第694話 締まりのない幕引き
バルトローネ公爵によって丁重に拘束されたスカルパ公爵は、抗うことなく大人しく連行され、どこかへ消えて行ってしまった。
これで完全に解決……とはいかない。
スカルパ公爵の疑いが強まっただけで、根本的な解決には程遠い。ここから尋問をしたり、調書を取ったり、証拠を集めたりと、やりべきことはまだまだ山のようにある。
もちろん、俺たちも何かと協力していくことになるだろう。
もはや無関係ではいられないのだ。だったら積極的に解決へ向けて協力していく方が互いのためになる。
と、どうやらそう思ったのは俺だけではなかったらしい。
浮かばない顔をしたルヴァンは悩まし気な声を上げると、酷く退屈そうな瞳でヴィドー大公を見つめ、こう言う。
「んー……労力をかけた割にはあまりスッキリしないし、納得もいかないな。この先、君たち人間だけで解決するつもりかい?」
「……と、言いますと?」
時間の経過と共にそろそろ慣れが生じ始めてきていてもおかしくはなかったが、言葉を選びに選んでいた様子から察するにヴィドー大公は未だに緊張状態から抜け出せていないようだ。
やや強張った声音でルヴァンの反応を探り、その反応次第で今後の対応を考えるつもりなのであろうことは誰の目から見ても明らか。
当然、ルヴァンもそんなヴィドー大公の様子を察し、ほんの一瞬だが、口元を密かに吊り上げた。
「君たちは竜族のことをあまり……いいや、全く知らないだろう? 僕たち竜族が人間をどう見ているのかとか、他にも色々とさ。だから何も知らない君たちじゃ竜族の代弁者とはなり得ない。マファルダ君が胸の奥に抱いている竜族への想いに対して応えてあげられるのは僕たち竜族だけだからね。あー……つまりだ、僕が何を言いたいのかっていうと、今回の問題の解決をもう少しだけ手伝ってあげようか? ってことさ」
あたかも提案をしているように見せかけてはいるが、これは提案ではない、強制だ。
選択肢などどこにもありはせず、ヴィドー大公に許されたのは首を縦に振ることのみ。
とはいえ、たとえもしここでヴィドー大公が断ったとしても、ルヴァンがブルチャーレ公国を害そうとすることも敵対しようとすることもおそらくないだろう。
それでも断れない空気がここにはあった。
目に見えない重圧がヴィドー大公に重く伸し掛かっていた。
相手は
感情的にも、戦略的にも、風竜族との関係の悪化をヴィドー大公が望むはずもなし。
否応なくヴィドー大公はルヴァンの提案に従わざるを得ない立場に追い込まれていた。
「……こちらとしても是非お願いしたい」
「良いとも。ダミアーノ君ならそう言ってくれると思ったよ」
ルヴァンが手を差し伸べる。
日焼けを知らない細く真っ白な手を、椅子から立ち上がったヴィドー大公は弱々しく握り返す。
今、この場は全てルヴァンによってコントロールされていると言っても過言ではない。
思惑通りに事を進め、理想していた展開を見事に実現してみせているのだ。内心では笑いが止まらなくなっていてもおかしくはない。
かといって、俺たちに都合が悪いかと問われれば、そうでもない。
敵の敵は味方なんて言葉もある通り、ルヴァンが問題の解決に向けて動いてくれるのであれば、俺たちに掛かる負担は減る。時間的な面で見ても、人手ならぬ竜の手が増えるのだ。早期解決に大きな期待が持てるというもの。
とまあ、色々と考えたものの、なにはともあれ俺たちも当事者として加えてもらえなければ、何の意味もない妄想になってしまう。
ルヴァンを見倣い、狡賢くヴィドー大公に提案という名の圧を与えるのも悪い手ではないが、後の関係に悪影響を及ぼす可能性も捨て切れないため、別の手段を講じることにする。
酷く疲労の色を顔に浮かべていたエドガー国王に視線を送る。
目と目が合うまで時間はいらなかった。
エドガー国王もエドガー国王で、ルヴァンとヴィドー大公のやり取りに何か思うところがあったのだろう。
言語化するまでもなく視線から俺の意思を完璧に汲み取ると、エドガー国王はヴィドー大公に寄り添うような優しい声色で言葉を掛ける。
「帰国の途に就くまでまだ日がある。内政干渉と思われてしまうかもしれないが、今回の一件には竜族が関わっているし、少しくらい俺にも手伝わせてくれ」
