第715話 知性なき怪物

「こうすけ、気を付けてっ。体内の魔力がどんどん膨れ上がってる」


 焦り混じりのディアの様子から察するにアマートは『知性なき者バーバリアン』を使用しようとしているのだろう。

 極めて危険なスキルであることはわかっている。

 しかし、止める手立てがないのも事実だ。

 俺の『魔力の支配者マジック・ルーラー』の力が及ぶ範囲は体外に放出された魔力のみ。魔力を全身に活性化させ、強大な力を得ることができる『知性なき者』の特性上、『魔力の支配者』ではどうすることもできない。


「そっちの白仮面はディアに任せる! 貴重な情報源だ、そいつだけは殺さずに捕らえてくれ!」


「うん、任せてっ」


 アマートを片手間で相手できる敵ではないと判断した俺は、窓際に立つもう一人の白仮面をディアに任せ、全神経をアマート一人だけに集中させる。

 その間にディアは部屋を二分割するかのように分厚い氷壁を瞬く間に生み出し、二つの一対一の戦場を用意した。


 空気をも凍らせる白い冷気が室内に漂う。

 今のところ、アマートに外見的な変化は一つも起きていない。

 詳しいことはわからないが、もしかしたら『知性なき者』は発動までに時間を要するスキルなのではないかと読んだ俺は先手必勝とばかりに紅蓮の刃先を転移させ、アマートの背後からその心臓を貫かんと動く。


 が、転移させた紅蓮の刃はどれだけ力を込めようとも微動だにすることはなかった。

 アマートの肉体は比喩などではなく、まさに鋼鉄そのもの。

 ミスリルでさえ容易く両断できる紅蓮の斬れ味をもってしてもアマートの肉体に傷一つ負わせることができなかったのである。


「なるほどね……。既に『知性なき者』の発動は終えてたってわけか」


 虚空から紅蓮を引き抜き、悪用されないためにも接続していた空間を一度閉鎖する。

 引き抜いた紅蓮に目をやると、やはりと言うべきか血の一滴すら付着していなかった。


「……」


 ジッとアマートの様子を凝視しながらも、俺は頭の中で渦巻く疑問の答えを探していた。


 アマートが持つ伝説級レジェンドスキル『知性なき者』の能力は自我の消失、痛覚無効、対魔法アンチマジック、自己回復、身体能力上昇・極大、魔力量上昇・極大、全耐性上昇・極大、動体視力上昇・極大という、自己強化に極振りしたスキルとなっていることは判明している。


 伝説級スキルで強化した肉体を紅蓮が貫けなかったのはまだ理解できた。

 しかし、俺はただ闇雲に紅蓮を突き刺そうとしたわけではない。

 肉体が強化されかけていることを半ば見透かして、紅蓮に伝説級スキル『致命の一撃クリティカル・ブロー』を予め付与していたのだ。

 その能力は物理攻撃時における防御力・耐性の完全無視。

 つまるところ、如何に『知性なき者』で肉体を強化していようが、正常に『致命の一撃』が機能していたのならば、今頃アマートはその心臓に大きな孔を開けていなければおかしいのだ。


 だが、現実はどうだろうか。

 アマートの心臓に孔を開けるどころか、傷一つ負わせられていない。

 それが意味するところは『致命の一撃』がその能力を発揮していない、あるいは『知性なき者』に打ち消されたことを意味する。


 とはいえ、共に伝説級スキル。しかもスキルLvはこちらの方が上。

 両スキル共に一つの事象に特化している点も踏まえれば、俺が持つ『致命の一撃』が何の効果も発揮せずに破られるとは俄かには信じ難い。


 ともなると、答えは一つしかないだろう。

 アマートは紅蓮の切っ先がその身に触れた瞬間に『魂の制約リミテーション』を使用したことで『致命の一撃』を封じたに違いない。


「……『魂の制約』か。なかなか厄介なスキルみたいだ」


 そう言いながらも俺は『始神の眼ザ・ファースト』で自分の情報を――状態を確認する。

 すると案の定、視界に表示された『致命の一撃』の文字が俺のスキル欄から消え去っていた。


 しかもどうやらそれだけではないようだ。

 迷惑なことに英雄級ヒーロースキル『投擲達士』や上級アドバンススキル『麻痺毒』、『形態偽装』までアマートが持つその他のスキルを犠牲にすることで封じられてしまったらしい。

