第667話 アリシアと選手たち

 ラフォレーゼ公爵といざこざを起こした翌朝、俺たちはエドガー国王が泊まる宿まで報告をしに向かった。


 ちなみに、『銀の月光』は不在だった。

 最初は連れて行くべきかと悩みもしたが、ラバール王国の国王と、表向きブルチャーレ公国の盾のような役割を担っている『銀の月光』を秘密裏に会わせるのは避けた方が無難だと考え、結局俺たち『紅』だけで報告を行ったのである。


 俺が知る限りの情報を話し終えた後のエドガー国王は、酷く疲れた顔をして頭を抱えてしまっていたが、起きてしまったことは仕方がない。今さら後悔をしても遅いと俺は完全に割り切っていた。

 そもそも厄介事を引き起こしたのはラフォレーゼ公爵なのだ。

 むしろ尻拭いをしてあげたと思って欲しい……とは流石に口が裂けても言えなかったが、どちらにせよ今回の一件に関しては何一つとして悪いことをしたとは思っていない。いや、唯一リディオさんにだけは、いざこざに巻き込んでしまった手前、申し訳なく思っていた。


 一通り報告を終え、ようやく解放されると思いきや、エドガー国王から唐突な質問が飛んでくる。


「で、コースケ。リディオ・リオルディ男爵のことはどうするつもりなんだ?」


「どうする、と言いますと?」


「いや、無関係な人間を巻き込むなんてコースケらしくないと少し思っただけだ。おそらく『銀の月光』がリオルディ男爵と懇意にしているという情報は程なくブルチャーレ公国中に知れ渡ることになるだろう。そうなった場合、これも俺の憶測に過ぎないが、リオルディ男爵の身が危険に晒されても何ら不思議じゃないと思っている。他の貴族から圧力を受ける程度ならまだいいんだがな……。最悪の場合は殺されてもおかしくはない」


 『コースケらしくない』……言われて気付くまでもなく、自分でもそう思っている。

 これまで俺は慎重過ぎるほどに安全に安全を重ね、行動をしてきたつもりだ。

 だが、マギア王国での一件で痛いほど思い知らされた。

 後手後手に回るだけでは対処できないこともあるのだと。


 言ってしまえば、自分たちの力を過信していたのだ。

 俺たちなら後手に回ってもどうにでもできると、根拠のない自信を持ってしまっていた。


 その結果があのザマだ。

 マギア王国で数々の失敗を繰り返し、取り返しの付かないことになってしまった。

 リーナの親友を喪い、マギア王国の国土の大半がシュタルク帝国に奪われるという惨劇。

 もちろん、手を抜いたつもりはない。

 それでも相手に――アーテに上回られてしまった。


 あの時の苦すぎる記憶は未来永劫残り続けるだろう。

 だから俺は誓った。


 もう同じ轍を踏まないと。

 力を隠すことばかりに気を取られるのはもうやめにしようと。


 エドガー国王に指摘されてから僅かに凍っていた表情をほぐし、俺はゆっくりと首を横に振る。


「リディオさんは殺させませんよ、絶対に」


 俺がそう言い放つと、エドガー国王は一瞬だけ目を丸くし、そして口角を吊り上げた。


「はは、そうか。どうやら余計な心配をしてしまったみたいだな。なら、お前たちが満足するまで好きにやればいい。これでも俺は国王だしな、少しくらいは尻拭いをしてやれるだろう」


 この一年間で信用と信頼を築いてきたからこそ、エドガー国王は俺たちを信じ、背中を押してくれたのだ。

 ならば、俺たちはその期待を裏切るわけにはいかない。


 エドガー国王の器の大きさに感動したのか、ディアが柔らかな笑みを浮かべる。


「うん。ありがとう、国王様。でも、できる限り迷惑をかけないようにするから」


「そこまで感謝されると、なんだ……少しむず痒くなるな」


 目を逸らし、頬をかくエドガー国王。

 見慣れているはずなのに、どうやら照れてしまっているらしい。

 ディアは絶世の美女という言葉では言い表し切れないほどの美貌の持ち主だ。そんな彼女から笑みを向けられれば、たとえ相手が妻子持ちの大国の国王であろうと頬が緩んでしまうのも無理はない。


 何とも言い難い空気が流れる。

 でも、決して居心地が悪いわけではない。むしろ勝手に笑みが零れてしまうような温かな空気だ。


 が、そんな空気を一瞬でぶち壊す者が現れる。

 言うまでもないだろう、フラムだ。


「むむっ、エドガーにしては優し過ぎるな気がするぞ。見返りはなんだ? 何を求めているのだ?」


「「……」」


 俺とディアは冷ややかな眼差しを、エドガー国王は盛大なため息を吐く。


「はぁ……勘弁してくれ。俺を何だと思ってるんだ? 欲の権化か何かに見えているのか……?」


「王とはそういうモノだろう?」


「……もう面倒だ、だったらそういうことにしてくれ。なら見返りとして、たまにはアリシアの様子でも見てきてくれ。今頃、魔武道会の出場選手たちと鍛錬をしてるはずだ。場所は――」


