第711話 その行方は

 会議室を飛び出した俺とディアは足場が不安定になっている巨塔ジェスティオーネの中を縦横無尽に走り回っていた。


 俺が持つ手札の中で頼りになるのは『観測演算オブザーバー』と『始神の眼ザ・ファースト』、そして勘だけ。


 今のところ手掛かりは一つもない。

 あてもないまま塔を揺らしている犯人を見つけなければならないというのは至難の業だった。

 だが、それでも見つけ出さなければならない。

 もし犯人が塔の破壊を目論んでいるのだとしたら、非常に危険だ。

 塔の中にいる人々はもちろんのこと、地下にあるダンジョンにいる人々や、塔の周辺に住む人々など、甚大な被害が出るのは想像に難くない。

 数百人……いや、下手をすれば数千人にも及ぶ被害者が出てしまうだろう。


 ものの数分で会議室のある階層をぐるりと一周確認していったが、不審者らしき人影は未だに見当たらない。

 騎士や使用人の中に犯人が紛れ込んでいる可能性も当然否定できないが、今現在も塔が揺れ続けていることから、今も犯人は継続して何かしらのアクションを行っているはずだ。


「ディア、周囲の魔力反応は?」


 下の階層へと続く螺旋階段の前で一度立ち止まり、状況確認を行う。


「不自然な魔力がたくさん流れ込んで来てるけど、特定までは……」


 魔力を可視化できるディアの眼は今の状況に於いて、俺たちの切り札と言っても過言ではない。

 しかし、既に塔全体に魔力が飽和してしまっているのか、魔力の発生源までは特定できないようだ。


 ならば、と俺はここで機転を利かせる。

 手始めに『魔力の支配者マジック・ルーラー』を発動し、魔力阻害の結界ではなく、この階層に満ちた魔力の流れを操作し、塔の外へと追い払う。

 そしてすぐさま流れ込んでくる魔力を、結界によって階層全体を覆うように遮断し、この階層に満ちていた魔力を一度リセットした。


 この階層に大勢の人々がいる以上、体内から漏れ出る魔力までは完全に排除できなかったが、その効果は覿面だった。


「これなら……」


 ディアはその紅い宝石のように輝く瞳を大きく見開き、周囲を見渡していく。

 そしてディアは螺旋階段が続く薄暗い闇の中を見下ろすように視線を固定させたのであった。


「――下。下の方から魔力が流れ込んで来てたみたい」


 魔力の発生源が地上なのか、はたまたそのさらに下にあるダンジョンなのか。

 後者だとしたら面倒なこと極まりないが、兎にも角にも行ってみなければ何も始まらない。


「一度下まで降りてみるしかないか」


 奈落まで続いていそうなぽっかりと空いた暗闇の先に目をやると、俺たちは螺旋階段を使うのではなく一切の躊躇なくその身を投げ出した。




 着地の寸前で足もとに風を纏わせることで、ふわりと無傷のまま着地に成功する。


 ここは一般人に知られていない塔頂部へと続く入り口ということあってか周囲に人影はない。

 俺たちをここまで運んだ馬車もロザリーさんが片付けたのかどこにも見当たらなかった。


「うん……やっぱり間違いない。すごく濃い魔力が満ちてる」


 ディアの反応から見るに、どうやら魔力の発生源にだいぶ近付けたらしい。

 しかし、ここからが大変だ。

 ダンジョンの入り口がある地上部分を一階とすると、この秘密の入り口は二階にあたる。

 つまるところ、犯人がここにいないとなると、この階より下の地上部分にいるということだ。

 だが地上には人が溢れ返っているため、俺とディアの二人だけではどう考えても人手不足。

 犯人を見つけ出そうといくら二人で躍起になっても流石に難しいと言わざるを得ない。


 厳しい現実に直面し、思わず顔を顰めてしまう。

 懸命に頭を回転させるが、解決の糸口は見えてこない。

 出口のない迷宮に迷い込んでしまった。そう思い始めた頃、俺は一つの変化に気付く。


「……ん? 揺れが収まってる?」


 そう……ここに降り立ってからというもの、ぴたりと塔の揺れが収まっていたのである。

 より一層感覚を研ぎ澄ませてみるが、やはり揺れを感じることはない。


「あっ、本当だ。偶然かな?」