 『麻痺毒』と『形態偽装』に関しては大した痛手はないが、『投擲達士』を封じられてしまったのは少し問題だ。

 完全に投げ物が使えなくなったわけではないが、命中精度が著しく低下してしまうことからも、実戦に耐えうるレベルとは程遠くなってしまうだろう。


 とはいえ、まだまだ俺には手札が存分に揃っている。

 今まで以上に戦い方に工夫が必要にはなるだろうが、決して勝てない相手ではない。


 ひとまず紅蓮を構え、打開策を模索する。

 魔法系統に属するスキルは『知性なき者』の能力によって完全に無効化されてしまうため、闇雲に使ってしまえば魔力の無駄にしかならない。

 ともなると、この状況を打開するためにはやはり近接戦闘――紅蓮を中心とした戦い方を選ぶしかないだろう。


「その程度、なのデす、カ?」


 白い仮面の下からアマートのくぐもったカタコトな声が聞こえてきた。


 瞬間的に俺は警戒心を最大限まで高める。

 自我の消失――『知性なき者』のデメリットがまだ完全に発現していない。それはすなわち、『知性なき者』は未だに完成には至っていないということを意味しているからだ。


 その間にもアマートは言葉を続ける。


「貴方モ、しょセンは、ニン、ゲン。やはリ、オ祖母さマは正シイ。にんゲン、では竜、族ニは敵ワナい。アナたモ、ワタ、しも、ソしテ、ルキーノ、モ……」


 アマートの言葉の意味がまるでわからなかった。

 聞き取りづらいという意味ではない。聞き取れた上で内容そのものが理解できなかったのだ。


「何を言って――」


 そう問い掛け返そうとした、その時だった。

 アマートが着けていた仮面が突如としてピシッと音を立て、一筋の罅が入る。

 そしてその直後、アマートは咆哮した。


「――ウガァ゙ァ゙アァ゙#※%※♭!!」


 人でもなければ、獣でもない。

 その言葉にすらなっていないアマートの咆哮は未知の怪物を想起させた。


 身の毛がよだちそうになるその咆哮を、奥歯を強く噛み締めることで己を奮い立たせ、堪える。

 が、次の瞬間にはアマートの姿が完全に視界の中から消え去っていた。


 物が、床が、死体が部屋中に舞い、目にも留まらぬ速度で一筋の線が俺に向かって迫ってくる。

 コンマ一秒にも満たない時間の中、俺は紅蓮を正面に構え、そして突き立てた。


 けたたましい金属音が鳴り響く。

 後退させられながらも両足に力を入れることで何とか衝撃に耐え切る。


「ふぅ」


 両手で握っていた紅蓮は見事にアマートの右の拳を受け止めると、その衝撃を利用して薄皮を一枚破り、ごく僅かな血を流させることに成功するが、その傷はたちまち『知性なき者』の治癒能力によって瞬く間に塞がっていく。


 一本で俺は両肩が外れ、両腕の骨が粉微塵に砕けてしまっている。箇所によっては骨が皮膚を貫通し、血を流していた。

 足も足で爪先から膝まで、至る所の骨が折れてしまったようだ。


 だが、それも一瞬のこと。

 アマートから次の攻撃が襲い掛かる前に『再生機関リバース・オーガン』によって全身の治療を――再生を終え、俺は紅蓮をアマートが着ける仮面に向けて横に一閃。

 仮面は容易く真っ二つに割れると、アマートの素顔を曝け出した。


 闇に呑まれた紫紺の瞳、褐色の肌をした端正な顔、そして無数の古傷が露わになる。

 

「――ウガアァ゙!!」


 よだれを撒き散らしながら咆哮するアマート。

 その大きく開いた口からは肉食獣のように鋭く尖った犬歯が姿を見せ、俺の首に噛みつかんと牙を剥く。


「本当に自我も理性も痛覚も、そして恐怖さえも失って本能のままに戦い続けるつもりなんだな。――だからお前は負けるんだよ」

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