第762話 暴挙
プリュイの来訪……もとい襲来に困惑していたが、冷静さを取り戻した俺は眉をハの字に変えて事情を話す。
「少し付き合えって言われてもなぁ……。たった今からリーナに頼まれた依頼を始めるところなんだよね」
俺に何の用があるのかは知らないが、タイミングが悪すぎる。予定が空いていたならまだしも、いきなり押しかけてきたプリュイの相手をしてあげられる余裕はない。
やんわりと断りを入れた俺だったが、どうやらプリュイは諦めるつもりがないらしい。テーブルに両手をつけ、前のめりになりながら捲し立てるかのように言う。
「少しだ、ほんの少しだけでいいっ。今、どーーーしてもコースケの力が必要なのだ! な? な? 良いだろう?」
余程の緊急事態なのか、目を血走らせてプリュイが圧をかけてくる。頭を下げてこないのは彼女のプライドの高さ故なのだろうか。
とはいえ、いくら頼み込まれても無理なものは無理だ。
先約をしてきたリーナも苦笑いを浮かべながら困惑している。アクセルに限っては意味がわからないと口を閉ざして立ち尽くしていた。
出発の時刻までもう五分を切っている。
リーナのことだ。きっとエドガー国王との待ち合わせの時間まである程度余裕をもたせて行動しているだろうが、それでも精々三十分くらいのはず。何を手伝えば良いのかわからないが、今からというのは流石に厳しいと言わざるを得ない。
一応の確認の意味も籠めて、リーナに視線を送る。
返ってきたのは案の定、困り顔だった。そこまで焦っている様子こそないものの、それでもそこまで時間に余裕があるわけではなさそうだ。
やはり断るしかない。だが、その前にプリュイから用件を聞いてあげることくらいはしてあげるべきだろう。
「今は無理だけど、用件だけは聞かせてもらうよ。他の誰でもなく俺の力を借りたいって、一体何があったんだ?」
「え、ええっと……だな。そう! 最近、ゲートの調子が悪いみたいでな、妾がここ最近来れなかったのもそのせいなのだっ!」
視線をサッと一瞬だけ逸らした気もしないでもないが、勘違いかもしれないし、言及するのはやめておこう。
それにしても、ゲートの調子が悪いというの本当なのだろうか。
確認を行うため、目を閉じて脳のリソースを『
「んー……特にこれといった異常はなさそうだけど……」
「いーーやっ! ぜっっったいにおかしいっ! そもそも目を瞑っただけで本当にゲートが壊れていないと確信を持って言えるのか!?」
「まあ、それは……」
プリュイのいう通り、確かに俺が今行った作業はあくまでも感覚による部分が大きく、その精度は不確かだ。
なにせ、これまで一度もゲートが不調になったなんて話は聞いたことがなかったし、体験したこともないのだ。感覚に頼らない方法となると、実際に目で見て確認する他ない。
俺の表情から徐々に自信が失われているのを機敏に察したのか、プリュイは蒼い宝石のような瞳を怪しげに輝かせ、口角を吊り上げて言う。
「百聞は一見にどうたらと言うではないか。見て確かめてくれ!」
絶対に引く姿勢を見せないプリュイ。このままでは梃子でも動かないだろう。
何か良い説得方法はないか。そんなことを考えていると、ふとディアがポツリと呟いた。
「わたしたちが帰って来たらじゃだめなの? お昼頃には帰ってくると思うけど」
ディアの提案に賛同するようなフラムが意地悪そうな笑みでプリュイに声を掛ける。
「だ、そうだぞ? どうせお前は暇しているのだろう? 屋敷で寛ぎながら待っていればいいではないか」
想定外の言葉だったのか、プリュイは目を丸くして瞬きを繰り返し、硬直してしまう。
が、プリュイがそう簡単に諦める性格ではないことは皆が皆知っていること。首を左右にぶんぶんと振り回し、蒼い双眸がリーナを捕捉する。
「……リ、リーナよ!」
「なっ、なんスか?」
プリュイの勢いに呑まれたリーナは身体をのけ反らせながら応答していた。
「護衛がどうたらと言っていたな? あれか? コースケが絶対に必要なほど危険な目に遭いそうなのか? ディアとババアだけでは力不足ということなのか?」
「……よし、後で土に埋めてやろう」
