第731話 管理問題

 勘違いこそあったが、結局フラムはイグニスの提案を丸々採用し、ヴィドー大公を含むによる承諾を得て、俺たち四人は後日、首都ラビリントの一等地にある空き屋敷と、通行書及び滞在許可書を貰える運びとなった。


「許可書の発行には数日ほどの時間を頂戴したい。その代わり――とはなりませんが、屋敷の案内なら明日にでも行えるよう手配しましょう」


「ふむ。主よ、それでいいか?」


 明日の予定はまだ何も決めていない。

 ナタリーさんとマリーも連れて屋敷の内見――見学に行くのも悪くはないか。


「ああ、皆で見に行こうか」


 現在の時刻は二十二時を回っていた。

 マファルダ・スカルパの死、そして《白仮面マスケラ》の脅威も去り、数々の事件も無事解決に向かっている。

 ラバール王国とブルチャーレ公国との間で協議を続ける必要こそまだあるらしいが、俺たちはもうお役御免となった。


 まだまだ元の平穏を取り戻すまでは時間が掛かってしまうかもしれないが、今日はもう時間も時間ということもあり、解散の流れとなった。

 ヴィドー大公の解散宣言で俺たちは会議室を後にする。

 何故かルヴァンが一緒について来ていたが、何やらフラムと話している。


「ふう、疲れた疲れた。でも興味深い一日を送れたよ」


「お前は何もやっていないだろうが。それよりもなんだ? 私たちにまだ用でもあるのか?」


 螺旋階段を下りながらの雑談。

 カツカツという俺たちの足音と、フラムとルヴァンの話し声だけが響く。


「別に大した用ではないのだけれど、フラム君たちには僕の居場所を伝えておこうかと思ってね。僕は当面の間、森に戻ることにしたからさ」


 そう言いながらルヴァンは何処からともなく一枚の紙を取り出し、フラムに手渡しする。


「これは……うむ、地図だな。お前が書いたのか?」


「正解。お手製の地図だから少し見にくいかもしれないけど、地図の中央に赤い点があるだろう? そこが僕の今の楽園の場所なのさ。場所で言うと、ブルチャーレ公国の北にある森の中だね。人に見つからないようにちょっとした結界が張ってあるけど、フラム君たちなら簡単に見つけ出せるはずだ。だから、もし僕に用事がある時は気軽に訪ねてほしい。君たちならいつでも歓迎するからさ。それじゃあ僕は先に失礼させてもらうよ。――『竜王の集いラウンジ』を開く日程が決まったら連絡をお願いするよ、じゃあね」


