第713話 変わりゆく精神
床に倒れ伏す騎士たち。
全員ピクリとも動かなくなっているが、決して死んでいるわけじゃない。
こいつらがスカルパ公爵の手の者である証拠がない以上、今ここで殺したところで無意味どころか、かえってブルチャーレ公国側の人々との関係が悪化するという不利益を被る可能性があったため、意識を刈り取るだけで済ませていた。
「どうする? 一応治癒魔法をかけといた方がいいかな?」
騎士たちの身を案じてか、ディアがそんな提案をしてくる。
死んでいないとはいえ、火傷や凍傷、骨折や打撲などの怪我がその身体に痛々しく刻まれている。
中には内臓をやられている者もいるだろう。
しかし、大した相手ではなかったとはいえ俺たちに剣を向けてきたのだ。情け容赦をかけるつもりなど毛頭なかった。
「起きられたら面倒だし、縛って放置したままでいいよ」
戦闘と呼べるほどのものではなかった。
俺が『
これにより俺たちは一方的に魔法を使えたのに対し、騎士たちの対抗手段は己の身体と剣技のみ。
ただでさえ隔絶した実力差があったのだ。こうなってしまえば、たとえ天と地がひっくり返っても向こうに勝ち目はない。
騎士たちを縛り上げている最中、俺はふと我に返る。
自分でも不思議な感覚だった。
いつから俺はここまで冷徹な判断を下せるようになったのか。
少し前の俺ならディアの提案に間違いなく頷いていただろう。
致命傷とはいかないまでも深手を負った騎士たちの姿に大なり小なり心を痛め、『もしこのまま放置して死んでしまったら』と不安に駆られていただろう。
けれども、今は違う。
心が動かない。動じない。
騎士たちの生死よりも自分の利益を優先している。
――ズキンッ。
思わず頭を手で押さえてしまうほどの強く鋭い痛みが走る。
だが、それも一瞬のことだった。
頭痛は長続きせず、数秒もしないうちにまるで何事もなかったかのように痛みが引いていく。
「……こうすけ?」
俺の僅かな異変を鋭く察知したディアが不安げな声を掛けてくる。
「大丈夫、何でもないよ」
平然と嘘を吐いたわけではない。
仲間に対する嘘だけは俺の心に確かな痛みを与えてくれる。
棘が刺さったかのような微かな痛み。
だが、俺はその感じた痛みに苦しさではなく、安堵を感じていた。
俺はいつから変わってしまったのだろうか。
慣れがそうさせたのか、精神がただ成熟していっただけなのか。
答えはわからないし、それでも構わない。
ほんの少し冷徹になったのかもしれないが、残忍で非情になったわけではないのだ。
それに、仲間に――ディアに対するこの想いだけはずっと変わっていないのだから。
後始末を終え、俺とディアは再度閉ざされたもう一枚の扉の前に立つ。
集中力を高め、『
「……気配はない。だけど、違和感はある」
脳内に表示される室内の構造には相変わらず偽装が施されている。
やはり、このスキルが付与された扉を破壊しなければ中の様子がわからないままのようだ。
「ディア、ちょっと下がってくれ」
「わかった」
おそらくミスリルでできているであろう扉を腕力だけでこじ開けることなんてまず無理だ。
ならば、ミスリルを圧倒的に上回る硬度を誇る日緋色金製の紅蓮で斬り刻むのみ。
と、その前に俺はおもむろに扉に手のひらを当てる。
ひんやりとした金属の感触が手のひらを伝ってくる中、俺は『魔力の支配者』を使用。扉に付与された数々のスキルを破壊する。
「――見つけた」
霧が晴れ、真実が顕になる。
それまで全く捕捉できていなかった人の気配がスキルを破壊した途端、脳内に六つ――塔の壁面にいる者を含めると七つ表示されたのである。
多少の差こそあれど、どれも希薄な気配だ。
十中八九、それぞれが隠密に特化したスキルを何かしら所持しているのだろう。
気配の位置は扉を挟む形で二つ、それらをフォローできるすぐ近くに二つ、それから窓際と壁面に一つずつ、そして中央に一つ。
配置からして、俺とディアの存在は既に相手側に気取られていると考えた方が良さそうだ。
俺たちが室内に突入した瞬間を狙って攻撃をしてくることは火を見るより明らか。
そのような状況の中、扉を破壊し、なおかつ敵の攻撃まで捌くのは些かリスクが伴ってしまう。
加えて、相手がどんな手札を持っているのかまだわかっていない今、強行突破を試みるのは非常に危険だろう。
魔力が尽きない限り、俺の肉体は『
「いっそのこと部屋ごと魔法で――いや、これ以上塔にダメージを与えるのは危険か……」
不気味なことに、扉の前に立っているにもかかわらず向こうから攻撃してくる様子はない。
ともすると、やはり俺たちが突入するその時を待っていると考えるべきだろう。
敵は七人、それに対してこちらは二人。
数だけをみても不利なことは明白だ。それに加えてこちらから仕掛けないといけないともなれば、数的不利以上のハンデを背負っているようなものだ。
俺たちが持つ手札から考えるに、パッと思いつく選択肢は二つ。
一つは『
もう一つは安全に安全を重ね、扉を挟んで俺が紅蓮の剣先だけを気配のもとまで転移させるという手だ。
しかし、これにはこれで大きな問題がある。
それは正確性の低さだ。
例えるなら明かりのない真っ暗闇の中で、おおよそ的があるであろう方向に弓を射るようなもの。
正鵠――心臓を一突きなんて真似は余程の奇跡でも起こらない限り、まず不可能だ。
それに相手の実力次第では俺の攻撃を避け、そこからさらに接続した空間の先にいる俺に反撃をしてくるかもしれないという危険性もある。
どちらを選ぶにせよ『魔力の支配者』で魔力阻害の結界を展開してからの行動となるが、それでもリスクを完璧に回避することはできない。
かといって、これ以上あれこれと考えている時間もなかった。
主導権は相手にあるのだ。一秒でも早い決断が迫られる。
そして俺は決断を下す。
俺が選んだのは急襲だ。
ただし、ただ急襲するわけではない。ある仕掛けを作戦の中に組み込むことにした。
後ろを振り返り、ディアに戦闘前最後の言葉を掛ける。
「ディアは余裕ができるまで自分の身を守ることに専念してほしい。俺へのフォローは二の次でいいから」
「うん、わかった。こうすけもわたしのことは心配しないで。自分の身くらい自分で守れるから」
互いに強く頷いた後、俺はディアに手を伸ばす。
その手を優しく、それでいて力強くディアが握り返し、俺とディアは仕掛けを済ませてから敵陣の真っ只中へと転移したのであった。
視界が切り替わる。
転移した先は蝋燭の明かりだけが仄かに揺らめく薄暗い部屋だった。
吐き気を催すほどの酷い血の臭いに眉を顰ませつつも、即座に攻撃へと転じる――はずだった。
「――っ!?」
俺たちが転移した直後にナイフを放っていたのだろう。
六本のナイフが
魔法の展開は間に合わない。
紅蓮で叩き落とすこともできない。
直後、毒を塗っていたのであろうナイフが身体に突き刺さり、突き刺さった箇所から瞬く間に身体が石化していき、ソレは石像となり、一秒と掛からず砕け散った。
しかし――、
「今のナイフはそれぞれが宝具ってところか? 分身体だったとはいえ、俺を殺すなんてね。先に分身体だけを転移させて正解だったみたいだ」
俺はそう種明かしをしながら、目の前にいた白い仮面を着けた男に紅蓮を振るう――。
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