第656話 難癖

 深淵迷宮に入って早一時間。

 俺たちは未だに四階層にすら辿り着いていなかった。

 別に道に迷っていたわけでも、ナタリーさんやマリーの足が遅かったという訳でもない。

 ただ純粋に探索速度がイグニスの想定以上に遅かっただけである。


 マッピングを終えているというリディオさんの言葉に嘘はなく、分岐路が現れれば必要に応じてリディオさんが連れてきた冒険者たちが地図を開き、道を確認。魔物と出会えば、先陣を切って懸命に戦ってくれていた。

 まだまだ低階層というだけあって、ここらに出現する低級の魔物程度に遅れを取るほどCランク冒険者は弱くない。

 ただし、本来の実力の半分も出し切れていないように見えたのは俺の気の所為ではないだろう。


 おそらく、Cランク冒険者パーティーの彼らだけでダンジョン攻略を全力で行っていれば、イグニスが想定していた一時間程度で十階層まで辿り着けていた可能性は十分に高い。

 しかし、彼らの支援者であるリディオさんや、俺たちのことを気に掛けながら戦わなければならないという状態が彼らの足を引っ張ってしまっているようだ。

 加えて、リディオさんに少々やんちゃな一面があったことも彼らの足を遅らせた要因の一つとなっていた。


 今もその一面が俺たちの眼前で繰り広げられている。


「――はあぁぁぁぁぁッ!」


 力強い踏み込みと共に放たれた一閃により、蛇型の魔物の頭が落とされ、塵となる。

 地面に転がった魔石をリディオさんは拾い上げると、額に薄っすらと汗をかきながら満面の笑みをこちらに向けてきた。


「「……」」


 引き攣った笑みで手を振り返すことしか、俺たちにはできない。唯一、マリーだけが興奮気味に『すごいっ、すごいっ』と頻りにリディオさんを褒め称えていた。


 ここまでの道中、リディオさんは護衛の冒険者と共に度々魔物との戦闘に興じていたのである。

 腕はそれなりに高く、この辺りに出現する魔物にやられることはない。

 安心して見ていられる点だけは良かったのだが、待ち合わせをしているこちらからしてみれば、たまったものではなかった。

 しかし、『銀の月光』と待ち合わせしていることを言うわけにもいかず、今のように見守ることしか俺たちにはできなかったのだ。


 待ち合わせの時刻までおおよそ一時間。

 下の階に進むにつれて攻略難易度が上がっていくことを考えると、このままのペースでは到底間に合いそうにない。


「あまり出しゃばりたくなかったけど、そうも言っていられないか……」


 護衛として雇われたCランク冒険者たちの面子を潰すことになりかねないが、仕方がない。


「フラム、イグニス。ナタリーさんとマリーのことを頼む」


「うむ、任せれよう。どうだ、マリー。おんぶでもしてやろうか?」


「はいですっ!」


「承知致しました。では、私めはナタリー様を――」


「――大丈夫。大丈夫よ、イグニスくん。自分の足で歩けるから」


「左様でございますか」


 戦闘狂の一面を持つフラムから多少の文句が出てくるかもと身構えていたが、その心配はいらなかったようだ。

 おそらく遊びにもならない魔物との戦闘に魅力を感じなかったのだろう。戦いたい欲求よりも面倒臭いという気持ちが上回ったに違いない。


 フラムとイグニスにマリーたちのことを任せておけば、万が一も起こり得ない。たとえ想像もつかないイレギュラーが発生したとしても二人ならマリーたちを守り切ってくれると信じ、俺はディアに声を掛ける。


「ここから先は俺たちも戦闘に参加させてもらおう。俺とディアで道を切り開く」


「うん、わかった。やり過ぎないように注意しながら頑張る」


 魔物よりも俺とディアの攻撃の余波の方が余程危険であることからも、ディアの言う通り細心の注意を払うべきだ。

 流石にダンジョンそのものを破壊することはできないだろうが、どちらにせよ気を付けるに越したことはない。


 戦闘から戻ってきたリディオさんと護衛の冒険者たちに俺たちが戦闘に参加する旨を、相手の面子を潰さないよう言葉を選びながら伝えることに。


「お疲れ様です、リディオさん。見事な戦いっぷりでした」


「ははは、お世辞でもそのように褒められてしまうと照れてしまいますね。Cランク冒険者並に腕が立つとは自負していますが、それでもコースケさんたちには遠く及ばないでしょうし。あっ……そう言えばコースケさんたちの冒険者ランクをまだお聞きしていませんでしたね。差し支えなければ、今お聞きしても?」


