第649話 宴の始まり

 いよいよラバール王国一行の到着を祝う『歓待の宴』が始まる。


 会場の最奥に現れたのはラバール王国からはエドガー国王とアリシアが。ブルチャーレ公国からはダミアーノ・ヴィドー大公を筆頭とした四大公爵家当主が登壇し、それぞれ祝辞の言葉を述べ、乾杯の音頭が取られた。


 総勢百名を超えた大規模な宴。

 貴族に関する知識に乏しい俺でも、誰がどの国の貴族なのかは意外にも簡単にわかった。

 ブルチャーレ公国の貴族は褐色の肌を持つ人が多いことも見分けやすさの一つに挙げられるが、その他にも服のデザインがラバール王国の貴族とは異なっている。

 マギア王国に行った時には感じられなかったが、ここブルチャーレでは文化や流行にラバール王国と大きな違いがあるようだ。


「いないか……」


「わたしの方も特にこれといった人は見当たらなかったよ」


「私めの方も同様でございます。おそらく愚妹は此度の宴に呼ばれていないのでしょう」


 会場を一通り見渡した結果、会場にシュタルク帝国の諜報員らしき存在は確認できていない。精神汚染者も竜族も同じく見つけられていなかった。


 怪しいところは一つもない。

 まだ断定することまでは流石にできないが、強張っていた肩の力が徐々に抜けていくを感じる。


 既に宴は始まっているのだ。

 この先、遅れて会場入りする者はそういないだろうことからも、俺たちの目標であった『精神汚染者の調査及び治療』と『シュタルク帝国の諜報員の捜索』に一旦区切りをつけ、第三の目標であるパオロ・ラフォレーゼ公爵の真意を探るべく、その切っ掛け作りに思考を切り替える。


 とはいえ、動くにはまだ早過ぎる。

 乾杯の音頭こそ取られたが、今宵の宴の主役とも呼べる人物たちの紹介が今から始まろうとしていたからだ。


 拡声の魔道具を手に持ったヴィドー大公が声を出し、会場にいる者たちの視線を集める。


「これより、栄えある魔武道会の出場者を紹介しよう。両国の学院選抜者たちよ、前へ」


 魔武道会は全二構成によって分けられている。

 各国の学院生同時の大会と、魔武道会本戦の二つだ。

 学院生同士の戦いは謂わば前座のようなものなのだが、壇上に並び立つ学院生たちの顔つきは真剣そのもの。

 国の未来を背負い、栄誉を手に入れるため、魔武道会に向けて日々鍛錬を積んできた成果をお披露目するのだ。前座とはいえ、彼ら彼女らの熱量が凄まじいことを、俺は過去に特別講師をしていた経験から知っていた。


 ブルチャーレ公国側の学院生代表たちをヴィドー大公が紹介し終えると、ラバール王国側の学院生代表たちを、魔武道会の陣頭指揮を任せられたアリシアが紹介していった。


 一通り学院生代表の紹介が終わり、次は本大会の出場者を紹介していく流れに。

 これまたヴィドー大公が先にブルチャーレ公国側の出場者を紹介していく。


「昨年、我が国は素晴らしい人材を揃えながらも惜しくもラバール王国に敗れてしまった。故に、今年は昨年に勝るとも劣らない選りすぐりの猛者たちを揃えた。皆の者、前へ」


 学院生たちとは違い、堂々たる姿をした五人の男女が前に出る。

 格好から見るに全員が全員冒険者なのだろうことがすぐにわかった。

 無論、既に『始神の眼ザ・ファースト』によって、出場者たちの情報の確認は終えている。

 その中で一人だけ、目元をくり抜いた真っ白な仮面を着けた怪しげな男がいるが、その仮面以外に怪しい部分は特に見当たらない。

 他に気になる部分を挙げるとするならば、仮面の男を含め、五人中三人が英雄級ヒーロースキル『心眼』を所持していることくらいだろうか。

 俺たちには通用しないとはいえ、『心眼』は情報の看破と情報の隠蔽を可能とするスキルであるため、このスキルを悪用して良からぬことを考えているとも限らない。

 それに何より、五人中三人が偶然『心眼』を所持していることなどあり得るのだろうかという疑問が湧いてくる。

 然程珍しい部類のスキルではないとはいえ、些か不自然に俺には思えた。

 すると、隣に立つディアからも同様の疑問の声が上がる。


「『心眼』持ちが三人……? 偶然? それとも魔道具?」


「なるほど、確かにその線もあるか」


 俺がかつて作った認識阻害の仮面のように、魔道具によって『心眼』を付与したことは十分に考えられる。

 実力を隠すためにも何かと便利なスキルであるため、魔武道会に向けた駆け引きの一つである可能性も、もちろん否定できない。


 だが、疑り深くなることは決して悪いことではない。

 頭の中にこのことを留めておき、思考を別のことに切り替える。


 ヴィドー大公が自信満々に豪語することもあって、五人の男女の実力は疑いようがない。

 冒険者ランクで言えば最低でもA、たとえSランクだとしても何ら不思議ではないレベルの強さを持っていた。


 しかし、昨年のブルチャーレ公国の代表であった『銀の月光』と比べてしまうとどうか。

 当時の『銀の月光』はルミエールの加入により、大きく飛躍したことでSランクまで至ったこともあり、ノーラとオリヴィアの実力はSランク冒険者としてはやや物足りなさがあった。いいところ当時の彼女たちの実力は精々Sランク冒険者の下位くらいだっただろう。


