第683話 常在戦場

 大歓声で始まった魔武道会本戦は、観る者を熱くする素晴らしい試合の連続だった。


 多種多様な武器が音を奏で、魔法が舞台上を舞い踊る。

 どの試合を切り取っても、拮抗し、白熱した試合が続いていた。

 そんな中、俺は仮面の男に対して、ずっともやもやとした感情を抱き続けていたのであった。


 いよいよ魔武道会は最終戦を迎える。

 四試合を終えた時点での戦績は二勝二敗。次の最終戦で今大会の勝利国が決まる。


 最終試合を直前に控えた最後のインターバルを迎えてもなお、観客席は熱気に包まれたまま。観客は今か今かと最終試合の開始を歓声と共に待ち侘びている。


 VIP席で観戦を続けていた俺たちも、最終試合に向ける熱量は他の観客とほとんど変わらない。

 とりわけ、リディオさんの熱狂っぷりは凄まじいものがあった。


「いやあ、本当に素晴らしい! 胸が熱くなる試合ばかりでしたね、コースケさん!」


「そうですね。午前、午後と続いて最終戦までもつれ込みましたし、最終戦の結果はどうあれ、大会としては大成功だと言えるかと」


「仰っしゃる通り! ですが、私としてはブルチャーレの選手が勝って大会を締めていただきたいですね! ブルチャーレの貴族として、そして何より……」


 そう言いながらリディオさんが俺に見せてきたのは束になった手のひらサイズの小さな紙。

 そこには『勝利国・ブルチャーレ、賭け金・金貨一枚』と書かれていた。


「これも投資と言えば、投資と言え……るんですかね?」


「あはは……それはどうですかね。観ているだけでも楽しいことには変わりないのですが、やはりそこにちょっとした刺激があるとより楽しめるので、少しだけ賭けてみました」


 少しだけと言うにはかなりの大金を賭けているように思えるが、それ以上は言うまい。

 それにリディオさんの賭けは、ほぼ的中したようなもの。

 最終試合に残っている選手を比較すれば、もはや結果は見えたと言っても過言ではない。


 俺の右隣に座るディアとそのさらに奥に座るフラムの話し声が聞こえてくる。


「アリシアも精一杯頑張って相性の良い選手を当ててたみたいだけど、今回は運が悪かったとしか……」


「うーむ、やはり初戦を落としたのが痛かったな。選手の選択こそ間違っていなかったが、敗因は実戦経験が不足していることを考慮していなかった点に尽きる。経験と言うものは訓練だけではどうしても補えない部分だし、仕方がないとも言えるが……うーむ……」


 二人の会話を聞いてもわかるように、最終試合までもつれ込んだ時点で、ラバール王国の勝利は途方もなく厳しいものとなってしまった。

 俺もそうだが、ディアもフラムももう半ば諦めてしまっている。

 勝つにはそれこそ奇跡が必要だろう。

 それほどの差が、最終試合を行う両選手の間にはあった。


 インターバルを利用し、トイレのために席を外したリディオさんを見送り、俺も二人の会話に加わる。


「二人はニコロ……いや、ルキーノって言う仮面の男をどう見てる?」


「うーん……やっぱり強いと思う。魔法系統スキルにはそれほど長けてるわけじゃないけど、それを補って余りあるほど強力なスキルを持っているし、正直に言っちゃうと勝ち目は薄いんじゃないかな……」


「まあ、大体ディアの言った通りだな。付け加えるとすれば、あの仮面の男は対人戦闘能力に特化している――いや、少し違うか。奴は人を殺すことに特化し過ぎている。対してラバール王国側の選手は、騎士団の中から選出されているということもあって、実戦経験の部分では勝っているかもしれない。だが、それだけだ。下手に近接戦闘を得意にしているせいで、勝機がまるで見えてこない。打つ手なし、だな」