 言うだけ言い残して、ルヴァンは風のように去っていってしまう。

 そして残ったのはルヴァンから渡された地図のみ。


「これって、フラムに連絡係をしてもらう気なんじゃ……」


 俺も薄々思っていたことをディアがオブラートに包まずフラムに真相を告げる。

 それでようやくフラムもルヴァンの意図に気付いたのか、大きな舌打ちをし、手書きの地図の端をくしゃりと握り潰した。


「ちっ……地図を渡して来たのはそういうことか。今度会った時は覚えていろ……」


 やや不穏な雰囲気を漂わせるフラム。

 こうなったフラムを止める術はない。

 ルヴァンには悪いが、自業自得ということで次に会った時はフラムの強烈な鉄槌を受けてもらうしかないだろう。


 俺はフラムが地図をボロボロにする前に地図を預かり、アイテムボックスの中に回収。

 こうして俺たちは長い長い会議を終え、ナタリーさんたちが眠る宿に帰ったのであった。




「ふぅ……」


 隣に座るディアから疲労と安堵の息が漏れ出る。

 宿に戻った俺たちは各々寝室に向かわずにリビングでイグニスが淹れてくれた冷たい紅茶で喉を潤しながら、テーブルを囲んで寛いでいた。


「さて、明日は屋敷を見に行くことになったけど、どうしようか……」


「どうするって、どういうこと? どこか浮かない顔をしてるけど、何か心配事ことでもあるの?」


 表情の微妙な変化から俺の心を見透かしたかのようにディアが尋ねてくる。


「屋敷の管理をどうしようかなってさ……」


 まだ実物を手に入れたわけではないが、これでブルチャーレ公国への行き来が楽になるし、拠点も手に入れられる。

 イグニスの提案を採用したのも、あり余るほどのメリットを感じたからだ。


 その一方で、悩みもある。

 一例として問題を挙げると、屋敷を所有することによって生じる諸々の税金を支払わなければならないことだが、金なら十分過ぎるほどあるし、足りなくなったら稼げばいいだけ。

 この点に関してはそこまで深刻になる必要はないだろう。


 それよりも心配なのは屋敷の管理だった。

 現状、ラバール王国の王都プロスペリテにある屋敷を管理しているのはほぼ全てナタリーさんとマリー、そしてイグニスの三人だけと言っても過言ではない。

 俺とディア、フラムの三人は屋敷を空けることが多々あるため、精々自分たちの部屋を片付けるくらいで、基本的にはナタリーさんたちに丸投げしてしまっている。

 ただでさえ、あの大きな屋敷をたったの三人だけで管理してもらっているのだ。そこにブルチャーレ公国の屋敷の掃除や管理まで任せるというのは現実的に不可能だろう。


 ともなれば、人を雇うのが手っ取り早い解決策になる。

 しかし、屋敷の管理を任せるともなると信用が必要不可欠。

 ナタリーさんたちのように新たに家族として奴隷になっている人を迎え入れるにしろ、冒険者ギルドに行って冒険者に依頼を出すにしろ、一朝一夕で信用するのは困難だ。

 ただの屋敷であれば、そこまで気にする必要はないだろう。

 だが、屋敷にはゲートを設置するつもりだ。

 今となっては必死になって隠し通すことはなくなってきているものの、それでも赤の他人にゲートの存在を知られるのは避けたい気持ちが強い。


 それにもし、悪意を持った人間を招き入れてしまったら。

 そんな想像すると、信用のない他人に屋敷の管理を任せるのはどうしても忌避感を抱いてしまい、選択肢から外れてしまっていた。


「確かに簡単に誰かに任せるのは、わたしもどうかと思う。一応、わたしたちの新しいお家になるわけだから」


 俺たちがブルチャーレ公国に滞在している間、屋敷の警備として冒険者に依頼を出し、警備を任せてはいるものの、それとこれは切り離して考えなければならない。

 今回出している依頼はあくまでも警備のみ。屋敷の中への立ち入りは非常時を除いて禁じており、かつ王都のギルドマスターであるアーデルさんからの紹介ということもあり、信用できると判断した上で警備を任せているからだ。


 管理問題。

 これを解決しない限り、屋敷を貰ったとしても維持が難しい。


「欲を言うと、信用できて、それでいて強盗が入っても追い返せるくらいの実力を持った人に管理を任せられれば良いんだけど……」


「うーん……。ブルチャーレ公国で見つけるのは難しいかも……」


 ディアも一緒になって考えてくれているが、どうやら適任者を見つけ出せずにいるのか、悩ましい表情をしている。


 このままでは宝の持ち腐れもいいところ。

 むしろ税金を支払わなければならない分、デメリットにしかならないのではないかとさえ思えてきてしまう。

 これならラビリントから離れた人気のない森の中や荒れ地にゲートを隠しておいた方が余程楽なのではないだろうか。

 もういっそのこと、屋敷を貰うのをやめた方が――そんなことを考え始めていた時だった。

 出口の見えない迷宮に足を踏み入れていた俺にイグニスが声を掛けて来たのは。


「宜しいでしょうか。私めに妙案がございます」


 そう切り出したイグニスは、彼にしては珍しいことに自信が垣間見えるかのように口の端を吊り上げ、俺が求めに求めていた解決策を口にしたのであった――。

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