第704話 持ち帰ったもの
「遅かったな、二人とも」
精神的に疲れ切った状態で宿に帰ってきた俺とディアを出迎えたのは優雅にティーカップを口元に運ぶフラムと、その斜め後ろで控えていたイグニスだった。
夜が明けるまでまだ時間が残されている。マリーたちはまだぐっすり別室で眠っているようだ。
襤褸布だけを脱ぎ、席に着くとイグニスに俺とディアの分のアイスティーを用意してもらい、乾いた喉を潤しながら互いの成果を語り合う流れになる。
「そういうフラムはいつ頃帰って来たんだ? やっぱりルヴァンを見つけるのは難しかったのか?」
「ふっふっふ、私が帰ったのはだいたい一時間くらい前だったか? イグニス」
「そうでございます」
「フラム……なんか機嫌良い?」
「いやいやディアよ、そんなことはないぞ? ただ、自分のあまりの優秀さについつい笑みがな」
完全にフラムの鼻は伸び切っていた。
その自信満々な様子からして、確かな手応えがあったことが手に取るようにわかる。
対する俺とディアはあと一歩及ばずと言ったところだろうか。
だが、その一歩が届きそうで届かない。
今でこそ熱されていた頭もだいぶ冷えてきたが、モヤモヤとした感情だけは未だに晴れることはなかった。
頭を切り替え、フラムの話を訊くことに。
「その様子だとルヴァンは見つかったようだね」
「うむ。多少時間は掛かったが、私にかかればどうってこともない。長い付き合いもあって、奴が考えそうなことも何となくだが、わかるしな。で、主たちはどうだ?」
「収穫はあったけど、自慢できるほどの物は、ね……」
あと一歩が届かなかったことをどうしても引きずってしまい、若干声のトーンが落ちてしまう。
とはいえ、得られたものももちろんある。
不自然に統率が取れていた貧民街の状況や、憲兵隊の買収疑惑、他にも裏に潜む貴族の影、そして仲介人として貧民街に現れたというマスケラと名乗った白い仮面の男。
これらの情報を順序立ててフラムとイグニスに説明し、情報の共有を行った。
「ふむ、魔武道会に続いてまた白い仮面の男か。まさかこの国では白い仮面が流行っていたり……ないな」
つまらない冗談を言ってしまったとフラムが肩を竦めて、すぐに否定する。
白い仮面など、どこでも買えるありきたりな変装道具の一つでしかない。
当然、ブルチャーレ公国で流行りのファッションアイテムなんてこともないだろう。
街で見掛けたこともなければ、商店で大々的に売り出してるところも、この滞在中一度として見たことがないことからも確実だ。
ともなると、白い仮面で連想されるのはフラムが言った通り、魔武道会に紛れ込み、俺たちの目の前で爆散した男――ルキーノのこと。
「わたしとこうすけも、もしかしてって思ってるんだけど、貧民街で仲介をしてたマスケラって人と魔武道会で戦ったルキーノは同じ人となんじゃないかって」
ディアの言葉に追従するように俺は力強く一つ頷く。
別に何か根拠があるわけではない。強いて言うなら直感だ。
白い仮面というだけで安易に結び付けて考えてしまうのは短絡的かもしれない。
しかし、しっくりくる部分も否定できないというのが、俺とディアの結論だった。
貧民街に住み、生き抜き続けている住民たちは環境の過酷さもあって、そこらにいる一般人よりも余程生き抜く術を――戦う力を持っているであろうことは容易に想像がつく。
実際、俺たちが出会った老齢の男性の実力はそれなりに高かった。
冒険者で言うところのCランク、もしくはBランクと比較しても何ら遜色がないほどだった。
それほどの実力を持っていながらも、あの男性は貧民街の中で特段高い地位を築いていた様子がなかったことからも、貧民街の住民たちの実力の高さがうかがえる。
そんな場所に実力のない一般人が立ち入ることなどまず不可能だ。
例えそれが仕事を斡旋してくれる仲介人であっても、そう簡単に貧民街に出入りすることは難しいだろう。
身ぐるみを剥がれるだけならまだマシだ。最悪の場合、殺害されて骨の髄までしゃぶられてしまうに違いない。
ともなると、必然的に一定水準以上の実力が仲介人にも問われると考えるのが自然だ。
襲われても容易に貧民街の住民を返り討ちにできるほどの高い実力を持った者でなければ、あの場で仲介人として活動することは困難を極める。
その点、魔武道会で俺たちの前で爆散したルキーノほどの実力者ならば、十分過ぎるほどに仲介人として務まるはずだ。
だからこそ俺とディアはマスケラと名乗ったという白い仮面の男とルキーノが同一人物なのではないかと睨んでいたのである。
ただし、ルキーノほどの実力者を果たして一介の仲介役として貧民街に派遣するのかという疑問も大いに残る。
