第650話 投資家
何処となくぎこちない挨拶を交わし、全員が自己紹介を終える。
俺たちに話し掛けて来た青年の名前は、リディオ・リオルディ。ブルチャーレ公国の男爵家の当主で年齢は十八とのことだ。
ブルチャーレ人に多い褐色の肌に、均整のとれた顔立ち、淡い金色の髪は良く手入れがされていた。
パッと見ただけでは気の弱そうな容姿の良い青年でしかないが、服の下に隠された肉体はかなり鍛えられており、普通の貴族とは少し様子が異なる。
そして何より、俺が気になったのはリオルディ男爵が持つスキルだ。
彼が持つスキルはその辺にいる他の貴族とは一線を画す、戦闘に特化したものばかり。加えて、彼もまた魔武道会の出場者が持っていた『心眼』の持ち主だった。
他にも気になる点はいくつかあるが、とにもかくにも今はリオルディ男爵との会話に集中しなければならない。
「こういった場には不慣れなので、もし失礼があったら申し訳ありません」
念のため、予防線を張っておくのを忘れない。
相手は生粋の貴族なのに対し、こちらはただ爵位をもらっただけの一般人みたいなようなもの。
礼儀もマナーもわかっていないままの会話は危険性が伴う。そのための予防線だ。
「いえ、不慣れなのは僕も同じですので、お気になさらず。それと、私のことはリディオで構いません」
「でしたら、私たちのことも名でお呼びください。全員ルージュなので、ややこしいでしょう」
「助かります、コースケ殿」
相手の意図を汲み取るのも礼儀作法の一つだ。
貴族という生き物は直接的な言い回しをせずに、遠回しに自分の意見を伝えてくる。
今回の場合は俺たちの性が同じで呼び方に困る、といったニュアンスなのだろうと俺は察し、それなりの対応ができた。
多少の自信をつけた俺は、いよいよ相手の懐に飛び込む決意をする。
「ところでリディオ殿、どうして私たちにお声を掛けてくださったのですか?」
声を掛けて来たのがラバール王国の貴族ならまだわかる。
俺たちの容姿や真の名こそあまり通っていないが、反王派貴族を鎮圧した功績を持つルージュという姓だけは別だからだ。
しかし、ブルチャーレ公国の貴族に対しては無名も無名。
爵位は男爵。しかも領地を持っているわけでもなく、一代限りのぽっと出の貴族でしかない。
俺たちと交流を持ったところで、何の利もないと考えるのが普通の感覚だろう。
そう考えていた俺にリディオ殿は苦笑いに近い微笑を浮かべ、こう言う。
「先にも申しましたが、つい先月、父から当主の座を譲り受けたばかりでして、恥ずかしながらまだこういった場に慣れていないのです。誰に話し掛けて良いのかわからず、右往左往していたところ、コースケ殿とディア殿の話し声を偶然耳にし、今に至るというわけです」
やはり同じ男爵というのが大きかったようだ。
しかし、その後に続く言葉で、俺たちに話しかけて来た理由がそれだけではなかったことを知ることになる。
ゴホンッ、とリディオ殿が一つ咳払いをする。
すると、途端に目の色を変え、捲し立てるように早口で本性を現した。
「と、言うのは半分建前でして――皆様、かなりの実力者だとお見受け致しました! こう見えて私は根っからの冒険者気質でして、貴族の身でありながらダンジョンへと赴き、魔物との戦いに興じているのです! どうも私は強いものに目がないと申しますか……とにもかくにも、かなりの腕前をお持ちであろう皆様と一言だけでもお話したいと思い、こうしてお声をかけさせていただいた、というわけなのです!」
興奮気味に鼻息を荒くしている様子からして、今の言葉こそが本音だったのだろう。
それにしても、どう対応するべきなのか困ってしまう。
一度手合わせを、なんてことを言われなかっただけ幾分かマシかもしれないが、返答に困ることには変わりない。
全力の愛想笑いを浮かべるだけで精一杯だった。
「……これはこれは失礼致しました。ついつい興奮してしまいまして」
俺の引き攣った愛想笑いで、こちらの困惑度合いが伝わったようだ。
リディオ殿は襟を正し、懇切丁寧に頭を下げた。
「いえいえ、お気になさらず」
「わたしたちも似たようなものだか……ですから」
俺に続く形でディアがぎこちない言葉遣いでリディオ殿をフォローする。
