第691話 歴史と未来

 ブルチャーレ公国の頂に立つ四大公爵家。

 ヴィドー公爵家、ラフォレーゼ公爵家、バルトローネ公爵家、そしてスカルパ公爵家。

 この四つの公爵家によって、ブルチャーレ公国は実質的に支配・統治されていた。


 無論、四大公爵家を除く貴族にも権力があり、領地があり、領民がいる。

 しかし、ブルチャーレ公国の歴史を遡ると、それらはあくまでも四大公爵家によって、分け与えられたものに過ぎない。


 かつて、ブルチャーレ公国はその広大な国土を四分割し、それぞれを各四大公爵家が実効的に支配していた。

 そして、分割してもなお、広大過ぎた領土の支配・統治権を有していた各四大公爵家は、他の貴族に一部の権限と領土を割譲し、管理を任せるようになり、幾百年もの時を経て、ブルチャーレ公国は今の形に収まったという歴史があった。


 しかしながら、今となってはこの歴史を知っている者は少ない。

 長命種であるエルフやドワーフ等の種族を除けば、貴族階級の家の出身者や、知識人のみ。

 多くの一般市民からは、もはや忘れ去られた歴史となっていた。

 だが、四大公爵家が持つ権力だけは数百年もの時を経ても色褪せることはない――。


 西のヴィドー公爵家。

 現大公であるダミアーノを筆頭に、まつりごとに長けた人材を数多く輩出してきたヴィドー公爵家は、ブルチャーレ公国の西側に領地を持ち、そして西に領地を持つ貴族への強い影響力を有している。


 そんなヴィドー公爵家の最大の特徴は、ラバール王国との太いパイプを持っていることだ。

 ラバール王国との国境に接しているという土地柄もあり、昔も今も交易が盛んに行われている。そして何より、先祖代々から続くラバール王家との深い親交が、ブルチャーレ公国内に於けるヴィドー公爵家の権力と影響力を支え、高め続けていた。


 北のラフォレーゼ公爵家。

 国土の環境上、天然資源が著しく乏しいブルチャーレ公国に於いて、ラフォレーゼ公爵家が強大な影響力を有する北部は、唯一無二の楽園とも言えるだろう。


 密林地帯が領地の大部分を占め、その中に小さな山々や大小様々な川が流れ、肥沃な大地が広がっている北部は、都市化するにはやや過酷な環境だったが、その代わりにラフォレーゼ公爵家に莫大な財を与えてくれていた。

 国内で消費される木材や鉱物の約五割が北部から産出されているほど。

 さらには水資源も豊富なことから、農業も盛んに行われており、ブルチャーレ公国の食糧庫としての一面も持っていた。


 農業と林業。

 これら第一産業によってラフォレーゼ公爵家は、他の四大公爵家を寄せ付けないほどの莫大な財力を有しているのである。


 東のバルトローネ公爵家。

 シュタルク帝国と巨大な河川を挟んで国境を接している東部では長きに渡って牽制という名の小競り合いが続いている土地である。

 故に、ブルチャーレ公国東部に強い影響力を有するバルトローネ公爵家は、どの公爵家よりも『武』を重んじてきた。

 バルトローネ公爵家がブルチャーレ公国を守るための剣であり、盾であることは国民の誰もが知るところ。

 祖国を愛し、そして力を持つ者はバルトローネ公爵家に集い、軍部にいる者からは総じて高い支持を得てきた武の名家である。


 ブルチャーレ公国の武を一挙に預かっているのだ。

 その影響力と発言力は大公に勝るとも劣らないものを有しているのだが、誰よりも武と義を重んじている現当主のウーゴはそれらの力を悪用することなく、ブルチャーレ公国を真の意味で支え続けている。


 南のスカルパ公爵家。

 どの国とも国境を接していない南部には極僅かな自然と、他には荒れ地と地平線の先まで続く広大な砂漠地帯が南へ南へと、どこまでも広がっている。

 そのような過酷な環境が故のことだった。

 四分割された領土の中で、他の四大公爵家の追随を許さないほどに圧倒的な領地面積をもらったスカルパ公爵家は、過酷な環境下にありながら独自の路線を進み、家を存続させてきた歴史を持つ。


 肥沃な大地もなければ、資源も他国と直接繫がる交易路もない。

 残されていたのはブルチャーレ公国の各地に点在するダンジョンのみ。

 ダンジョンは多くの冒険者を呼び寄せ、魔石などのドロップ品がその土地を潤せるが、わざわざ生活するだけでも過酷な砂漠地帯にあるダンジョンまで押し寄せるもの好きは数少ない。

