第705話 地下牢

 意味不明な単語が飛び出し、混乱していた俺とディアにフラムが『竜王の集いラウンジ』について掻い摘んで説明をする。


「簡単に言うと、竜王とその側近を集めて行う会議みたいなものだな。ただ、今回の場合は地竜王アース・ロードのジジイの処遇について語り合うことになるから、奴抜きで話し合う予定だ。一応、事情を訊くために奴以外の地竜族を呼ぶつもりではいるがな」


「そこに俺とディアも参加すると?」


「うむ、そういうことだ」


 人間である俺と、神であったディア。

 どう考えても場違いな気もするが、フラムが誘ってくれたということは俺たちが参加しても問題はないということなのだろう。


 しかし、フラムのことだ。

 他の参加者の許可を取らずに俺たちを『竜王の集い』とやらに誘っている可能性も否定できない。

 俺たちが参加することで他の竜王の機嫌を損ね、殺し合いに発展する展開だけは避けなければならない。

 それに、その場に集うのは竜王と側近たちなのだ。

 いくら俺とディアがそれなりに力を持っていると言えども、どう考えても相手が悪過ぎる。

 とてもじゃないが、もし戦闘になったとしたら勝ち目は薄い。いや、皆無と言っても過言ではない。


 フラムがいるならと過信するのも危険だ。

 俺が知る限り最強の存在であるフラムが殺されるなんてことは想像もつかないが、俺とディアは違う。

 そこまで俺は自分自身の力を過信していないし、神であった頃の半分程度の力しか戻っていないらしいディアも、きっと俺と同じように思っているはずだ。


 ここは万が一のために、フラムに俺たちの身の安全について訊いておこう。


「竜族じゃない俺たちがそこに参加しても大丈夫なのかな?」


「ん? 大丈夫だと思うぞ。主たちのことは風竜王ウィンド・ロードであるルヴァンも知っているし、水竜王ウォーター・ロードのヴァーグだってそうだろう? それにどうせプリュイの奴も何だかんだ無理矢理ついて来るだろうしな」


 不安だ。不安過ぎて胃が痛くなってきた。

 果たして今の言葉を信じてもいいのだろうかという気持ちでいっぱいだ。


 ディアもディアで訝しんだ表情を一切隠そうとせずに、フラムに質問を投げかける。


「ほとんどの人が顔見知りだから大丈夫ってこと? ……本当に大丈夫なの?」


「うむ、きっと大丈夫なはずだぞ。まあ、もし何かあった時には私とイグニスが何とかするし、そう心配も警戒もする必要はない。人族の意見も取り入れたいしな」


「えっと、わたしを人の括りにするのは少し無理があるっていうか、違うと思うんだけど……」


「それも問題ないぞ。ディアが神であったことを知る者は誰もいないし、私たち竜族の眼や嗅覚をもってしても、今のディアは人としか感じ取れないしな」


「それなら大丈夫……なのかな?」


 あっさりと言いくるめられてしまうディア。

 まだ完全に不安を拭い切れていないようだが、一応の納得を示していた。


 ディアが懐柔されたことで、たちまち劣勢に追い込まれる。

 と、ここでタイミングを見計らっていたのか、イグニスがフラムに追従する形で俺の説得に取り掛かってきた。


「フラム様が仰る通り、問題はございません。規則として、連れていける側近は三名まで。規則はそれだけです。その三名のうち、竜王が誰を側近として『竜王の集い』に連れていくかは自由と定められていますので、咎められることは何一つないかと」


 理路整然とそう語ったイグニスだったが、どことなく胡散臭さを感じる。

 おそらくイグニスが説明してくれた内容は嘘偽りのない真実なのだろう。

 しかし、イグニスの言い回しがどうも引っ掛かる。

 十中八九、整理されていない規則の穴を掻い潜ろうとしているのだろう。

 優秀と言うべきか、狡賢いと言うべきか。

 イグニスらしいと言えばそれまでなのだが、フラムとは違い、イグニスの言葉はすんなり俺の胸にストンと落ちたのだった。


「それならまあ……。それで『竜王の集い』はいつ開かれるんだ?」


「まだ詳細を詰めていないし、決まり次第追って知らせる。それよりも今は目の前の件を片付けようじゃないか」


「とは言っても、俺たちにできることはもうないだろうし、今は連絡を待つしかないか……」


 気がつけば、窓から赤白い日の光が射し込んでいた。

 余程疲れていたのか、まだまだマリーたちが目覚める様子はない。

 すっかり昼夜が逆転してしまったが、来るべき時に備えて俺たちも眠ることにしたのだった。



 ―――――――――――


 窓も時計もない薄暗い地下室。

 ジメジメと身体に纏わりつく不快な湿気と、カビ臭さが充満する地下牢に四大公爵家が一つ、スカルパ公爵家の当主であり、魔武道会出発生した事件の容疑者として捕らえられたマファルダが幽閉されていた。