 リディオさんがそう言った途端、冒険者たちの耳がこちらに向けられたような気配を感じる。興味津々といった様子だ。


「こうすけ、わたし、フラムの三人で『紅』っていうパーティーを組んでるの。半年前くらいにAランクになったばかりだけど」


 そうディアが答えると、耳をそばだてていた護衛の冒険者たちは首を僅かに傾げ、記憶を探るような素振りを見せる。


 当然の反応と言えば、当然の反応だろう。

 Aランク冒険者になってからと言うもの、それ以降は冒険者として大した実績を積んでこなかったこともあり、Aランク冒険者であるにもかかわらず、俺たちは全くと言っていいほど名が通っていない。

 まして俺たちはラバール王国を拠点にしている冒険者なのだ。彼らが俺たちを知らないのも無理はない。


「Aランク……それは凄いですね! まだ半年しか経っていないとはいえ、立派な上級冒険者ではないですか! それにラバール国王陛下からその実力を認められ、爵位を授かった経緯も持っておられる。やはり私の眼に狂いはなかったということですね!」


 興奮気味に鼻息を荒くし、早口で捲し立てるリディオさん。その姿はまさに戦闘狂ならぬ、冒険者狂のように見えた。

 尊敬と羨望が入り交じる熱い眼差しが俺とディアに注がれる中、俺はこの好機を逃さず戦闘に参加したいと申し出る。


「もしよろしければ、Aランク冒険者の実力をお見せしましょうか? お楽しみいただけると思いますよ」


「おお! それは是非とも! コースケさんたちの戦う姿を拝見できれば、冒険者を目利きをする際に参考にできるかもしれませんし」


 これでリディオさんを俺が望む方向に誘うことができた。

 あとはある程度魅せるような戦闘を繰り広げながら、十階層を目指すだけ。

 迷路のような地形も俺の『観測演算オブザーバー』にかかれば迷うことはない。


 そこから先はリディオさんにとって、まさに見世物ショーのように見えていたことだろう。


 俺の剣が魔物を断ち切り、ディアの魔法が魔物の群れを蹂躙する。

 時には転移を、またある時には幻影を生み出し、できる限り、リディオさんを楽しませながら下へ下へと進んでいく。

 時折、護衛の冒険者たちから感嘆の声が漏れ聞こえてきたが、それら一切を無視し、俺たちはリディオさんに悟られないよう攻略速度を上げていったのであった。




 そして、ド派手な戦闘を披露すること約三十分。俺たちはあっさりと九階層に到達していた。

 少々駆け足になってしまったため、ナタリーさんの顔に若干疲労の色が見え始める。


「よし、もう十分かな」


「少し駆け足になり過ぎちゃったし、わたしはちょっとナタリーさんの様子を見てくるね」


 ナタリーさんには苦労をかけてしまったが、時間の短縮には成功した。

 もう焦る必要はない。

 ナタリーさんの体力を回復させながら、ゆっくり進んでも十分約束の時間には間に合う時刻だ。


「体力は戻らないけど、回復魔法をかけるね」


 ディアがナタリーさんのもとに駆け寄り、身体のケアを行う。

 すると、淡い光がナタリーさんの全身を包み込み、一瞬で治療を終えた。


「ありがとう、ディアちゃん。お陰様でかなり楽になったわ」


 治癒魔法に体力回復の効果はほとんどないが、それでも靴擦れや酷使した筋肉の損傷を治すことができるため、だいぶ楽になったようだ。


 ディアがナタリーさんの治療に向かった一方で俺はリディオさんのもとに赴き、休憩を申し出て許可をもらった。

 丁度いいことに今いる場所は広い空間になっており、休憩場として適している。


 ここなら時折見かける他の冒険者たちの邪魔にもならないだろう――そう思った矢先、如何にも粗暴そうな柄の悪い五人組の冒険者パーティーに絡まれてしまう。


「――邪魔だ、どけ。Bランク冒険者様のお通りだ」


「ちっ、こんなところで休憩なんかしやがって……。女子供を連れて観光気分か? あん?」


 人が通るには十分過ぎるスペースが空いていた。

 それこそ十人が横になって隊列を組んでいたとしても余裕で通れる広い空間だ。

 にもかかわらず、男たちはわざわざ壁際にいた俺たちの前まで近づき、難癖をつけてきたのである。


 フラムにおんぶされていたマリーの身体が縮こまる。

 必死にフラムの服を強く強く握り締め、ぎゅっと目を瞑る姿が俺の眼に焼きつく。


 気付けば俺の身体は動いていた。

 鞘から紅蓮を引き抜き、先頭に立つ男の眼前へ転移し、紅蓮の切っ先を男の首に突きつけていた。


「――Aランク冒険者様が休憩中だ。そこまでにしてくれないか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る