 二人の見立ては完全に俺と合致していた。

 蟻と象とまでは流石に言わないが、白熱した試合を期待するのは無理がある。

 もしラバール王国の騎士団出身の選手が、何か飛び抜けた一芸を持っていたのなら勝敗はまだわからなかったかもしれないが、良くも悪くも整い過ぎてしまっている。

 何事にも対処しなければならない騎士としては満点に近い。しかし、一対一の対人戦かつ、相手が格上ともなると、バランス型の選手ではどうしても勝機を見出しにくいと言わざるを得ないだろう。


「それにしても、やっぱりおかしいよね……」


 ポツリとマリーたちに聞こえないような小さな声で言葉を零すディア。


「おかしい、とは? 中身が入れ替わったことか?」


「それもだけど、それだけじゃない。あの仮面の人が魔武道会っていう表舞台に立っていること自体がおかしいと思うの」


 ディアの言いたいことが一気に伝わってくる。

 なにせ、俺も同じ気持ちを抱いていたのだから。


「仮面の男は戦士でもなければ、騎士でもない。あれは裏の人間……――暗殺者だ」


 俺の発言に、ディアが頷き返す。

 やはりと言うべきか、俺とディアは仮面の男――ルキーノに全く同じ印象を抱いていたようだ。


 無論、顔を隠しているからという安直な理由ではない。

 ルキーノの暗殺に特化したスキルの数々から、俺はそう結論付けたのである。


「あれほど暗殺に長けた人間が名誉のためだけに表舞台に立つとは俺には思えない。普通に考えれば、裏の世界で引っ張りだこになっているはずだ、それに、いくら仮面をしているとはいえ、表舞台に立つデメリットが大き過ぎる。もちろん、ルキーノが暗殺を稼業としていたら、の話になるけどね」


「……なるほどな、主とディアが言わんすることはわかった。だが、主が自分で言ったように全ては仮定の話でしかなんだろう? 確かにあの男は怪しい。胡散臭さがここまで漂ってくる気がするくらいにはな。それでも今のところは特におかしな行動を取っているわけでもなければ、男の出場を止めようとする動きも会場には見られない。いくら暗殺に長けているとはいえ、単独で本来の出場者を殺し、この場に立っているとは考え難いんじゃないか? ともなれば、奴は正当な権利を持った選手か、あるいは何者かの手引きを受けてここに立っているか、この二つに一つ。だが、どちらにせよ、私たちがどうこうする問題ではない。違うか?」


 フラムが導か出した結論を否定するつもりは俺には毛頭ない。むしろ、フラムが至極常識的な結論を導き出したことに少なくない衝撃を受けたくらいだった。

 それに、中身が入れ替わっている疑惑こそあれど、つつがなく大会が進行している以上、俺たちに口を出す権利がないことも重々承知している。


「違わないよ。けど、警戒だけは怠らないでほしい」


 だが、それでも俺は必要以上の警戒心を抱き続けていた。

 念には念を、仮に先手を打てなくとも後手後手に回らないよう、常在戦場の心持ちで備え続ける決意を固めていた。


 背中を優しく受け止める柔らかな椅子の背もたれに身体を預け、俺は横を見るわけでも舞台を眺めるでもなく、正面を見つめる。


「……」


 視線の先にはVIP席をさらに上回る豪奢な造りの空間があった。

 その空間には遠目からでもハッキリと見える、まるで玉座のような造りをした椅子と、荘厳な雰囲気を醸し出す五人の権力者――エドガー国王、ヴィドー大公、そして四大公爵家の当主たち――が座っている。


 もし、仮面の男が暗殺者であり、手引きした者がいたとしたら――。


「ふぅ……良かった。どうやら間に合ったようですね」


 リディオさんが戻ってきたことで、俺の思考はそこで一旦止まった。


 それから間もなく、第五試合――魔武道会を締め括る最後の試合が始まる。


「只今より、魔武道会の勝敗を決する、第五試合目を開始致しますっ!!」


 そして、事件は起こる――。

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