第744話 炎の国

 竜族には各一族が持つ『特性』以外に、この世に生まれ落ちた瞬間から持っているスキルが二つ存在する。


 一つは各竜族が司る属性である火・水・土・風の魔法系統スキルだ。

 それは生き抜くための術であり、アイデンティティでもあった。

 自己防衛機能としての役割はもちろんのこと、過酷な環境下における獲物を狩るための武器として、それぞれ属性魔法を有していた。


 そしてもう一つのスキルが、上級アドバンススキル『帰巣』だ。

 このスキルの能力はその名の通り、巣に帰る――生まれ故郷に転移するというもの。

 区分的には紅介が持つ『空間の支配者スペース・ルーラー』や、アイテムボックスの作製にも使用される空間魔法と同系統のスキルだが、このスキルは転移能力に特化している反面、汎用性には欠いていた。

 つまるところ、片道切符の転移能力と言ったところだろう。

 片道切符とはいえ、長距離転移を可能とする『帰巣』が、何故上級という低い階級に分類されているのか。

 その理由は厳しい使用条件を満たさなければならないことに起因していた。

 使用は非戦闘時に限られ、ひと度使用すれば次の再使用可能時間は七日後。それでいて、一族に認められている者にしか『帰巣』は使用できない。

 言い換えれば、一族から追放された者はその力を使用することができないという条件が課せられているのだ。


 どれだけ遠く離れていても瞬時に生まれ故郷に帰還できる『帰巣』。

 その力を使用し、フラムとイグニスは炎竜族の国に久方ぶりに帰ってくる。


 地面に描かれた魔法陣の上を漂っていた光の粒子が集束し、人の姿を形成していく。

 そして眩い光が収まると、活性化していた魔法陣は魔力を失い、休眠状態になった。


「随分と久しぶりに帰ってきた気がするぞ」


 長旅をしてきたわけではなかったが、フラムは両腕を日が沈んで朱に染まった空に向かっておもいっきり伸ばし、全身の筋肉をほぐす。

 正面を見れば、そこには彩りの少ない灰色の無骨な街が地平線の遥か彼方まで広がっていた。


 見慣れた景色だった。

 見飽きた景色とも言えた。


 街の広さを除けば、どこの国にもありそうな街並み。

 建築様式を含む文明力は、田舎にある人間国家の街と大して変わらない。

 とはいえ、ここが炎竜族が住まう唯一の街と呼べるものであり、人間の国で言うところの首都だと考えると、フラム的にはやや物足りない印象を受けてしまう。


「ふむ……やはりどうにも面白みの欠ける景色だな」


 しかし、そんな印象を抱いてしまうのはフラムが単に見飽きてしまっていたというのが大きい。

 その実、炎竜族の国には目を見張る点が一つあった。


 それは、大きさだ。

 ただ単に面積が広い、大きいという意味だけではない。

 街そのもののスケールが違うのだ。

 建造物一つ一つをとっても、街灯の一つをとっても、その大きさは人間が手掛けた物とは比較にもならない。

 その大きさを感覚的にたとえるのなら、手のひら大の小動物が人間の住む街に迷い込んだかのようなものだろうか。


 人化できないものを基準として造られたために、この街には超巨大建築物ばかりが建ち並んでいた。

 逆に言えば、人化できる者にとっては住みにくい街とも言えるだろう。


 外壁もなければ、門の一つもない超巨大な街にフラムとイグニスは足を踏み入れる。


 出迎えはなかった。

 当たり前だ。フラムは誰にも予告することなく急遽帰国したのだから。

 ただし、街に足を踏み入れた途端、無数の視線がフラムとイグニスの両名に降り注ぐ。

 ある視線は建築物の中から、またある視線は星々の明かりが目立ち始めた遥か頭上の空からフラムたちを見つめていた。


「ったく、せっかく私が帰ってきてやったというのに、どいつもこいつも……」


 正真正銘、フラムは火を司る竜族の王――炎竜王ファイア・ロードだ。

 王の帰還という一大イベントであるはずなのに、誰も自分の前に姿を見せようともしないことにフラムは呆れ返っていた。

 すかさず、イグニスがフォローを入れる。


「無理もありません。外縁部に住む者はまだ若く、人化もできない者ばかり。フラム様が放つ眩いほどの威光を前に畏れ敬っているのでしょう」


