第681話 団欒の一時

「――そこまで!! 五試合を通して三勝二敗! よって、魔武道会学院生の部はブルチャーレ公国の勝利となります!!」


「「うおおおおぉぉぉ!!!」」


 地鳴りするほどの大歓声が沸き上がる。


 学院生同士の試合は最終戦までもつれ込み、結果は実況の通り、ブルチャーレ公国代表の勝利。

 ホームであるブルチャーレ公国代表の勝利ともあって、観客席は大いに盛り上がっている。


 勝者として舞台上に立つブルチャーレ公国代表の学院生たちは大歓声に応えるように誇らしげに胸を張り、観客たちに手を振って、さらに観客たちを沸かせていく。


 連覇が途絶えてしまった昨年の雪辱を果たしたのだ。

 おそらく今回の代表に選ばれた彼ら彼女らはこの先暫くの間、ちょっとした英雄のように公国民から持て囃されることになるのだろう。


 その一方で、舞台の隅で勝者へと拍手を送るラバール王国代表の学院生たちの表情は暗い。中には悔しさのあまり涙を流している生徒もいた。

 命を賭した戦いではないとはいえ、魔武道会は国を背負って戦う真剣勝負の場なのだ。

 代表に選出された日から今日まで、血が滲むほどの努力をしてきたに違いない。

 だからこそ、涙を流している。悔しさで胸が張り裂けそうになっているのだろう。


「良い試合だったね」


「うむ、雛鳥たちにしては見応えのある試合ばかりだった。組み合わせ次第ではまた異なる結果になっていたかもしれないな」


 ディアとフラムが試合の感想を語り合う。

 二人に共通して言えるのは、どちらを応援するでもなく中立の視点になっていることだ。

 忘れているなんてことはないだろうが、曲がりなりにも俺たちはラバール王国の貴族。

 普通ならラバール王国代表の学院生たちを応援するべきなのだろうが、どうやら二人にはそんなことは関係ないらしい。


 そんな二人とは対照的に俺の左隣でリディオさんは興奮気味に盛大な拍手を送っていた。


「いやあ、本当に素晴らしい! まさかこのような熱い試合を私のような一介の男爵がVIP席で観戦できるなんて夢にも思っていませんでしたよ! それもこれもコースケさんたちのお陰ですね!」


