第723話 覚悟

 ヴィドー大公の顔には不退転の覚悟が現れている。

 辛辣なフラムの言葉を受け止め、彼我の差を認め、それでもなお、その目は死んでいなかった。

 絶望に抗い続けるその姿勢は大国の頂点に立つ者として相応しいものだと言えるだろう。


 だが、願望だけでは国を守ることはできない。

 生き抜くための術を手に入れ、強敵に対抗するための策を見つけ出してこそ、未来を掴み取ることができる。


 相手は地竜族を引き入れたことで、より強大な力を手に入れたシュタルク帝国。

 ただでさえ両国の戦力には大きな差があったにもかかわらず、地竜族をその手中に収めた今、もはや覆しようのない決定的な差が生まれてしまった。


 スカルパ公爵が言った通り、軍事同盟でどうこうなる範疇を超えてしまっている。

 マギア王国を平定し終えた後に、ほぼ間違いなくシュタルク帝国はラバール王国かブルチャーレ公国に戦争を仕掛け、世界の覇権を握ろうとしてくるだろう。


 それに抗うためには策が、力が必要だ。

 しかし、そのどちらも用意できないともなれば、縋るしかない。


 恥を晒し、矜持を捨て、弱さを見せる。

 大国の頂点に立つ者として見せるべきではない姿を晒してまでも、ヴィドー大公は国を守るためであれば醜態を晒すことすら厭わない覚悟を持っていたのだ。


 とはいえ、フラムにヴィドー大公の願望を叶える義務はない。

 我が儘であり、強欲でしかないと容赦なく切り捨てる選択肢もあっただろう。

 だが、フラムは小さく笑った。

 侮蔑の意味などではなく、愉快そうに微笑んだ。


「生半可な覚悟で言ってるわけではなさそうだな。――面白い。お前のその心意気、私は嫌いではないぞ」


 フラムの視線が一瞬、ルヴァンの方を向く。

 すると、ルヴァンは苦笑しながらも軽く頷き返し、その様子を確認し終えたフラムは再びその視線をヴィドー大公に向けた。


「選ばせてやる。希望が見える話と暗く現実的な話、どちらから先に聞きたいか言ってみろ」


「我々は何よりも先に現実を見つめ直さなければならない。希望を見るのはその先だ」


「なら、まずは現実的な話をしてやろう。シュタルク帝国に勝ち目がないことはさっき話したばかりだから割愛させてもらうぞ。今ラバール王国とブルチャーレ公国は軍事同盟を組んでいるんだったな? ならば、そこにマギア王国を加えろ。一対一、二対一でも敵わないのなら三対一の構図にもっていけ。至極当然の話だろう? シュタルク帝国に対して包囲網を敷き、三ヶ国間で密に連携を取れば、簡単には手を出さないはずだ。その点、エドガーはマギアともブルチャーレともそれなりに上手く付き合っているようだがな。ヴィドーよ、お前たちはどうだ?」


「マギア王国との同盟に関しては我々の間でもよく議題に上がり、検討を続けてはいますが……」


 歯切れの悪い様子からするに、話はそれ以上進展していないのだろう。

 これまでラバール王国、マギア王国、そしてブルチャーレ公国の三国は暗黙の了解のような曖昧な形式で対シュタルク帝国を想定した動きをしてきていた。


 三国でシュタルク帝国に目を光らせることで、シュタルク帝国の動きを封じようとしていたのだ。

 しかし、所詮は目を光らせていただけ。

 シュタルク帝国がマギア王国に侵攻をした際、ブルチャーレ公国は特にこれといった動きを見せることなく、そのままマギア王国は呑み込まれてしまった。


 これはラバール王国にも同じことが言えるかもしれないが、唯一の違いはマギア王国から逃げ延びて来た難民を手厚く迎え入れた点だろう。

 これはリーナから耳にした小話だが、ラバール王国とマギア王国の間で、ただの友好国だけでは留まらず正式な同盟の締結に向けて動き出しているとのことだ。

 それもこれもラバール王国がマギア王国に恩を売り、両国が関係を深めたことが起因しているのだろう。


 そのことを踏まえると、ラバール王国の立ち回りは優秀だ。

 南北に位置する大国と手を組み、不安を完全に取り除くことでシュタルク帝国だけを見据えて動けている。

 軍事力という点ではまだまだ物足りないものはあるが、国全体が一枚岩となり、人材の発掘と軍事力の強化に着手するという地に足をつけた政策を行っている点は評価されるべきだろう。