あれほどの実力者を掃いて捨てるほど揃えられるとは到底思えない。
精鋭中の精鋭として傍に置き、重宝するのが普通なのではないだろうかという考えがどうしても拭い切れないでいた。
考えれば考えるほどドツボに嵌っていく。
出口のない迷宮に迷い込んだ気分だ。いや事実、今現在俺たちが持っている情報だけでは出口には辿り着けそうになかった。
「……ふむ、なくはない話かもしれないな。イグニスはどう考える」
「私めとしても、あり得ない話ではないといったところでしょうか。それにコースケ様からご説明があった『統率された住民』という部分から愚考するに、彼の者の武力をもってすれば、容易に纏め上げられるでしょうから」
権力だけではなく武力で貧民街を牛耳るというイグニスの視点は俺には全くなかったものだった。
確かに貴族が持つ権力を前面に押し出して貧民街を牛耳ろうとすれば、どうしても足がつく可能性が高まってしまう。
その点、単独の武力によって貧民街を牛耳れれば、その背後に潜む貴族の影を上手い具合に隠せるかもしれない。
いずれにしろ、確証はない。
とりあえず、マスケラという男の名と存在を頭の隅に追いやり、フラムの話を訊くことにしよう。
「それで、フラムの方は? そもそもルヴァンに会ってどうするつもりだったんだ?」
「奴の思惑を早いうちに知っておこうと思ってな。それに、もし奴が敵に回るようだったら先に潰しておいた方が楽だろう?」
「あー……なるほど?」
全く理解できない思考回路だったが、ひとまず頷いておくことにした。
相手は
その実力のほどは全くと言っていいほど俺にはわからないが、常識的に考えて弱いはずがない。
フラムが強いことは百も承知だ。竜族の中でも唯一、その腕っぷしだけで竜王に至った彼女の実力を今さら疑うことはない。
けれども、それとこれとは話が別だ。
フラムがどこでルヴァンを見つけたのかは知らないが、この短時間で見つけたということはおそらくラビリント内にいたのだろう。
ブルチャーレ公国の首都であり、しかも祭りで大いに賑わっている場所で竜王同士が本気でぶつかりあったらどうなるか。
考えるまでもない。
ラビリントは間違いなく跡形もなく消し去ってしまう。
フラムがどうやってルヴァンを潰すつもりでいたのか気になるところではあったが、それよりもこれ以上不用意にこの話題を掘り下げることに恐怖を覚えた俺は、今の話を極力なかったことにし、そそくさと話を進める。
「まあ、無事に帰ったきたようだし、話の流れからしてルヴァンは味方ってことでいいのかな?」
「味方というほど協力的ではないだろうが、どうやら私と喧嘩をしたくないらしいぞ。それと、確か奴は『竜族が人間の玩具にさせられることが我慢できなかっただけさ』なんて、らしくないことも言っていたな。どうせ今の自由気ままな生活を守りたいだけなのだろうが」
「……そんなにルヴァンはエルフが大好きなの?」
ほんの一瞬、ディアがひいた顔をしていたような気がしたが、きっと気のせいだろう。
「昔からエルフを自分の子供のように思っている変わり者だからな、奴は」
「そ、そうなんだ。……うん、悪い人? 竜? じゃないのなら、わたしは気にしないから」
「別に悪い奴ではない、変わり者ってだけだ。それとだな、今さらだが別に無理をして竜呼ばわりしなくていいぞ。ほれ、私もイグニスも見ての通り人の姿を取っているしな」
竜族のことを一人、二人と数えて良いものなのかと、結構前から悩んでいた俺からすると今の話はかなり有益だった。
これからは遠慮なく何かと人として呼ばせてもらおうと心の中で決意しつつ、フラムとルヴァンが交わした会話の重要な部分を掻い摘んで話してもらった。
「――と、まあ大体こんなところか。今回の件と地竜族の件は奴も見過ごせないと思ってるみたいだし、私たちの敵に回るような真似はしないはずだ」
「そうか。助かったよ、フラム。お陰でルヴァンに対して必要以上の警戒をしなくて済みそうだ」
俺が不甲斐ない結果に終わってしまった分、フラムが齎した有益な情報の数々に感心と安堵、そして申し訳なさを抱く。
だが、今は落ち込んでいる場合ではない。
前を向き、汚名を返上するつもりで自分の両頬を軽く叩き、喝を入れる。
と、その時だった。
言い忘れていたとばかりに、フラムが唐突に爆弾発言を落としたのは。
「あ、そうだそうだ。今度『
「「……え? 何それ……?」」
俺とディアは寸分狂わず素っ頓狂な声で、全く同じ言葉を返したのであった。
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