第730話 謝罪と賠償

 ――パチパチ、パチパチ。


 スカルパ公爵を依り代に巨木と化した命なき道具との戦闘を終えるや否や、拍手の音が聞こえてきた。

 音のする方向に目を向けると、そこには微笑を浮かべたルヴァンの姿が。

 その拍手が俺とディア、そしてフラムに向けられているであろうことはルヴァンの細めた目を見ていればすぐにわかった。


「いやいや、実に見事な戦いぶりだった。まさかあの巨大な木をそのままアイテムボックスの中にしまうとはね。僕には全くなかった発想だ、素直に感心してしまったよ。ディア君も塔が崩壊しないように頑張っていたみたいだし、そしてフラム君もフラム君で良く我慢していたね。君が全力を出してしまえば、あの巨木が及ぼす被害よりも、さらに大きな被害を出してしまっていただろうからね。フラム君が我慢してくれたお陰で多くの人間たちが救われた。そう言っても過言ではないんじゃないかな」


 ルヴァンは俺たちが何を考え、どのように決着をつけたのかを全て見抜いていたようだ。

 あえてこのタイミングで俺たちを仰々しく称賛したのも、戦闘を見守っていた他の人たちに向けた状況説明も兼ねているのかもしれない。


「……貶されている気しかしないのは私だけか?」


 フラムにとって今の戦いが不完全燃焼だったことは言うまでもない。

 まともに攻撃することすらできず、防戦一方を強いられたのだ。いくら塔と人々を守るためとはいえ、彼女からしてみれば到底納得のいく戦いではなかったはず。

 敗北したとは思っていないだろうが、言葉では形容し難いモヤモヤが残る戦いだったことは明らかだった。


「そんなことはないさ。君たち三人の連携は本当に素晴らしかったよ」


 ルヴァンはそこで会話を止め、微笑を浮かべたまま目を伏せた。


 改めて会議室を見渡してみると、かなり酷い有り様だった。

 中央に置かれていた円卓は消え、床には樹木の破片や炭や灰、それから家具や書類など、様々なものが散らかりに散らかっている。

 到底このままでは会議を続けることなどできるはずもなく、ヴィドー大公の一言により、騎士や使用人を会議室に呼び寄せ、約三十分の時間を掛けて会議室を最低限使える程度に整えさせた。


 片付けを済ませた騎士と使用人が会議室を出ていき、俺たちは再度元いた席に座った。


「待たせてしまってすまない」


 そう皆に謝罪の言葉を述べたヴィドー大公は、ちらりとその視線をある場所に向けた。


 そこはぽっかりと空いた一つの席。

 スカルパ公爵が座っているはずのその空席が、彼女がこの世にいないことをもの静かに語っていた。

 ちなみにスカルパ公爵によって精神を狂わされ、半ば廃人と化したミロはもうこの場にはいない。

 会議室の清掃と共に騎士団に連行され、今頃はどこか別の場所で処置を受けているところだろう。


 そして、フラムの傍で控えるイグニスを除く全員が着席すること約一分。

 居住まいを正し、真剣な面持ちをしたヴィドー大公が宣言する。


「結局、スカルパ公爵は多くを語らず死去した。しかし、このままマファルダ・スカルパを嫌疑不十分で無罪とするわけにはいかない。生前、この場で残した彼女の自白を証拠とし、沙汰を下す。――我々ブルチャーレ公国に仇をなし、ラバール王国国王エドガー・ド・ラバール殿、並びにフラム殿の殺害未遂及び、国家転覆を目論んだ第一級犯罪者として裁きを受けてもらう。マファルダ・スカルパは公爵位を剥奪、そしてスカルパ公爵家は解体。領地は本国による一時預かりとし、後の会議にて再分配を行う。異論のある者はいるか?」


 異論を唱える者は誰もいない。

 当然の帰結だと皆が皆、受け止めているようだ。


 これにより、マファルダ・スカルパは爵位を剥奪され、死してなお、罪を償い続けることになった。

 おそらく後の歴史で、その名は悪名として語り継がれることになるだろう。

 あの老婆がどのような信念を持っていたのか、どれだけ民のことを想っていたのか。

 そのようなことは未来永劫語られることはない。罪人としての名だけが残り、語り継がれていくのだろう。


 真実を知っている身からしたら、少しだけ虚しさが心の中に残る。だが、事実としてあれだけの大罪を犯したのだ。仕方がないと割り切る他なかった。


「ラバール国王、此度は多大なる迷惑を掛けてしまった。ブルチャーレ公国を代表し、ダミアーノ・ヴィドーが改めて謝罪と賠償金について話し合う場を設けさせていただきたい。よろしいだろうか?」