 やけくそ気味になったエドガー国王に、アリシアがいる場所を教えてもらう。

 結局、フラムが空気をぶち壊しにしたせいで、俺たちは見返りとしてアリシアのもとへ向かうことになったのであった。




 首都ラビリントを出る。

 別に危険なところに行くわけではないので、ナタリーさんとマリーも一緒だ。

 西へ二十分行ったところにある見晴らしの良い荒野にアリシアたちはいた。


 飛び交う魔法、耳をつんざく剣のぶつかり合う音。

 一見すると、まさに死闘を繰り広げているように見えるが、これはただの鍛錬だ。

 その証拠に、戦闘を見届けているアリシアのすぐ隣には治癒魔法師が控えている。


 どうやらこの鍛錬に学院生は参加していないらしい。

 魔武道会の前座とはいえ、学院生たちも本気のはず。

 しかし、実力が掛け離れている本戦出場者と共に鍛錬をするのは流石に無理があるという判断なのだろう。


 それにしても、アリシアの気合いの入れようは凄まじい。

 かなり遠くから離れて観ているにもかかわらず、アリシアの声が聞こえてくるほどだ。


「後三分です! 気を抜かずに!」


 時間制限を設けて対人戦闘の練習をしているようだ。

 おそらく対魔法、対近接など、ありとあらゆるパターンを想定して訓練をしているのだろう。


「ふむ、アリシアも頑張っているようだな」


 弟子であるアリシアが頑張っている姿にフラムは満足そうに何度も頷く。

 時折、野次馬のように色々と愚痴を零しているが、風向き的に向こうには聞こえていないだろう。


 暫く観戦を続けた後、ちょうどアリシアたちが休憩に入ったタイミングを見計らって声を掛けることにした。

 真っ先に声を掛けたのは、ずっとイライラムズムズしていたフラムだ。


「うむ、頑張ってるではないか」


「フラム先生! それに皆様も!」


 それまで真剣な顔をしていたアリシアの顔が途端に綻ぶ。

 尻尾でもはえていたら、今頃ぶんぶんと振っていたに違いないテンションの上がりようだ。

 逆に、出場選手たちは明らかに戸惑っている様子。

 それもそのはず、王女であるアリシアがよくもわからない者たちに対して目上の存在のように接しているのだ。意味がわからなくても当然だろう。


 そんな選手たちの戸惑いに気付いたのか、アリシアが俺たちのことを端的に紹介してくれる。


「こちらは私が学院生だった頃の先生方と、そのご家族なのですよ」


「うむ、そして私はアリシアの師匠でもある。よろしく頼むぞ」


 学院の先生風情が、と侮られるかと思いきや、意外なことに選手たちは偉そうに振る舞うフラムに尊敬に近い眼差しを送っている。

 とりわけ、騎士団出身の男性は俺たちのことを前から知っていたのか、ご丁寧なことに頭まで下げてくれていた。


 それから何故か始まったのは、フラムによる指導だった。

 出場選手五人を相手にフラムが一対五で戦い、容赦なく返り討ちにしていく様はまさに圧巻。

 が、少々やり過ぎてしまったせいで、治療要員としてディアまで駆り出される始末になってしまっていた。


 そんな光景を俺はアリシアと見守りながら雑談を交わす。


「どう? 今回の魔武道は勝てそう?」


「……どうでしょうか。実力的には引けをとらないとは思っていますが、騎士団出身の方を除くと、実戦経験が不足している分、やや厳しい戦いになってしまうかと」


 新設されたばかりの『王国魔法師団』と『王国戦士団』から二名ずつ選出したこともあって、アリシアは選手たちの実戦経験に不安を感じているようだ。

 だから実戦形式の訓練を繰り返していたのかと納得しつつ、俺はアリシアにちょっとした励みになるような言葉を送ることにした。


「歓待の宴で俺が選手たちを視て思った感想なんだけど、今のままでも十分に良い戦いができると思うよ。組み合わせ次第では全勝することもできるんじゃないかな」


 裏を返せば組み合わせ次第で全敗することもあるのだが、ここであえて言うことではない。

 両陣営の実力はかなり拮抗していることは間違いないのだ。あとはこの短期間でどれだけポテンシャルを引き出せるか、どの相手に誰をぶつけるか、そういった部分が大切になってくるだろう。


「組み合わせ次第……。ありがとうございます、コースケ先生。自分たちのことばかりに目を向けずに、対戦相手のことも調べてみますね」


「ああ、応援してる。俺たちも観にいくから楽しみにしてるよ」


「はいっ! 魔武道会まで後三日。悔いが残らないように頑張りますね」


 その後、二時間近くフラムが訓練に付き合い、ラビリントに戻ると、宿の前でイグニスが俺たちのことを待っていた。


 そして、イグニスはこう言った。

 ――『怪しげな動きを見せる者たちが現れました』、と。 

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