フラムが物騒なことを呟いてもなお、プリュイの視線はリーナを捕捉し続ける。もう失う物も怖いものも何もない、そういった強い決意でも抱いているのだろうか。
もはや狂気に満ちていると言っても過言ではないプリュイの視線を受けたリーナはその影響を受け、俺的に絶対に言って欲しくはない本音を零してしまう。
「い、いや、別にそんなことはないッスよ。体裁と保険を兼ねてると言うか……。それにコースケたちならラバール国王とも面識があるし、適任だなってくらいで――」
「――と言うことは絶対にコースケが必要なわけではないのだな?」
「ま、まあ……居てくれたら心強いッスけど、ディアとフラムだけでも十分と言えば十分ッスね」
鬼気迫るプリュイの勢いに、リーナがあっさりと白旗を上げてしまう。
決して意図したわけではないだろうが、俺はリーナに売られたしまったらしい。
大きなため息を一度吐き、成り行きとはいえ、俺も覚悟を決める。
「あーわかったわかった。時間もないし、ディアとフラムには先に行ってもらうことにして、俺はゲートを直してから合流するよ。そう時間は掛からないと思うし、道中で合流できると思う。リーナもそれでいいかな?」
「私は構わないッスよ」
プリュイが何かを企んでいることは明らかだが、このままでは終わりが見えない。
本当にゲートが壊れているだけならば良いのだが、果たしてどうなることやら……。
俺が折れたことでプリュイが瞳をキラキラと輝かせる。
ディアは苦笑いを浮かべ、フラムは呆れ果てているが、俺を含め二人もプリュイの我が儘に首を縦に振る結果となった。
「よしよしよし! ではコースケ、行くぞ!」
握り拳をつくり、何度もガッツポーズをしたプリュイは席を立つと、俺の横に立って強引に腕を引っ張る。
そして、皆から憐憫の眼差しを受けながら、そのまま引き摺られるように俺はプリュイに連行される形で食堂を後にしたのであった。
ずんずんと大股で歩くプリュイに捕まりながら、ゲートのある部屋に繋がる二階の廊下を進んでいく。
逃げるつもりはないというのに、俺の腕は完全にプリュイの細腕にロックされており、逃げ出すことは難しい状況に陥っていた。
「いつまでこのままでいるつもりなんだ? 別に逃げるつもりなんてないんだけど……」
「そうやって妾を騙そうとしたって無駄だぞ!」
「騙すつもりもないって……」
疲労から頭痛がしてきたが、今は大人しくプリュイの指示に従うしかなさそうだ。そして数分もしないうちにゲートの部屋に到着すると、プリュイは一切躊躇することなく、クローゼットに隠されていた黒い渦に向かって飛び込んだ。
視界が切り替わる。
春の暖かさと、どこか落ち着くような部屋の匂いが消え、冷気と土草の匂いが漂ってきた。
ゲートが壊れているという話だったはずだが、どうやら転移には成功したようだ。
転移した先にあったのは蒼白い氷で囲まれた丸い形をした家らしき場所だった。白い冷気が充満しているため、酷く視界が悪い。
床は剥き出しの地面になっており、そこには霜が張った枯れかけの雑草が生え、家というよりはかまくらに近い造りになっている。
その様子からして、どうやら俺が以前設置したゲートをプリュイがある程度管理しているようだ。
ぐるりと一周見渡したところで、俺は早速ゲートの点検に差し掛かった。
目を瞑って集中力を高める必要もない。
たった今潜ってきた黒い渦――ゲートは俺が良く知るものと何一つ変わらず、はっきりとした俺との繋がりを感じる。
「これ、本当に壊れてる?」
そう言いながら俺の右手を拘束するプリュイに目をやると、マリンブルーの髪をした小さな頭がぷるぷると震え始める。
そして、プリュイは我慢していたものを解放するかのように高笑いした。
「くくっ……あっーはっはっは!!! ……悪く思うでないぞ?」
と、その時だった。
俺の視界がぐにゃりと歪み始め、突如として平衡感覚が失われていく。
立っていられなくなった俺は膝から崩れ落ち、そのまま為す術もなく、意識を手放したのだった。
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