第722話 不条理

 淡々と言葉を紡ぎ、そして問い掛けたスカルパ公爵は椅子の背もたれに全身を預けると、左右に座るフラムとルヴァンの返事をゆったりと待つ。


 あたかも自分の言葉が全て真実であるかのような堂々とした態度を取っている。

 今、この場に於いて最も立場が弱い人間とは思えないふてぶてしい態度とも言えるだろう。

 しかし、誰もスカルパ公爵の態度を指摘する様子はない。それどころか、ヴィドー大公を筆頭に他の公爵家とエドガー国王はその耳目を二人の竜王に集めていた。


「答えてあげないのかい? フラム君」


「……貴様、私に丸投げするつもりだな?」


「ははっ、そう怒らないでくれよ。僕はただフラム君の方が適任だと思っただけさ。だってそうだろう? 現に君は一度彼らと拳を交えた経験があるのだから」


 ギロリと鋭い視線を受けながらもルヴァンは飄々と受け流し、それでいて妥当性のある理由を添えることでフラムに返答を丸投げするつもりらしい。

 目を瞑り出したところからみても、聞き手側に回る気満々のようだ。


 冷たい舌打ちが静まり返った会議室に響くと、フラムは重い口を開く。


「秤を寄越せ。まずはそれからだ。この国で最強と称されている者をここに呼んで来い。無論、この国に仕えている人間に限らせてもらうぞ」


 冒険者を含めても意味がない。

 国のために戦い、国のために死ねる人間でなければ、戦力にカウントすることは不可能だ。

 何でもありになってしまえば、それこそ真っ先にルミエールの名前が挙がってくるだろう。

 故にフラムは条件を付け加え、さらには今ここにその条件に合致する該当者を呼び寄せることで、ブルチャーレ公国が持つ個の力を確認しようとしていた。


「誠に申し訳ありませぬが、それはできませぬ。我が国の最高戦力は常にシュタルク帝国の侵攻に備え、東の国境線付近に配置しておりますゆえ……」


 そう言いながらバルトローネ公爵は円卓に両手をつき、頭を下げる。

 誠心誠意の謝罪であることは一目瞭然だった。

 せっかくフラムから提案を――譲歩を受けたというのに、その期待を裏切ってしまうことへの罪悪感が彼にそうさせたのかもしれない。


 とはいえ、フラムが言ったように秤がなければ戦力を比べることなど不可能だ。

 軍単位ではなく個人単位で戦力を比較しようとしていたあたり、個の強さに重きを置くフラムらしい考え方だったが、それも叶わなくなってしまった。

 ともなれば、完全な憶測だけでシュタルク帝国とブルチャーレ公国の戦力を語るか、あるいは別の物差しを用意するしか方法はない。


「チッ……。面倒だが、聞き方を変えるか。その者はルミエールを殺すだけの力はあるか?」


 軍に関することは完全にバルトローネ公爵が担っているのか、悩まし気な唸り声を上げながら歯切れの悪い言葉を返す。


「ルミエール殿の真の実力を把握していない現状では、わからないとお答えするしか……」


 意外な答えが返ってきたことに俺は心の内で驚く。


 『勝てない』ではなく『わからない』。

 この二つには雲泥の差がある。

 もちろん、ルミエールの実力を過小に見積もった上での返答なのかもしれないが、わからないと答えられるだけでも凄いことだ。


 何せ、ルミエールは伝説の存在であり、最強の存在と語り継がれてきた竜族なのだ。

 そのような畏怖すべき存在に極小の可能性かもしれないが、その者であれば勝機があるとバルトローネ公爵は踏んでいる。

 俺からすると、もはや意外を通り越して驚愕に値する発言に聞こえていた。


 しかし、そんな俺とは対照的にフラムの表情は暗い。

 それも悲しみや同情などではなく、失望に近い表情をしていた。


「なるほどな。この国にもそれなりに誇れる実力者がいるようだな。だが――その程度では話にならん。イグニスはどう考える?」


 急に話を振られたにもかかわらず、イグニスは表情筋一つ動かすことなく淡々と答える。


「フラム様の仰る通りかと。あれはまだまだ未熟者でございます。ただ人化できるだけの地竜族の小物に後れを取るほど弱くはありませんが、所詮はその程度。もし仮に『紅』の皆様とご一緒に戦うような場面があるとするならば、間違いなく足手まといになるでしょう」


