き延びた魔物にとどめを刺したり、あるいは地中から躍り出てきた珍しい魔物を倒したりと、これでも自分にできる範囲の仕事をこなしてきたつもりだ。


 しかし、もしこの場に俺がいなくても、今の圧倒的有利な状況が何も変わっていなかっただろうことは想像に難くない。

 それだけフラムたちの力が図抜けていた。何より、リアンの力が想像を絶していたのだ。


 フラムが放った炎によって体皮を焦げ付かせる魔物。その前で紅蓮を構える俺の横に、リアンが並び立つ。


 俺の眼前に立つ魔物のようにフラムの火系統魔法に耐え切る魔物は然程珍しくはない。

 威力よりも範囲と魔力効率を重視した結果、強力な個体は難を乗り越え、消滅を免れていたのである。

 そしてその生き残りを、こうして俺とリアンで始末していくのだが、どうやらまた今回も俺の出番はなさそうだった。


「……掃除、する」


 武器を構えるでもなく、魔法を使用するわけでもなく、リアンはボソリとそう呟くや否や、危機感のないぼんやりとした面持ちで魔物のもとまで遅々とした足取りで近寄っていく。


 知能がいくら低いとはいえ、魔物は座して死を待つほど愚かではない。生存本能に従い、徐々に近寄ってくるリアンに向けて牙を剥く。

 比喩などではなく鋼鉄の身体を持つ馬型の魔物は両前脚を高く掲げると、その胸部にポッカリと開いた孔から禍々しい暗黒の光を放つ。


 目に留まらぬ速度で放たれた暗黒の光はリアンだけを呑み込み、そして――霧散した。


「……わたしには効かない」


 魔物から放たれた暗黒の光はリアンに傷どころか何一つ痕跡すら残さず消滅した。

 直後、再び魔物から暗黒の光が放たれる。それも今回は一発ではない。二発、三発とマシンガンのように立て続けに放たれ、一人の少女を消滅させようと躍起になっていた。

 だが、そのどれもがリアンには届かない。


 暗黒の光が虚しく霧散していく最中、リアンは魔物に直接触れられる位置まで移動を済まし、その小さな手のひらを魔物にそっと押し当てる。


 次に聞こえてきたのは苦痛に歪む魔物の叫び声と崩壊の音。

 魔物はリアンな触れられた箇所から鋼鉄の身体を崩壊させていき、数秒と保たずにその身体を瓦礫と化したのであった。

 瓦礫に埋もれるように妖しく輝く巨大な魔石が顔を覗かせ、そしてパリンッと音を立てて砕け散る。


 これまで何度同じ光景を見てきただろうか。

 動物型、植物型、はたまた言葉では形容し難い複雑怪奇な異形の魔物たち……そのいずれもが同じようにリアンに敗れ、消滅していった。


 俺の眼ではリアンが何をどうしたのかわからない。

 いくつもの戦いを観察してきたことでわかったことはリアンが触れた物が、そしてリアンに触れた物が壊れる――それだけだった。


 砕け散った魔石が風に攫われていく。

 これにより、東から迫っていた魔物の最後の一体が完全に消え去った。


「……これでおしまい」


 感情の見えない丸い瞳を向け、リアンが俺にそう告げてきた。


 周囲の至るところから炎と煙が立ち昇っている。

 鼻を刺す異臭、肌を焦がす熱風が吹き荒ぶ大地には無数の魔物の骸が転がっていた。


 周囲に魔物の気配はもうない。あるのは俺が良く知る気配だけ。


 遠くからディアの声が風に乗って聞こえてくる。


 声が聞こえてきた先に目を向けると、そこには大きく……それでいてどこか恥ずかしそうに手を振るディアがいた。

 その隣には偉そうに腰に手を当てるフラム、背筋を正すイグニス、それから互いを支え合うようにして立つレイジとクレールの姿がある。


「それじゃあ皆のところに戻ろうか」


 ディアたちの無事な姿を見て安堵した俺は、凝り固まった肩の力を抜き、リアンと一緒に合流を果たしたのであった。




 場所を赤の塔の近くに移し、俺、ディア、フラム、イグニスの四人で輪になって話し合う。


 レイジとクレールは赤の塔で他の炎竜族たちと共に激戦で傷ついた身体を癒やすため、一足先に戻っている。イグニスから鍵を預かったリアンも塔に戻っており、彼らを介抱するために汗を流している頃だろう。


 本来ならば俺たち四人もさっさと『四竜の宮殿エレメンツ・パレス』に戻り、『竜王の集いラウンジ』を再開させるための準備を行う予定だった。


 だが、状況がそうはさせてくれなかった。

 予定を狂わす凶報が、眉を顰めるフラムによって告げられる。


「西の様子がおかしいな」


 そう切り出したフラムは西の地――地竜族が受け持った地で何らかの異変が起きているであろう根拠を説明した。


 曰く、西に配置していた炎竜族が未だ戻らないとのこと。

 曰く、魔物の気配が減るどころか増え続けているとのこと。


「それは本当なの……?」


「うむ」


 戸惑いを隠しきれなかったのかディアは目を丸くして瞬きを繰り返す。


 一方で二人の会話を黙って聞いていた俺はフラムから説明を受けるよりも先に西の地の異変に気付いていた。赤の塔に近付いたことで西の地が『観測演算オブザーバー』の約三キロに及ぶ探知範囲内に含まれたからだ。


 そんな中、『観測演算』が俺の脳内で示している情報は――目を背けたくなるような地獄絵図。


 西の地を埋め尽くす魔物の気配。

 そのあまりの数が故に一体一体の気配を詳細に捉えられない。魔物なのか竜族なのか、その判別さえできない混沌とした有り様だった。


 もはや猶予も選択の余地もない。

 身体や心が悲鳴を上げていようが、再び立ち上がらなければならない。


 大きく深呼吸をして肺の中に酸素を送り込み、覚悟を決めた俺は、その覚悟と意思を伝えようとして、ふと違和感を抱き、口にしていた。


「魔物の気配が南西に偏ってる……?」


 この偏りが偶然ということはないだろう。いくらなんでも偏りというには不自然過ぎた。

 西をさらに南北に分けてみると、その差は歴然。北には疎らに数体の魔物しかいないのに対し、南は先にも思ったように地獄絵図。空白を探す方が難しい状態にまで陥ってしまっている。


「北にいた水竜族が対応してくれているのか? いや、違う……」


 北にはまだプリュイたちの反応が残っていた。

 どうやら北は俺たちとほぼ同時刻に魔物の殲滅を終えたらしく、魔物の反応が綺麗さっぱりなくなっている。その場にプリュイたちが留まっているのは休憩をとっているのか、もしくは西に向かうべきか悩んでいるのかもしれない。

 いずれにせよ、北西部に魔物の反応がほとんど消えている理由にはならないだろう。


 圧倒的に情報が足りていなかった。

 ただ言えるのは、西で何らかのアクシデントが生じているであろうことのみ。


「こうすけの言う通りなら、たまたまってことは……うん、なさそうだね……」


 ディアは力ない声で偶然である可能性を自ら否定する。


「魔物の大量発生に続きこれか。きな臭いったらないな」


 フラムの金色の瞳が怪しげに光る。

 明らかに何かを疑っている目をしていた。それはフラムだけではなくイグニスも、そしてディアも同じだった。


 一難去ってまた一難。

 いや、実はまだ序章に過ぎなかったのかもしれない。


 妙な胸騒ぎに襲われながらも、俺たちは何を口にするでもなくその足を動かし、西に向かったのであった。

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