「それにしては出来過ぎてる気が……」


 俺とディアがここに着地するまでの数秒間で偶然揺れが収まったと考えるのは些か無理があるだろう。

 ともなれば、揺れが収まったのは偶然ではなく必然と考えた方が何かとしっくりとくる。


「俺たちが飛び降りてくる気配を察知したのか、あるいは飛び降りるところを見られていて何らかの手段で仲間に知らせた? いや、そんなことがあり得るのか……?」


 俄かには信じられない。信じたくないと言った方が適切かもしれない。

 もし俺の憶測が万が一正しかったとすれば、それは強敵を意味する。


 俺の『観測演算』を上回る力を有した敵。

 もちろん、一芸に特化しているだけの可能性も十分に考えられるが、どちらにせよ厄介極まりない敵だと言えるだろう。

 俺よりも広範囲に渡る探知能力を敵が有していた場合、延々に鬼ごっこが続いてしまうのだ。しかも敵は俺たちの気配を的確に把握しているのに対し、こちらは誰が敵なのかすらもわかっていない。

 いくら俺が転移能力を持っていようとも鬼ごっこに限れば勝ち目がまるで見えてこない相性最悪の敵。考えるだけでも嫌になる。


 と、そんな最悪のケースを想定し始めていた俺に、ふと何かを思い出したかのようにディアが話し掛けてくる。


「ねえ、こうすけ。そう言えば、地上にいる人たちの様子はどうなってるの? もしかしたら大混乱しているんじゃ……」


「えっ、地上? いや、今のところそんな様子は……――」


 そこまで言いかけて、ぴたりと言葉が止まる。

 ディアに言われ、ようやくおかしな点に気付いたのだ。


 多くの観光客や冒険者が集まる巨塔ジェスティオーネ。

 ラビリントの街を象徴するこの塔が先ほどまではあれほど大きく揺れていたにもかかわらず、地上にいる人々の気配には慌ただしく動き回る様子が一切確認できないというのは普通に考えておかしな話だ。

 大混乱に陥り、塔周辺から人々が離れていかなければおかしい。呑気に祭りの余韻に浸っていたり、ダンジョンへ向かう者なんているはずがないのだ。


 何度も何度も『観測演算』で地上にいる人々の気配を確認するが、やはり混乱に陥っている様子はない。

 ということはつまり、地上には揺れが一切なかったということに他ならないだろう。


「――ディア、上だ! 上に行こう!」


 頂上でもなければ、地上でもない。

 犯人はおそらく塔の中層部にいるとあたりをつけた俺はディアの手を握り、塔の中層部に向かって転移したのであった。


―――――――――


 ――巨塔ジェスティオーネ。

 ブルチャーレ公国の首都ラビリントのシンボルと言われているこの巨塔は建築技術・魔法技術の発展と共に増築を繰り返し、今の高さに至っていた。


 故に、巨塔ジェスティオーネの構造は良く言えば特殊、悪く言えば歪な造りをしていたのだ。


 現在の高さは約百五十メートル。

 今でこそ他を寄せ付けない圧倒的な高さを誇っているが、それもここ数十年の間に行われた増築のお陰であった。

 百年も前に遡ればその高さは半分にも及ばず、今では地上七十メートル以下の部分は土台としてその役割を果たしていたのである。


 よって巨塔ジェスティオーネは、観光客や冒険者が賑わう場所から地上部、それから上にいくにつれて下層部、中層部、そしてそれより上の部分を高層部と区分けして呼んでいた。

 ちなみに会議室がある頂上部分も高層部に含まれている。


 四つの区画に分けられている巨塔ジェスティオーネ。

 そのうちの中層部にある隠し部屋に白い仮面を着けた集団――《白仮面マスケラ》が潜んでいた。

 部屋には血臭が充満しており、床には血溜まりといくつかの死体が転がっている。


 ある者は窓の外の壁に張り付き、またある者は侵入者を警戒すべく出入り口を仮面の下から睨みつけている。

 そして、今任務にあたって《白仮面》のリーダーに任命された男――アマートは部屋の天井に突き刺さる黒く巨大な一本の柱に魔力を注ぎ込み、崩壊の時を待つ。


 ――『全てはお祖母様のために』、と。

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