第720話 鋼の柵

 風に乗って届けられたルヴァンからの伝言を聞いた俺とディアは未だに気絶したままの白仮面を肩に担ぎ、会議室に戻った。


「くそっ、羨ましいぞ。こっちは暇で暇で死にそうになっていたというのに……」


 温かく迎えられると思いきや、何故かフラムからは嫉妬と羨望を向けられる。

 その反応から見るに、どうやら俺とディアがここを離れてからというもの、何も進展がなかったとみて間違いなさそうだ。

 十中八九、塔が大きく揺れていたこともあり、話し合う余裕なんてなかったのだろう。


 そこでふと、こちらを見つめてくる視線を感じる。

 いや、この場合は観察と言った方が適切かもしれない。

 好奇心と値踏み。その両方を含んだ翡翠色の瞳が俺を、そしてディアをジッと見つめていた。


「わたしに何か用?」


 ディアも視線に気付いていたらしい。

 ルヴァンから注がれる熱い眼差しを受けながらも堂々とその瞳を見つめ返していた。


「すまないね、君たちに少し興味が湧いてしまっただけさ。おっと、これ以上はフラム君に怒られてしまうからね。もうやめにしておくとするよ」


「???」


 何がなんだか良くわからなかったが、とりあえず目を付けられたとでも思っておけば良さそうだ。

 それに、別に放置しておいてもきっと害はないだろう。

 ルヴァンの言葉から察するにフラムが目を光らせてくれていることは間違いない。

 フラムがいないならまだしも、この場にフラムがいる限りは下手な真似はしてこないだろう。


 そんなことを気にするよりも、やるべきことがある。


「犯人と思しき人物を確保しましたが、どうすればいいでしょう?」


 肩に担いでいた白仮面の男をそっと床に下ろす。

 改めて確認してみるが、相変わらず意識はない。急に起き上がり、襲い掛かってくるような心配は必要ないだろう。

 それに万が一起き上がったとしても、これだけの面子がこの場には揃っているのだ。抵抗も虚しく即刻取り押さえられる未来しか見えない。


「二人には感謝を申し上げる。バルトローネ公爵、この者の拘束を頼んでも良いだろうか?」


「承知した」


 俺たちとほぼ同タイミングで会議室に戻ってきていたバルトローネ公爵は、床で眠っていた白仮面の男の体勢を変えると、何やら黒く怪しく輝く手錠のような拘束具を両手足に装着させ、自分の席の横に白仮面の男を寝転がせて放置する。