 友としてではなく、大公と国王としてのやり取り。

 流石にこれほど大きな事件に発展してしまったのだ。旧知の仲だからといって有耶無耶にしてなかったことにするわけにはいかないようで、エドガー国王は重く一つ頷き返すだけに留めていた。


「フラム殿……」


 どうやら次はフラムの番らしい。

 迷惑を被ったのは主にフラムだったので納得の人選だと言える。

 ふと、ヴィドー大公の表情を覗き見ると、その顔には明らかに困惑の色が浮かんでいることに気付いた。

 大方、どう謝罪をしたものか悩んでいるのだろう。


 今さら言うまでもないことだが、フラムは竜族だ。

 相手が人であれば法に則ったり、過去の事例を照らし合わせて謝罪内容と賠償金ないし、慰謝料を支払えばそれで済む話だが、相手がフラム――竜族ともなれば勝手が違う。

 しかもフラムは炎竜王ファイア・ロード

 人間世界の王ではなく、炎竜族の王なのだ。

 そんな背景もあって尚更対応に苦慮しているようだった。


 一秒にも満たない間でヴィドー大公の困惑を機敏に察知したのか、フラムは次の言葉を待たずに口を開く。


「謝罪も金も必要ない。それに金なら主の懐から無限に湧いて出てくるしな」


 思わずツッコミを入れそうになるが、そこは空気を読んでグッと堪える。とはいえ、もちろん視線で抗議だけはしておいた。

 確かにフラムの言う通り……では全くないが、お金には困っていない。

 アイテムボックスに入れてあるお金だけでも数十年は遊んで暮らせるだけの額は持っている。そこに加えてこれまで倒してきた魔物の素材やら魔石やらを合わせれば、無限とは行かないまでも、余程のことがない限り金銭面で困ることはない。

 余程のことが起こった時は……まあ、冒険者稼業に勤しめばいいだけ。何なら極一般的なアイテムボックスを量産して販売するだけで巨万の富を築くこともできるだろう。


「そういうわけには参りません、フラム殿」


 謝罪と賠償をキッパリと断り、これで万事解決……とは流石にいかなかった。

 謝罪と賠償とは謂わば、贖罪であり清算だ。

 清算を行わなければ大きな借りを作ることにも繋がり、いずれその借りがその身を滅ぼすことにもなりかねない。

 そんな当然の危機感をヴィドー大公は持っており、断固としてフラムの寛大な言葉を受け入れるつもりはないという強い意思を示していた。


「そう言われてもだな……。イグニスよ、何か良い案はないか?」


「あっ、投げた……」


 隣に座るディアから何やら聞こえてきた気がしたが、空耳だと自分に言い聞かせ、イグニスの発言を待つ。

 そして丸投げされたイグニスは悩む素振りを全く見せずに提案を行う。


「ご参考になるかわかりませんが、お屋敷を一件頂戴するというのは如何でしょうか? 名義はコースケ様にしていただき、それに付随して特別な通行及び滞在許可書もいただければ何かと便利になるのではないかと愚考致します」


 合っているかどうかわからないが、なんとなくイグニスの思惑が見えてきたような気がする。

 おそらくイグニスはこの国に俺たちの臨時の拠点を構えようとしているのだろう。

 貰った屋敷に俺がゲートを設置すれば、煩わしいラバール王国との行き来を気にする必要がない。

 さらに滞在許可書まで貰えれば、密入国扱いをされる心配もなくなるという算段だ。

 確かにこれが実現すれば、ブルチャーレ公国にシュタルク帝国が突如侵攻を行った際、合法的かつ即座に駆け付けることができるようになる。


 来るべき未来に備えるための一手。

 実にイグニスらしい堅実な提案だった。


「別に私はそれで構わないが……あれか? ルミエールに会うための口実とかか?」


「……」


 しかし、イグニスの素晴らしい提案の意図がフラムに伝わることは残念ながらなく、イグニスの表情は完全なる無になったのであった。

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