前々から思っていたことだが、どうやらディアは敬語や丁寧語が苦手のようだ。
元が神であるが故に、そういった上を立てる言葉遣いを使用する機会がこれまでにほとんどなかったのだろう。
仕方がないこととはいえ、リディオ殿が不快に思っていないか表情を覗き見る。
すると、意外なことにリディオ殿は不快感を顕にするどころか、むしろディアに好意の眼差しを向けていた。
「ご提案なのですが、ここで出会ったのも何かの縁でしょうし、お互いにお堅い言葉遣いはやめに致しませんか? 私もこのままだと肩が凝ってしまいそうですので」
そう言って、わざとらしく肩を竦め、微笑むリディオ殿。俺たちに気を遣っての提案であることは誰の目から見ても明らかだった。
どうやら容姿だけではなく性格までもイケメンらしい。
自分を卑下するわけではないが、俺よりも歳下だというのに男としての格の違いを見せつけられてしまった。
「お気遣い感謝致します。では、ここからは……」
「ええ。肩肘張らずに、互いに素の自分を見せていくという形にしましょう」
そこからは徐々に打ち解け、気が付けば大いに会話が盛り上がっていった。
途中から敬称も殿ではなく、さん付けで呼び合うまでの仲に。
流石に俺は丁寧語を外すまでには至らなかったが、ディアに関して言えば、完全にいつもの口調で話していた。
「なるほど、なるほど。冒険者の身でラバール王国に多大な功績を残し、一代限りの男爵位をラバール国王陛下から授かったのですか。どうりで御三方の姓が同じだったのですね」
「ううん。三人じゃなくて四人。今日はちょっと事情があって来てないけど」
「そうでしたか。その御方もさぞ腕が立つのでしょうね。いずれお会いしてみたいものです……」
リディオさんはそう言い、憧憬の眼差しを虚空へ向け、この場にいないフラムを夢想する。
その姿から察するに、リディオさんは強さに対して並々ならぬ熱い思いを持っているのだろう。
何故そこまでの熱意を持っているのか。
出会った時から抱いていた疑問を直接聞いてみることにした。
「リディオさんはどうしてそこまで強さに対して憧れのようなものを持っているのですか?」
「あっ、そういえば、まだ我がリオルディ男爵家についてお話していませんでしたね。リオルディ男爵家だけに限らず、ブルチャーレ公国の貴族の間で良く行われている、とある稼業が由来しているのだと自分では思っています。純粋にダンジョン探索が趣味になっている部分も大きいですが」
「稼業、ですか?」
「端的に言ってしまえば、投資ですね。ブルチャーレ公国には百を超えるダンジョンがあり、ダンジョンを目当てに多くの冒険者が集まってくることはコースケさんもご存知でしょう。そして、ダンジョンから採れる豊富な魔石や宝具が莫大な利益を齎すことも。また、ダンジョンに通う冒険者たちも領地にお金を落としていってくれます。領内にダンジョンが一つでもあれば、安定して領地を運営することができると言われているほどです。もちろん、ダンジョンの規模や立地にもよりますがね」
だんだん話が見えてきた。
強さと冒険者、そしてダンジョンとくれば、誰にだってある程度想像がついてくるだろう。
既に自分の中で正解を導き出していながらも、静かに答え合わせを待つ。
「ですが、領地を持っていない貴族や領内にダンジョンがない貴族は別の手段でお金を稼がなければなりません。通常であれば、交易や農作物の収穫、領民からの税収、他にも国家に仕えることでお給金を頂戴したりと、様々な方法があるでしょう。他の大国ではこれらが主流になっていると思います。しかしながら、ブルチャーレの厳しい気候や乏しい大地では、そういった収入を得ることが難しいのです。魔法を駆使しても砂漠化した土地で農作物を育てることは至難の業ですから。我がリオルディ男爵家もコースケさんたちと同じく領地を持っておらず、代々首都ラビリント近郊にあるダンジョンの管理を行うことで生計を立てているのです。慎ましく生活するだけなら、それだけでも十分な収入を得ているのですが、先代当主……つまり私の父の代から投資を始めたのですよ。――有望な冒険者を探し、支援を行うという投資を」
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