 かなり不用心のように思えてならないが、俺が気にするところではないだろう。

 それに何より、バルトローネ公爵は強い。

 流石はブルチャーレ公国の軍事を預かっている人物とでも言うべきか、バルトローネ公爵の実力は白仮面の男を上回っている。

 貴族らしくない強靭な分厚い肉体は飾りではないということだ。


 一仕事終えた俺とディアも元の席に戻り、これで空席は全て埋まった。

 いよいよ本格的に話を前に進められるだろう。

 とはいえ、疲労の色をまだ隠し切れていない者がほとんどだ。

 四大公爵家然り、エドガー国王然り、精神的な疲労がかなり蓄積している。

 中でもスカルパ公爵の表情は暗い。

 疲労は元より、絶望と諦念に満ちたその顔は今にも倒れてしまうのではないかと心配してしまいそうになるほど酷く老け込んでいた。

 だが、ルヴァンはそんなスカルパ公爵にさらなる鞭を打つ。


「わざわざ僕が治癒魔法をかけてあげたというのに、随分とお疲れのようだね、マファルダ君。何ならもう一度かけてあげてもいいよ?」


 優しさに満ちた声をしているが、その目は確かに嗤っていた。


「……私はお前さんたちと違って年老いた身。魔法だけで疲れが取れるほど若くはないだけじゃよ」


「ははっ、誤魔化さずに正直に言ってしまえば良いじゃないか。――万策尽きた、ってさ。そこで気絶している彼も君の手の者なんだろう?」


「さあのう。あんな奇怪な面を着けた者なんざ知らんよ」


 席が隣り合っていることも災いしてか、ひりついた空気が漂い始める。

 とはいっても一触即発とは程遠い。

 それもそのはず、風を司る竜族の王と手足を奪われた老人の間で喧嘩など起こりようがない。


 強者と弱者。

 如何なる場に於いても、もはやこの関係が覆ることはないだろう。


 ルヴァンの追及はまだまだ続く。

 ヴィドー大公や他の重鎮たちもルヴァンを止めようとは誰も考えていなかった――唯一人を除いて。


「おい、ルヴァン。趣味が悪いぞ」


「おや? フラム君が僕を止めるのかい? 君らしくないじゃないか」


「そういう意味ではないぞ。まどろっこしい真似はやめろと言っているだけだ」


「そうかい? なら、そこで転がってる仮面の男を叩き起こそう。そして爪を剥ぎ、耳を削ぎ、指を一本一本切り落としていけば、直に誰が裏で糸をひいているのか喋ってくれるかもしれないからね」


 もちろん、冗談で言っているのだろう。

 しかし、拷問じみたことを真っ先に口にしたあたり、見かけに反して意外とルヴァンは苛烈で暴虐的な性格の持ち主なのかもしれない。


 本音か冗談か分かりにくいルヴァンの台詞に、フラムはつまらなそうに鼻を鳴らし、冷えた眼差しをルヴァンに向ける。


「私からの情けだ、最後にもう一度だけ言うぞ。まどろっこしい真似はやめろ。お前は主たちだけではなく、こいつらの会話も盗み聞きしていたんだろう? その内容をさっさと話せ」


 フラムがイライラしていることは誰の目から見ても明らかだった。

 その様子はまるで噴火寸前の火山よう。

 そんな彼女を刺激するほどルヴァンは馬鹿ではなかった。

 軽く肩を竦めると、ルヴァンはヴィドー大公に視線を向け、耳にしたのであろう真実を語り始める。


「フラム君にそこまで言われたら仕方ないな。僕が断片的に耳にした話を聞かせてあげるよ。彼らの名は《白仮面マスケラ》。……いや、今は『彼は』と言うべきかな? 他の構成員は皆、コースケ君に殺られちゃったみたいだからね」


 途端、全員の視線が俺に集まる。

 別に隠すような疚しいことは何もないため、俺は素直に真実を語る。


「自分とディアが見つけたのは仮面の集団は計七名。うち六名は自分が処理しました。遺体は全て騎士の方々に預かっていただいています」


 俺が事の顛末を端的に説明すると、続く形でバルトローネ公爵が声を上げる。


「コースケ殿の証言が正しいことは私が保証しよう。騎士たちから届いた報告と完全に一致している。加えて報告ではいずれも相当な手練れとのことであった」


「うん、そうみたいだね。僕も直接見たわけじゃないから断言まではできないけど、僕たちに気取られずに塔の破壊を目論み、そして遂行寸前まで彼らは辿り着いたんだ。それだけでも称賛に値する力を持っていたと言えるんじゃないかな。……それでもコースケ君には遠く及ばなかったみたいだけどね」


 後半の言葉はあまりにも声量が小さすぎて聞き取れなかったが、ルヴァンは俺とバルトローネ公爵の言葉を補足し、満足そうな表情でそう語ると、言葉を続ける。


「彼らの目的は巨塔ジェスティオーネの破壊だ。どんな理由で破壊するつもりだったのかまでは聞こえて来なかったけど、どうやら竜族に強い憎悪の感情を抱いていたようだ。不思議だねえ……彼らに恨まれるような真似をした覚えなんか僕には一つもないというのにさ。フラム君はどうだい?」


「知らん。魔武道会の際、私たちの前で爆死した愚か者がいたことだけは何となく覚えているが、それだけだ」


 フラムに話を振ったことに然程意味はなかったのだろう。

 うんうん、と愉快そうな顔をして頷くだけ頷いたルヴァンは翡翠色の瞳を怪しげに細める。

 そしてスカルパ公爵を見つめ、こう言った。


「そうそう、彼らは度々こんな言葉を口にしていたよ。――『全てはお祖母様のために』ってね。さあ、彼らの言うお祖母様とは一体誰のことだろうね? 君の見解を訊かせてくれないかい? マファルダ君」


 こうしてマファルダ・スカルパは、決して逃げられない鋼の柵に包囲されていく。

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