「あははは……」


 から笑いを返す。

 一瞬、嫌味なのでは、と思ってしまったのはきっと俺の心が汚れているからに違いあるまい。


 そうこうしてるうちに、午前の部終了のアナウンスが出される。

 午後の部である本戦は今からちょうど一時間後。

 その間に買い出しに行って昼食を済ませるのが通例となっているらしいが、俺たちは闘技場に来る前に買い物を済ませていた。


「リディオさんは昼食をどうされます? もしよければ、ご一緒しませんか?」


「ええ、それは是非とも。それで、どちらまで買いに行かますか? それともVIP席の特典を利用して料理を持ってきてもらいます?」


 VIP席にそんな特典があったなんて露ほども知らなかったが、まあいい。

 今日はお祭りなのだ。豪勢な高級料理を食べるのも悪くはないが、ここはやはりお祭りらしいジャンクな食べ物に齧り付くのがシチュエーション的にも最高だろう。

 如何なる高級料理だろうと、祭りの雰囲気が加味されたジャンクフードに勝るものはないのだ。


「いえ、今から準備しますね。もしかしたらお口に合わないかもしれませんが……」


 そう一言断りを入れ、俺は虚空から買い溜めしてあった数十もの食べ物を次々と取り出し、テーブルの上に並べていく。


「湯気が立っている……? これはアイテムボックス……ではない?」


 テーブルの上に並んだのは胃もたれしそうになるほどの料理の数々。

 薄っすらと湯気が立っていることからもわかるように、どれも出来たて熱々だ。

 通常のアイテムボックスは内部で時間が経過していくのだが、俺の疑似アイテムボックスは内部の時をも止める。

 つまり、疑似アイテムボックスに入れている限り、賞味期限が切れることはない。鮮度や熱を保ったまま、いつでもどこでも美味しい料理が食べられるのである。


「少し特別なアイテムボックスと思ってください。それよりもどうです? お口に合いそうですかね?」


「ははは……コースケさんたちといると、毎度毎度驚かされてばかりな気がします。では、お言葉に甘えさせていただきますね」


「まずはそうだな……やはり私は肉だな」


「私もお肉、食べるです! お母さんは?」


「そうねえ、私は野菜たっぷりのサンドイッチをいただこうかしら」


「私めもサンドイッチを頂戴致します」


「わたしは……うん、このチョコがかかった果物にする」


「俺は無難に串焼きにしようかな」


 それぞれが思い思いに好きな物を手に取り、お祭りの雰囲気にあてられながら次々と料理を口の中に放り込んでいく。

 どれもこれも高級料理とは程遠い。しかし、この祭りの雰囲気が、団欒の時間が、料理を昇華させ、皆を笑顔にしたのであった。




 四十分ほどで食事を済ませ、その後は談笑を交わしていた。


 本戦が始まるまで残り二十分。

 試合の途中途中でインターバルが設けられているとはいえ、選手紹介から第一試合が終わるまで、それなりに時間が掛かってしまう。

 今のうちにトイレを済ませておくに越したことはないだろう。


「ちょっと、お手洗いに行ってくるよ」


 そう断りを入れてから俺は席から立ち、部屋の外へ。

 そこからさらにヴィドー大公たちと密談を交わした部屋を抜けて廊下に出る。


「ええっと、トイレは……どこだ?」


 こういう時、『観測演算オブザーバー』は役に立たない。

 気配の探知や地形や構造物の把握能力には長けているが、ピンポイントでトイレを探せるほど万能ではないのだ。せめて大まかにでもトイレの場所を知っていれば何とかなっただろうが、残念ながら俺の頭の中にその知識は入っていない。

 となると、人に訊くのが手っ取り早いのだが、生憎と周囲に人の影はなし。

 一度、席に戻ってリディオさんにトイレの場所を訊くのも一つの手だったが、俺は特に理由もなく一人でトイレを探すことにした。


 長い廊下を歩いていくが、誰ともすれ違うことはない。

 この廊下に並ぶ扉はほぼ全て別々のVIP席に繋がっているらしく、そもそもここら一帯には人自体が少ないようだ。


「……仕方ない。一度一階までおりるか」


 一般観客席と繋がっている一階まで行けば、すぐにトイレは見つかるはず。仮に見つからなくても、大勢の観客がいるのだ。誰かしらにトイレの場所を尋ねれば簡単に教えてくれるだろう。


 一度そう決めれば足取りは軽かった。

 三階にあったVIP席のエリアから階段を見つけ、軽やかな足取りで一階に向かう。

 階段をおりていくにつれ、徐々に多くの人々の声が近づいてくる。


 そして、二階まで階段をおりたその時だった。

 偶然、二階の踊り場で、一人の男と――怪しげな白い仮面を着けた男と遭遇する。


 名前は知らない。覚えていない。

 けれども、俺はその男を知っていた。歓待の宴に参加していた者ならその男を知らない者はいないだろう。


「あのー、トイレって何処にありますか?」


 無意識に俺はそう声を掛けていた。


「……」


 返事の声はなかった。

 ただし、無視をされたわけでもない。

 目元だけがくり抜かれた白い仮面。その奥から覗き見える灰色の瞳が俺の姿を捉える。


 数秒間の無言の後、仮面の男は二階の廊下の奥を指さすと、無言を貫き続けたまま背中を向け、指をさした方向とは逆の廊下を進んでいった。


「ありがとうございましたっ」


 お礼を告げ、俺はその後ろ姿をじっと見送った。

 暫くして、仮面の男の背中が見えなくなる。

 だが、俺はトイレには向かわずに、その場で大きく首を傾げ、呟く。


「あの人って、確か……ブルチャーレ公国の選手だよな? あんなに強かったっけ……?」

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