 何とも辛辣で残酷な言葉が出てきた。

 身内故の厳しさなのか、はたまた客観的な分析に基づいた評価なのかわからないが、現状のルミエールではイグニスのお眼鏡にかなわないようだ。


「あのルミエール殿が足手まとい……? そのようなことが……」


「バルトローネと言ったな? お前は……いや、この世界に生きる大概の人間に言えることだが、お前たちは竜族を過剰に恐れすぎている。持ち上げすぎている。確かに竜族という種族は人族とは比べ物にならないほど、圧倒的に高い基礎能力を備え持って生まれてくることは間違いない。体格、筋力、魔力、寿命、他にも種族特性などの様々な点で竜族は人族よりも優れた種族だ。しかしだな、お前たち人間は全ての竜族が高い戦闘能力を持っていると思っている節があるようだが、それは大きな勘違いだ。人間の中でも弱者と強者がいるのと同じように竜族もまた弱者もいれば強者もいる。何故かわかるか? どこぞの神の悪戯か、この世界の生きとし生けるものはスキルを与えられ、それを源として生を受ける仕組みにからだ。平等と言うべきか不条理と言うべきか、無数にあるスキルの中から無作為に与えられるスキルに種族の優劣はほとんど存在しない。ここまで説明すれば理解できたか? つまりだな、種族間の能力差を超越した強力なスキルさえ所持していれば、竜殺しなどそう難しいことではないということだ。ルミエールに限って言えば、奴はまだまだ青い。奴が持つスキルはまだ成長の余地が残されているし、数もまだまだこれから増えていくだろう。そのような小娘に苦戦するようなら、まずもって地竜族を引き入れたシュタルク帝国には勝てん。……それに、あの国の人間の中には私を楽しませることのできる人間もいるしな」


「うんうん、僕も概ね同じ意見だ。でもまさかそんな深いところまで君が喋るとは思わなかったよ」


「ほざけ。お前が私に喋らせたんだろうが」


「いやいや、そういう意味じゃなくってさ」


 フラムはルヴァンに付き合うのを嫌ってか、円卓の上に用意されていた冷えたコーヒーを流し込むように飲み、喉を潤す。

 ようやくこれで自分の役目は済んだとばかりの表情をしているが、こんな話を聞かされて黙っていられる者は余程の変わり者だけだろう。


「あんたを楽しませられる人間がいるだって? おいおい……、冗談にしては笑えねえぜ?」


 ラフォレーゼ公爵はぎこちない笑みを浮かべ、現実から目を背ける。


「……強者と弱者。かの竜族でさえも人の世の理と変わらぬということか……」


 武人として生きてきた人間だからこそバルトローネ公爵はフラムの言葉に一定の理解を示しつつも、隠し切れない動揺をその顔にまざまざと浮かび上がらせている。


 一方でヴィドー大公の反応は二人とは大きく異なっていた。

 計り知れない衝撃を受けたことは間違いないだろう。

 しかし、ヴィドー大公は現実から目を背けるわけでも、フラムの言葉をただ鵜呑みにするわけでもなく、神妙な顔つきでフラムに問い掛ける。


「フラム殿はスカルパ公爵の主張に同意している。その認識で間違いないだろうか?」


「ん? 同意なんてした覚えはないぞ。私はただありのままの事実を口にしただけだ。お前たちではシュタルク帝国には及ばないとな。何なら時間さえ掛ければ、私と主とディアの三人だけでもこの国を滅ぼすくらいわけないと思っているぞ。イグニスの手を借りる必要性すら感じないな」


「おい、フラムっ。それはいくらなんでも――」


 話に割って入るのもどうかと思ったが、フラムの挑発的な発言に黙っていられず、つい口を挟んでしまう。

 しかし、フラムは何の反省もなくウインク一つで俺の口を塞ぎ、挑発を続ける。


「とまあ私の主は謙虚なことを言おうとしていたが、実際にやってみたら余裕だろうな。雑魚がいくら集まったところで私たちに傷一つ負わせることはできない。時間稼ぎにもならない。殺して殺して殺して……それでおしまいだ。まあシュタルク帝国の奴らに同じことができるとは思えないがな」


 フラムの視線がほんの僅かにディアに向けられる。

 それが意味するところはディアの無尽蔵の魔力、そして無限の魔力供給ありきの話だと言うことなのだろう。


 それは、他の誰にも真似のできない裏技。

 もし同じことができる者がいるとすれば、それはアーテ唯一人だけだ。


 実現性が皆無に等しい例外をフラムが語ったことに何か意味を見出すのだとしたら、それはブルチャーレ公国に対するフラムなりの警告のようなものと言ったところだろうか。


 その警告を受けたヴィドー大公はフラムの金色の瞳を恐れることなく見つめ、こう尋ねた。


「ならば、お聞かせ願いたい。我らが生き残る道を、シュタルク帝国を打ち倒す道標を――」

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