第651話 愚妹のために

 ――『有望な冒険者を探し、支援を行う』。

 そう語ったリディオさんの表情はどこか楽しそうだった。


 将来有望な冒険者を発掘し、その成長を見届ける。

 感覚的に言えば馬主のような感じなのかもしれない。

 もちろん、投資というのだから、それなりのリスクは伴うのだろう。

 しかし、それ以上の愉楽と実益を齎すからこそ、ブルチャーレ公国の貴族の間で冒険者への投資が流行っているに違いない。


「その見返りとして、ダンジョンで得た利益の一部をもらう、ということですか」


「ええ、正解です。探索に必要な物資の支援から病気や怪我で活動ができなくなった場合に金銭的な支援を行うことを約束し、その見返りを頂戴するのですよ。冒険者に危険は付き物ですから」


 今の話を聞く限り、投資される冒険者からしてみても悪くない話だ。

 怪我や病気を患ってしまえば、冒険者としての活動が立ち行かなくなってしまう。

 上級冒険者ならまだしも、中堅以下の冒険者であれば、大した貯金もできない。一か月も依頼を受けずに療養に時間を費やしていては生活すらままならなくなってしまうだろう。

 もちろん、治癒系統スキルを所持しているの仲間がいれば、スキルのランクや怪我や病気の度合いにもよるが、仲間内だけで何とかできる。

 とはいえ、上位の治癒系統スキル所持者が中堅以下の冒険者パーティーにいることは極めて稀なこと。

 それほどの腕前を持っているならば、そもそも上級冒険者パーティーに属していない方が不思議だ。

 もし仮に新人冒険者が上位の治癒系統スキルを所持していたとしても、その稀少性と需要の多さから、すぐさま上級冒険者パーティーに引き抜かれてしまうだろう。

 他にも教会で治癒魔法を受けるという手もあるにはあるが、それにも当然、お布施という名の治療費が掛かるし、連日に渡り教会には多くの怪我人や病人が列を成していることから考えると、即日治療とはいかない。

 結局のところ、どうしてもお金と時間が必要となってしまうのだ。


 そこで手を差し伸べた、もとい目をつけたのがリディオさんを含むブルチャーレ公国の貴族たち。

 詳しい契約内容はわからないが、貴族から支援を受けた冒険者はダンジョンから得られる収入の一部を渡す代わりに、未来の安全と安定を手に入れられるというわけだ。

 加えて、貴族から支援を受けているという箔まで付くのだから、冒険者とっては夢のような話にも思える。


「安心感を買いたい冒険者と、冒険者から利益を得たい貴族。持ちつ持たれつの関係のように聞こえてきますね。ですけど、発掘して支援を行ってきた冒険者が甘い汁を吸うだけ吸って急に独り立ちしたいと言ってきたら、下手をすれば赤字になってしまう。違いますか?」


 俺がそう問うと、やはりというべきか現実はそこまで甘くはないということをリディオさんが教えてくれる。


「嫌味などではなく流石は冒険者出身ですね。素晴らしい慧眼をお持ちで。AランクやSランク冒険者ともなると、我々の支援を受けずとも金銭的な余裕が出てくることはご存知の通り。せっかく手厚い援助で育てた冒険者が独り立ちするともなれば、こちらとしては大きな痛手となってしまいます。ですので、契約を結ぶ際に制約を設けるのですよ。支援を打ち切るには多額の金銭を支払うという制約を」


「やはりそうでしたか。それなら投資をしても赤字になる心配はあまりなさそうですね」


 貴族は無償の奉仕をしているのではなく、投資をしているのだ。冒険者ばかりにメリットがあるはずがなかった。

 ましてや上級冒険者になれば、稼げる額が桁違いに増えていく。そんなタイミングで支援を一方的に打ち切ることなど投資家が許さないことは容易に想像がついていた。


「仰るとおり、リスクはかなり低いですね。ですが、その分、苦労することは多いのですよ。特に新たな人材を発掘するのは骨が折れます……。私の場合は幸運なことに看破系統スキルを所持しているため、有望そうな冒険者を探すこと自体は然程難しくはありません。しかしながら、男爵位であること、そして十八歳という若さ故に、正式な契約の締結までがなかなか難しく……」


 有望な冒険者を貴族が望むのなら、逆もまた然りということなのだろう。

 貴族というものは爵位が全てだと言っても過言ではない。

 将来性が見込める冒険者のもとには数多くの貴族からオファーが殺到することは明白。であるならば、オファーを受けた冒険者はより良い契約を、より爵位の高い貴族を求めるのが当然だ。