 フラムが勝手にペラペラと内部情報を話したことにエドガー国王は若干頬を引き攣らせているが、今は聞き手に回ることに徹しているのか、口を挟んでこなかった。


「円卓を囲んで議論を続けるだけでシュタルク帝国に勝てるとでも思っているのか? まずはなりふり構わず行動で示せ。『ブルチャーレ公国はシュタルク帝国に屈することはない』と世界にその意志を示せ。今ならまだ奴らはマギア王国から奪ったの領土の平定に忙しくしているはずだ。時間ならまだ若干の余裕がある。この残された時間をどう使うか。それを良く考えるんだな」


 三ヶ国間の軍事同盟。

 その同盟がシュタルク帝国に対してどれほど影響を与えるのか、それはまだ未知数だ。

 脅威と考え、二の足を踏むのか、はたまた圧倒的な暴力で上から押し潰そうとしてくるのか。


 おそらく……後者だろう。

 確信に近い予感が俺にそう告げてくる。


 実際にはフラムも俺と同じようなことを感じているのではないだろうか。

 それでも軍事同盟の締結を急かせたのは彼女なりの配慮ではなく、思惑があってのことに違いない。

 俺が予想するに、実現可能な目標を与えることでヴィドー大公の心を反シュタルクに固めさせる。大方、そんなところだろう。


「感謝を申し上げる、フラム殿。早急にマギア王国との同盟締結に向けて尽力をつくしてみせましょう。ラバール国王、その際にはご協力を願えるか?」


「ああ、俺が両国の間を取り持とう。とはいえ、新たにマギア王国の女王となったカタリーナ女王は頭が切れる。利害が一致している今、余程のことがなければ必ず手を握り返してくれるはずだ」


「うむ、リーナなら問題ないだろう。だが、気をつけた方がいいぞ? リーナの傍には小うるさいじゃじゃ馬娘がいるからな……」


 それが誰を指しているのかは言うまでもないだろう。


 現実的な話を終えたタイミングで緊張の糸が僅かに緩む。

 まるでスカルパ公爵の存在を無視したかのような話し合いだったが、その緩んだ空気を機敏に察したのか、それまで沈黙を続けていたスカルパ公爵が話に割って入ってくる。


「黙って話を聞いておったが……まったく呆れてしまうのう。三ヶ国の同盟に果たして何の意味があるというのじゃ。シュタルク帝国には地竜族がいる。その根本的な問題を解決せん限り、ブルチャーレ公国に輝かしい未来は訪れん。戦いの先にあるのは破滅のみ。国を失い、家を失い、愛する人を失う。何も残らないというのが、何故理解できんのじゃ」


 その言葉で弛緩しかけていた空気が一気に重苦しいものへと変わっていく。

 容易に想像がついてしまう残酷な未来を突きつけられ、不退転の覚悟を持っていたヴィドー大公でさえも険しい顔をするだけで精一杯になってしまう。


 だが、そんな空気をまたもや一変させたのはフラムだった。

 ニヤリと不気味に口角を吊り上げると、絶望に染まりかけていた空気を払い除け、小言を付け加えつつも、ついに希望をちらつかせる。


「地竜族地竜族と煩い奴だな、お前は。そんなに地竜族が怖いのであれば遠く離れた地で隠れていればいいだろうが。それにだな、お前の言動には大きな矛盾がある。地竜族如きに怯えておきながら、何故私に歯向かってくる。言っておくが、私は地竜族モグラ共よりも強い。恐れるべきは遠く離れたシュタルクの地にいる地竜族よりも、今目の前にいる私なんじゃないか? まあ、そんなことはどうでもいいか。ここで私からお前たちに希望を与えてやる。朗報だ、耳をかっぽじって良く聞け」


 全員の視線がフラム一人に集まる。

 すると、フラムはその金色の瞳に闘志の炎を宿し、こう言ったのであった。


「竜族の不始末は竜族で処理を行う。これ以上、地竜族の奴らに好き勝手やらせるつもりはない」

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