「……エドガー」
国王としてではなく友として情に訴えかけたあたり、エドガー国王もなかなかの策士だ。
ヴィドー大公としても、この提案はまさに渡りに船だったはず。
竜族を扱うには一人では重すぎるし、何より竜族と接してきた経験値が圧倒的に不足している。
その点、エドガー国王はフラムやイグニスから得た竜族との付き合い方等のノウハウを持っていることからも、ヴィドー大公の目には非常に心強い存在に映っていることだろう。
「コースケたちにも協力を頼みたい。頼めるか?」
注文通りの問い掛けに俺は力強く頷き返し、協力することを約束する。
「わかりました。俺たちに協力できることがあれば何でも」
ここでヴィドー大公に頭を下げておくことも忘れない。
神輿を担ぐ……と言ったら聞こえが悪いが、今回の一件はブルチャーレ公国の内政にも関わること。部外者である俺たちが円滑に動けるようにするためにも、好意的な印象を与えておく必要があった。
「皆、感謝する」
ヴィドー大公の瞳に希望の光が宿る。
俺たちに希望を見出してくれていることは明らか。それなりに信頼されていると見て間違いないだろう。
「お喋りはそろそろ終わりにしようか。皆が目覚める時間だ。後始末は任せてもいいかい?」
「ああ、任されよう」
そんなやり取りの後、一時的に解散することになり、俺たちは元の席に。
それから約十分後。
年齢や性別、スキルの有無等によって目覚める時間にバラつきこそあったが、ルヴァンの言葉通りに観客たちが徐々に意識を取り戻していった。
当然のことだが、時間が経つにつれて闘技場内では小さくはない混乱が生じてしまう。
記憶の一部が綺麗にごそっそりと掻き消されたとはいえ、気付かぬ間に眠っていた事実だけは曲げようがないのだ。
ルヴァン曰く、観客が覚えている最後の記憶はブルチャーレ公国の代表選手が場外に飛ばされた時までとのこと。
それでも一体何が起きたのかと観客たちは騒ぎ立て、闘技場の運営や警備に就いていた者たちは忙しなく闘技場内を駆け回っていた。
そんな混乱を鎮めたのはヴィドー大公だった。
拡声の魔道具を手に取り、闘技場内にいる全ての者たちに呼び掛けを行ったのだ。
無論、ありのままの真実を語ったわけではない。
表向きの説明は『観客が持ち込んだ宝具の暴走』ということだった。
ダンジョンから稀に手に入る魔道具のことをブルチャーレ公国では宝具と呼んでいることは記憶に新しい。
その宝具が暴走したことによって闘技場全体に強力な睡眠作用が働いたという、やや無理のある説明だったが、他ならぬ大公の言葉、しかもその説明にエドガー国王まで賛同したこともあり、どうにかこうにか観客たちを納得させることに成功していた。
ちなみに、バルトローネ公爵とスカルパ公爵の姿が観客席から消えた説明も済ませていた。
こちらに関しても真実は伏せ、『スカルパ公爵は高齢による体調不良』、バルトローネ公爵に関しては『警備隊及び、軍部との合流』という説明がなされた。
こちらに関しては説得力が高く、疑問を抱いた者は一部を除いてほとんどいなかっただろう。
こうして魔武道会はラバール王国の勝利で幕を閉じた。
やはりと言うべきか、なんとも締まりのない幕引きになってしまったが、最後の最後は観客から盛大な拍手が送られていたところを踏まえると、大会は何とか成功に終わったと考えても良さそうだ。
マリーとナタリーさん、そしてリディオさんも閉幕式の時には席に戻り、パチパチと拍手を送っていた。
視線の先には表彰台に上がったラバール王国の選手たち。そして、そんな選手たちを誇らしげな眼差しで見届けるアリシアがいた。
「うむ。良い顔をしているな、アリシアは」
「そうだね。うん、それだけは本当に良かった。アリシアは今日のためにすごく頑張ってから」
安堵の表情を浮かべるフラムとディア。
今だけは事件のことを忘れ、アリシアの勇姿を記憶に焼きつける。
そして、次の日の夜――俺たちは巨塔ジェスティオーネに呼び出されたのであった。
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