 そんな彼女たちに比べ、今回の代表者たちの実力はほぼ同じか、やや上くらいだ。

 もちろん、実際に戦ってみなければわからない部分もあるが、あながち俺の予想は間違っていないはず。

 だが、ルミエールと比べてしまえば、今回の代表者たちは比較対象にもならないレベルで格が違う。

 ルミエールを除けば、全体的な質は向上したと言えるかもしれないが、ヴィドー大公が本当に昨年に勝るとも劣らない猛者を揃えたと思っているのか甚だ疑問だった。


 とは言ったものの、Sランク冒険者に近しい実力者を揃える大変さについては、以前エドガー国王から教えられている。

 数多のダンジョンをブルチャーレ公国が所有しているからこそ、これだけの強さを持った冒険者を集めることができたのだろう。


 一方で、ラバール王国はどうか。

 出場者の選抜はアリシアの独断で行っていたようだが、俺が知る限り、王都プロスペリテを拠点としているSランク冒険者が出場を希望したといった話は聞いたことがなかった。

 となると、Aランクかそれ以下の冒険者を選んだか、あるいは冒険者ではない別の者を選出したのか、そのどちらかしかない。


 結論から言おう。

 アリシアが導き出した答えは後者だった。


 拡声の魔道具をヴィドー大公から受け取ったアリシアは、背筋を伸ばして胸を張り、熱の籠もった力強い声で出場者を紹介していく。


「ラバール王国の出場者は陛下が新設された『王国魔法師団』から二名、『王国戦士団』から二名、そして騎士団から一名の計五名。全て私の独断で選出致しました。必ずやラバール王国の名に恥じない奮闘を見せてくれることでしょう」


 冒険者ギルド前で大々的に出場選手の募集をかけていたようだが、メンバーを聞く限りでは案の定と言うべきか空振りに終わってしまったようだ。

 やはり高ランク冒険者ともなると、魔武道会に出場するメリットが薄い。

 勝利すれば名誉や名声を得られるが、国民から期待を背負うことや、負けた時のことを考えるとメリットよりもデメリットが上回る。

 王族や貴族との繋がりを求める冒険者がいればまだしも、そうでなければ出場を望む者はそう出てこないだろう。

 無論、こうなることは過去の魔武道会を知っているアリシアからしてみれば、想定の範囲内だったはず。

 エドガー国王によって新設された、身分制度にとらわれない王国魔法師団や王国戦士団に目を向けたのは、アリシアらしい素晴らしい着眼点だと俺は思った。


 肝心である実力はというと、良い意味で驚かされるものだった。

 血筋や出自にこだわらず、実力者を募って編成された新部隊である魔法師団と戦士団。

 その中からさらに選りすぐりの人材を出場者として選出したこともあってか、その実力はSランク冒険者にも決して引けを取らない強者揃いだったのだ。


 相性次第ではあるものの、白熱した良い試合が観られることはまず間違いない。

 元々楽しみにしていた魔武道会だったが、より一層期待が膨らんでいった。


 かくして、出場選手の紹介が終わり、ようやく自由時間――すなわち、交流会が始まった。

 他国の貴族と交流を持てる貴重な場ということもあり、途端に貴族たちの動きが機敏になる。

 名の通った有力貴族ともなれば、他国自国を問わず多くの人の群れが出来上がっていく。


 とりわけ、壇上から降りたヴィドー大公を除く四大公爵家の人気は凄まじいものがあった。

 あっという間に人集りができ、遠目からではその姿すらも確認できないほどの人々に囲まれている。

 それもそのはず、次代の大公となるのはヴィドー公爵家以外の四大公爵家の誰か。

 そう遠くない未来に大公となるかもしれない人物とコネクションを得ることができれば、計り知れない恩恵を授かることができるかもしれないのだ。

 権力に群がる様子は見ていて気分の良いものではないが、貴族としては当然であり、正しい行動なのだろう。


「仕方がないことだけど、完全に出遅れちゃったな……」


「わたしたちは男爵だから、先に行くわけにはいかないから」


 途方に暮れる俺をディアがフォローしてくれる。

 貴族社会とは爵位が物を言う世界。

 男爵位かつ名の通っていない俺たちが上級貴族を差し置いて動くことは許されない。大なり小なり恨みを買うことになってしまうからだ。


 行動に移そうにも相手の爵位がわからず、話し掛けるに話しかけられない状況に陥ってしまう。

 俺の『始神の眼』が爵位すらも見透すことができれば楽だったのだが、いくら神話級ミソロジースキルと言えども、そう都合良くできてはいない。


 このままでは時間だけが過ぎ去ってしまう。

 そんな焦燥感に駆られていたその時だった。


 俺とディアの会話を偶然近くで聞いていた一人の青年が、緊張をした面持ちで俺たちに話し掛けてきたのであった。

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