「全く嫌になるのう。年寄りをこんな寂れた牢獄に閉じ込めるなんて酷いったらありゃしない」


 痛む腰を右手で叩きつつ、酷く寝心地の悪い硬いベッドからマファルダは起き上がった。


 現在の時刻を把握する術はない。

 頼りになるのは体内時計だけ。


 換気ができず、酸素が薄く感じる地下室に柔らかな一迅の風が吹く。

 途端、地下牢を監視していた看守たちが膝から崩れ落ちるように倒れ伏し、深い眠りへと誘われた。


「まだ朝と言うには些か早い時間かのう? どうじゃ? 大体あっているじゃろう?」


「ああ、じきに朝になるところだよ。やあ、マファルダ君。今晩は良く眠れたかい?」


 ブルチャーレ公国の人間でも極一部の者しか知り得ない、首都ラビリントのとある場所にある牢獄にその男――風竜王ルヴァンが現れた。


「このような場所でぐっすり眠れるほど若くはない。身体中が悲鳴を上げておるよ」


「それは大変だったね。それよりもよく僕だってすぐに気付けたね。僕がここに来ることを知っていたのかい?」


 ルヴァンが現れたというのにマファルダは微塵も混乱することなく、それどころか完全に落ち着き払って楽しげに口の端を上げて語らう。


「知らんよ。ただ、長き時間を生きてきた私の勘が働いただけじゃよ」


「ははっ、長き時間、か。竜族である僕に言う言葉かい? たったの百年にも満たない時間しか生きられないなんて大変だね、人間って。まあ、こんな話はさておき、君に話があるんだ」


「話? こんな時間にかのう?」


「それについては謝罪するよ。本当はもう少し早い時間に来る予定だったんだけど、急用が入ってしまってね」


 ルヴァンが言う急用とは、フラムが突然押し掛けてきたことだった。

 珍客が訪ねて来ることは全く想定していなかったことではなかったとはいえ、無下にはできない相手だったため、当初の予定よりも時間を遅らせてマファルダのもとを訪ねに来たのである。


 敵対しあう間柄とは思えない空気が次の瞬間、ガラリと変わる。

 威圧を籠め、ルヴァンは目を細めると、マファルダに尋問を始めた。


「暗殺者を差し向けたのは君だろう? マファルダ君」


 魔武道会に引き続き、二度目となる問い。

 当然のようにマファルダは大きなため息を吐き、ゆっくりと首を左右に振って否定する。


「何のことだか、さっぱりわからんよ。何か証拠でもあるのかのう?」


 マファルダの否定と問いに、ルヴァンは表情一つ変えることなくそれら全てを無視して語っていく。


「僕は人族の国家に干渉するつもりはなかったんだよ。僕たちが住む森に火の粉が降り掛からない限りはね。でも、もう事情が変わってしまったんだ。何故だかわかるかい? ――そう、君が僕たち竜族の存在を表に出そうとしていたからさ。君が色々な手段を使って世界中の情報を集めていたことを僕は知っていた。一度、君の配下が僕たちの森までやってきたことがあったからね。大方、君は僕とパオロ君が裏で取り引きしていたことを知って配下に森まで調べに行かせたんだろうけど、それは悪手だったね。お陰で僕は君のことを知ることができたんだから」


「……」


 淡々とまるで独り言を呟くかのように語るルヴァンと、沈黙を貫き続けるマファルダ。

 どちらも頑なに自身のスタンスを、意思を曲げるつもりはなかった。


「君が竜族を危険視していることもわかっているよ。だから君はこうして僕たち竜族の存在を公にし、そして危険性を国民に伝えようとしたのだろう? もしかしたらそれだけが理由じゃないのかもしれないけど。でもね、それはだめだ。僕たちには僕たちなりの考えや決まり事がある。未来を決める権利がある。それは君たち人間だって同じだろう? けどね、竜族に恐れをなして戦うことを諦めてしまった君がこの国の未来を決めるのは少し違うと思うんだ、僕は」


「……」


 ベッドに腰を掛けたままマファルダは目を瞑り、ただただ押し黙る。

 ルヴァンに何を言われようとも、彫像のように微動だにせず、黙秘を続けた。


 そんなマファルダの強固な意思表示に、ルヴァンはくたびれるように肩を下げ、背中を向ける。


「僕が風のうわさで訊いた話だと、今日の夜にまた君と会える機会があるみたいなんだ。だからその時までにじっくりと考えておいた方がいい。――このまま全てを諦めて地竜族を引き入れたシュタルク帝国にくだるのか、それとも徹底的に抗うのか。君の未来を決めるのもまた君の権利なのだから」

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