 あからさまなイグニスのご機嫌取りの台詞に、フラムは鼻で笑う。


「私の顔を知っている者がここにどれだけいるのやら……」


 怒る気にはならなかった。

 事実、イグニスの言葉は半分正しかったからだ。

 扇状に広がる炎竜族の国は奥に進めば進むほど権力者や実力者などの富裕層が居を構えており、また人化できる者の数も増えていく。

 今、フラムたちが向かおうとしている場所もその例には漏れず、この街の最奥の地に聳え立つ炎竜族の国の象徴とも呼べる主不在の真紅の城だった。


「どうやら気概のある者はいないみたいだな……。であれば、ここにいても退屈なだけだ。さっさと城に向かうぞ」


「仰せのままに」


 立ち位置は相も変わらず先頭にフラム、その斜め後ろにイグニスという順だ。

 強き者が弱き者を従えて歩く。

 王は守られる存在ではない。下々を守るために王がいるのだ。

 それが竜族の常識であり、王として在るべき姿なのである。


 静まり返った夕暮れの街をフラムはイグニスを従えて歩いていく。

 城まで一時間以上は掛かる道のりだが、決して急ぐような真似はしない。

 竜の姿となって飛ぶのはもちろんのこと、走る姿を見せることも王の威厳を損ねる行為として憚られるためだ。

 そんなことは力こそ全てだと思っているフラムにとってはどうでもいいことだったが、イグニスに釘を差されることは火を見るよりも明らか。

 面倒だと思いつつも、遅々とした足取りで城に向かうしかなかった。


「……暇だ」


 時折、そんな風にぼやいてみせるが、イグニスが取り合ってくれることはないし、話し相手になってくれることもない。


 フラムは刺激を求めていた。

 久しぶりに帰郷したというのに、もう既に飽きに飽きていたのだ。

 紅介と出逢ってからというもの、刺激的な日々を送ることが当たり前になってしまっていた。

 王としてではなく、『フラム』として過ごす日々が何ものにも代え難いものだったのだと改めて実感させられてしまう。


「あぁぁぁぁーーっ!! 暇だ暇だ暇だぁぁッ!! このままでは暇に殺されてしまうぞ!!」


 薄暗くなってきた街の中で、みっとなく駄々をこねてみる。

 この際、暇をつぶしてくれるなら相手は誰でも良かった。

 みっとなく騒ぐことでイグニスが力技で止めに入ってくれるのではないかと淡い期待を抱いての行動だった。


「もう暫く、ご辛抱ください」


 しかし、そんな目論見はイグニスに見透かされており、たったの一言で流されてしまう。

 柄にもなく唇を尖らせて抗議をするも、それさえスルー。


「チッ……」


 そして、いよいよ打つ手がなくなったフラムは無駄な抵抗を諦め、大人しく真紅の城に向かおうと腹を括ったその時だった。

 天はフラムの祈りを、我が儘を聞き入れた。


「ピーピーピーピーうるせぇぞ。……ア゙ン? 見たことのねえ顔だな」


 暗がりから一つの影がフラムたちの前に姿を現す。

 人の姿を完全に模した年若い青年だった。

 錆色に近いくすんだ短い赤髪に、野獣のような鋭い目つき。背丈は一八〇を超えており、外縁部に住む者とは思えない清潔感のある朱色の袈裟を身に纏っている。

 一方で背中には襤褸布に巻かれた大剣を背負っており、荒々しい口調も含めて粗暴さを感じさせた。


「これはあれだな、日頃の行いってやつだな」


 零れそうな笑みを懸命にこらえるフラム。

 活きの良い若者がまだこの国にはいたのだと喜びを発露させそうになる。


 ちなみにイグニスは青年が姿を見せた次の瞬間にはその姿を消していた。

 フラムに代わって政務をこなしてきたイグニスの名と顔はフラムに勝るとも劣らず外縁部まで轟いている。

 そのため、主君に仕える者として自分の顔のせいで身バレするようなことがあってはならないと陰に身を潜めたのであった。


 そんな事情など露知らず、青年はフラムに啖呵を切る。


「ここら一帯はオレの縄張りだ。内縁部のヤツだろうが、勝手はさせねぇぞ」


 恐れ知らずで、世間知らず。

 青年の命運はフラムの手のひらの上に乗せられたのであった――。

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