 男爵から支援を受けているという肩書きよりも、公爵から支援を受けているという肩書きが欲しいに決まっている。

 リディオさんの場合は、男爵であることや、年齢が若過ぎることが冒険者からの信用を得るための障害となってしまっているとのことだ。


 それにしても、冒険者への投資という話は面白いし、興味深い。

 人を馬に喩えるのはどうかと思うが、話を聞けば聞くほど、冒険者への投資はリスクが極めて抑えられた馬主に近い印象を抱く。

 気付けば周囲から聞こえてくる歓談の声が耳に入って来ないほど、リディオさんの話に聞き入っていた。


「ですが、苦労をする分だけそこにやりがいや楽しみを覚えるのですけどね。ここ最近はもっぱら本業を家の者に任せて有望な冒険者探しに夢中になっていますよ、ははは」


 投資にかまけて本業を疎かにしていいのかと思わないでもなかったが、他所の家の事情に口を挟む気はない。

 それよりも俺はこの投資話についてのより深い情報を欲した。


「熱中できるものがあるなんて素敵なことだと思いますよ。リディオさんの話を聞いて、自分もちょっと試しに将来性のある冒険者探しをしてみたいな、なんて思ってしまうくらい魅力溢れる話でしたし」


 共感をすることでリディオさんの懐に潜り込む。

 自分が好意的に思っていることを共感してもらって嫌に思う者などまずいない。

 俺は打算的に言葉を選び、リディオさんから情報を引き出していく。


 ――頭の中でぼんやりと描いた計画を確かな物とするために。


 そして、俺が求めた言葉がリディオさんの口から零れる。


「冒険者に国境はないと言われてますが、流石にブルチャーレ公国内でラバール王国の貴族が投資を行うのは難しいかと。ですが、そうですね……。もしよろしければ、ダンジョンに赴き、私の投資先を一緒に探してはくれませんか? 疑似的な体験にしかなりませんが、それでも良ければ如何でしょう? 皆さんのお手前も拝見してみたいですし」


 ほぼほぼ満点とまで言える理想的な話の流れになる。

 これにより、頭の中で描いた計画により具体性が帯びていく。

 後はほんの少し俺が話を付け加えれば、理想が現実に一層近付くだろう。


「本当ですか? 是非ともお願いします。いやー、リディオさんのお陰でブルチャーレ公国に来た楽しみがまた一つ増えました」


「いえいえ、こちらこそありがたいですよ。皆さんは私よりも確度の高い『眼』をお持ちになっているのですから」


「そう期待されてしまうと少し緊張してしまいますね。お役に立てれば良いのですが……。あっ、そうだ。もし見込みのある冒険者が上級冒険者だったらどうするのです?」


 俺がそう問うと、リディオさんは『うーん……』と悩んだ声を漏らし、苦笑いを浮かべた。


「その場合は一応声を掛けるだけ掛けてみるつもりですが、十中八九断られるでしょう。もし仮にSランク冒険者に投資ができるとなれば、むしろ箔が付くのは私の方になってしまいますからね」


 リディオさんに声を掛けられた冒険者の立場を自分に置き換えて考えてみれば、その返答は一つしかない。


 悩むまでもない。答えはノーだ。

 享受できるメリットより、相手に供与しなければならないデメリットが上回るからだ。

 仮にこれが回収を目的とした投資ではなく、純粋な支援だけだったとしても俺は間違いなく断る。

 恩を受ければ返さなければならないという心理が働いてしまうからだ。


 しかし、これらの話は平時だったらのこと。

 貴族の力に縋らなければならない、のっぴきならない状況に陥っている時であれば話は別だ。


 喩えるのなら――今現在の『銀の月光』のように。


 リディオさんが上級冒険者が相手でも声を掛けてくれることが確認できたのは大きい。

 後は、俺たちが舞台を整えるだけだ。


 俺の左右に立つディアとイグニスにちらりと視線を送る。

 すると、二人は俺の意図を完璧に汲み取っていたようで、納得した顔つきで軽く頷き返してくる。


 その後、俺たちはリディオさんと何ともない雑談を少し交わし、冒険者探しの日程を詰め、別れることになった。


「それでは皆さん、二日後の朝、またお会いできることを楽しみにしております」


「はい、こちらこそ」


 裏表のない笑みを浮かべ、手を振るリディオさん。

 胸に棘が刺さったような痛みを感じながらも、その姿を見送った後、ディアがポツリと不安を吐露する。


「こうすけはリディオさんと『銀の月光』を引き合わせるつもりなんだよね? もしそうなったらリディオさんは大丈夫かな? 命を狙われることになったりしない?」


「……その可能性は否定できない。だけど利用させてもらう分、全力でリディオさんを守る。イグニスも協力してくれ」


「もちろんでございます。元を辿れば、私めの愚妹が対応を誤ったが故のこと。私めの名と誇りに誓ってリディオ様の安全を保証致します。事前準備も全て私めにお任せください」


 普段からルミエールのことを『愚妹』と蔑みながらも、なんだかんだイグニスはルミエールのことを想っているのだろう。

 イグニスの涼やかな瞳の奥底で静かに燃える炎を見れば、それは明らかだった。

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