 移動するだけでも一苦労なのだ。猛烈な暑さに耐え、砂漠を我が物顔で跋扈する無数に沸く魔物を駆除し、辿り着く。

 人混みを嫌って訪ねてくる冒険者こそいたが、どれだけ冒険者を誘致しようと試みても、安定した財源になることはなかった。

 だからこそ、スカルパ公爵家は独自路線を開拓せざるを得なかったのだ。


 富のため、生きるため、そして四大公爵家の座を維持するために――。


 領民のことを考えていられるほどの余裕は残されていなかった。

 そもそものところ、スカルパ公爵家が持つ広大な領地には、その広さとは相反して領民の数が極めて少なかったのだ。

 しかしそれも当然の話だろう。

 領地のほとんどが荒れ地と砂漠に侵されているのだ。しかも今もなお、侵され続けている始末。

 南に進むにつれて人の数は減っていき、南端に関しては人が立ち入ることすらも、ここ数十年できていなかったほどである。

 定住可能な場所は、極僅かに残された自然がある場所に限られ、その他の土地ではその場に留まることすら極めて困難だった。


 水がどうこうの話ですらない。

 むしろ水だけの問題であれば、魔法でどうにでもできた。

 問題だったのは過酷な気候と土壌、そして魔物が蔓延る劣悪な環境だった。

 故に、スカルパ公爵領に住む領民は、自然が残された場所に造られた都市や街に住むか、あるいは小さな集団を作り、魔物から逃げ隠れるかのように各所を転々と移動を繰り返していた。

 流浪の民たちは息を殺し、魔物を殺し、魔物やダンジョンでは手に入らない――魔石を残して霧となって消えてしまうため――魔物の素材を売って細々と生き延びてきたのである。


 だが、それももはや限界だった。

 人口の減少――とりわけ流浪の民の減少――に歯止めがかからなくなり、元より限られていた収入が減り続け、スカルパ公爵家の私財を切り崩さなければならなくなってきていたのだ。


 しかし、『災い転じて福となす』とは少し異なるが、流浪の民の数が減った――すなわち、弱者がふるいにかけられ、強者だけが残ったことで、僅かに光明が見えてきたのである。


 そこからスカルパ公爵家は一つの活路を見出した。

 それは――情報だ。

 国内・国外を問わず、情報を収集し、そして売買することでスカルパ公爵家は収入を得ようと考えたのである。


 流浪の民たちは常日頃から砂漠地帯に跋扈する凶悪な魔物の目から隠れ、逃れられるほどの隠密技術を生まれてからすぐに会得しなければ生きてはいけなかった。

 そこにスキルの有無は関係ない。

 スキルには頼らない技術を脈々と引き継ぎ、磨き続けていたのだ。


 そんな隠密と戦闘能力に長けた流浪の民にスカルパ公爵家は目をつけた。

 数少ない資源が残された領内の土地を流浪の民に与え、その見返りとして優秀な諜報員兼戦闘員を手に入れようと画策したのである。


 両者の利害は一致した。

 流浪の民たちは赤児や虚弱な者の安全と、本来ならば魔物に殺されるしかなかったはずの老後の安心と安定を手に入れ、スカルパ公爵家は人員を手に入れた。


 これが今から五十年以上前の話。

 マファルダがスカルパ公爵家当主の座に就いた後の出来事であった。

 そして、これら諜報員の活躍により、スカルパ公爵家はブルチャーレ公国を影から支え、時には操ることも可能としたのである。


 無論、スカルパの手足となった流浪の民――諜報員の存在は一部を除き、未だに隠され続けている。

 公になった一部の者たちは、ブルチャーレ公国が直接登用し、公式の諜報員として暗躍していた。


 スカルパ公爵家の表向きの稼業は軍人とは異なる戦闘員の育成と、それらの人員による、領内に出現する無数の魔物から採取した稀少な素材や魔石の売買ということになっている。


 つまるところ、軍人とも騎士とも冒険者とも違う、対魔物専門の戦闘員の産出――それが表向きのスカルパ公爵家の稼業となっているのである。


 各国・各地に放ったスカルパ公爵家の諜報員。

 それらが齎す情報の伝達速度と確度は、ブルチャーレ公国の頂点に立つダミアーノ・ヴィドーをも上回っている。


 だからこそ、マファルダは知ることができた。

 誰よりも早く、恐怖と危機感を抱いた。


 そして、マファルダは一つの結論に至り、悟ったのである。


 ――いずれブルチャーレ公国は、地竜族を従えるシュタルク帝国に滅ぼされるだろう、と。

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