第647話 決意表明

 ルミエールと別れた、その日の晩。

 俺たち『紅』とイグニスは、ナタリーさんとマリーを宿に残し、ロザリーさんの案内を受けてエドガー国王のもとを訪れていた。


 用件は一つ。

 俺たちを『歓待の宴』に参加させてほしいと直談判しに来たのである。

 参加したい理由を添えて、無理難題を押し付け終えると、エドガー国王は暫く悩む素振りを見せ、ゆっくりと頷いた。


「事情はわかったし、参加させるのもそこまで難しいことじゃない。一応、お前たちは爵位持ちだしな」


「ああ、そういえば……」


 決して忘れていたわけではない。いたわけではないのだが、頭の片隅に押し込んでいた記憶を引き出す。


 以前、反王派貴族による反乱を鎮圧した褒美として俺たち『紅』とイグニスは、ルージュという姓と一代限りの男爵位をもらった過去があったのだ。

 他にも税金の免除やら、各国を許可なしに移動できる『自由権』なども一緒にもらった覚えもあるのだが、今こうして改めて貴族であることを再認識させられる。


 と、ここで俺はもう一つ重要なことを思い出す。


「ですけど、大丈夫なんですか? 爵位をもらったのは偽名と変装を使った時の俺たちですよ?」


 爵位を貰い受けた時の俺はトムと、ディアはフィアと、フラムはラムと、イグニスはイグナールと名乗り、さらには形態偽装の仮面を装着し、容姿さえも完全に別人にしていた。

 しかも俺たちはそれ以降、その偽名を名乗ることも貴族らしいこともしたことがない。


 偽りの身分に、偽りの名。

 そんな俺たちが果たして歓待の宴に参加できるのだろうかと疑問を抱く。


 しかし、エドガー国王は『何を今さら』と呟き、微笑する。


「その辺りのことは心配するな。とっくの昔に宰相のオーバンを含め、極一部の者に協力を仰ぎ、書面を書き換えておいた。偽名じゃなく真の名の方で男爵位を与えたことになっている。万が一、俺が死んだとしても男爵位とルージュの姓がお前たちに残るようにな」


「ほう、随分と気が利くではないか」


 フラムが偉そうにエドガー国王に賛辞を送る。

 対するエドガー国王はフラムの顔を半目で見つめ、盛大な溜め息を吐いた。


「当時はお前たちに気を利かせないと、こっちが危ないと思っていたからな。特にお前だ、フラム」


「ん? 私か? 何かした覚えはないぞ?」


「『下手をすればこの国は灰燼に帰すぞ』やら『自由権がなかったら許さなかった』やら、俺のことを散々脅してきただろうが……。まあ、その時の話はもういい。で、どうする? 以前のように偽名と変装をして参加するのか、それとも偽名を使わず今の姿のまま参加するのか。好きに決めてくれて構わない。ただ、先に行っておくが、もし今の姿のまま宴に参加しようものなら、多少の混乱は避けられないぞ。特にラバール王国の貴族たちから注目を集めることになるだろうな」


 ルージュの姓はラバール王国の貴族の間ではそれなりに名が通っていると考えるべきだろう。

 それだけ反王派貴族の反乱を鎮圧した功績は大きい。

 しかも、実はその正体が冒険者だったともなれば、エドガー国王の言う通り注目を集めることになることはどうしても避けられない。帰国後、俺たちの正体が貴族たちの間で一気に広がるだろうことは火を見るよりも明らかだ。


 あの当時の俺たちは、注目されることを嫌っていた。

 なるべく存在を、実力を隠し、息を潜めようと努めた。

 アーテが張り巡らせた監視の網から逃れようと必死になっていたのだ。


 だが、今は違う。

 俺たちの存在は、とうにアーテに掴まれている。

 もはや逃げ場などない。いや、むしろ正面からぶつかり合うことを俺たちは望んでいる。


 今の俺たちに隠れ潜む理由など、もはやどこにもないのだ。

 そう思うと、ようやく表舞台に立つ時がやってきたとも言えるだろう。

 俺たちが表舞台に立つことで、シュタルク帝国に対する抑止力……とまではいかないが、牽制程度にはなるかもしれない。

 裏を返すと、シュタルク帝国を刺激することにもなりかねない危険性も理解している。

 おそらくエドガー国王も、俺たちをラバール王国に置く危険性を十分承知しているに違いない。


 メリットとデメリット。

 この二つを天秤にかけ、エドガー国王は俺たちを国外に追放するのではなく、より密な友好と信頼関係を築いていくことにしたのだろう。


 だからこそ、エドガー国王は俺たちに選択を委ねた。

 好きに決めてくれて構わないと言ってくれた。

 どちらを選んだとしても、フォローをしてくれるつもりでいることはその言葉だけでわかる。


 ここまでお膳立てしてくれたのだ。

 ならば、あとは意思を示すだけ。


「俺は……」


 ディアが柔らかに微笑む。

 フラムが口の端を吊り上げる。

 イグニスが静かに頷く。


 三者三様、違った反応を見せるが、心は一つだった。

 全幅の信頼を俺に預けてくれた皆を代表して、答える。


「おれたちは偽名を使わずに、この姿のまま参加したいと思っています」


 これでもう、逃げることも隠れることもできない。

 だが、それでも構わなかった。もうそのような時期は過ぎ去っているのだから。


「本当に、それで良いんだな?」


 そう問い掛けるエドガー国王の表情は何も変わらなかった。

 もしかしたら、エドガー国王は俺がこう答えることを予想していたのかもしれない。


「はい、お願いします」


 俺が再度願い出ると、そこでようやくエドガー国王の表情が変わる。

 何故か頬を軽く引き攣らせ、フラムの顔色を覗き見ていた。


「お前たちの存在が公になることで炎竜族がラバール王国を滅ぼしに来る、なんてことにはならないよな……?」


「大丈夫だと思うぞ。別に私とイグニスが竜族であることを公表するわけではないのだろう? 無論、私たちの存在を悪用しようとするなら、話は変わるが」


「思うだけじゃ困るんだが……。それとだな、俺にお前たちを悪用する度胸があると思ってるのか? これまでのように取り引きを持ち掛けることはあるかもしれないが、悪用するつもりなんてさらさらない。俺には国を守る義務があるからな」


「うむ、エドガーが懸念していることだけは伝わった。面倒だが、この件に関しては一族の者たちに伝えておこう。頼んだぞ、イグニス」


「承りました」


 面倒と言いながらも、その面倒事を全てイグニスに丸投げするフラム。

 良く言えば王らしい振る舞い、悪く言えばイグニスに甘え過ぎだ。彼女らしいと言えばそれまでなのだが。


「念のため、ここに宣言させてもらう。俺はお前たちを悪用するつもりはないし、後ろ楯になってもらったなどと嘘を言いふらすつもりもない。これで問題はないな?」


 その宣言に対し、フラムが鷹揚に頷き返す。

 すなわち、エドガー国王の宣言を受け取ったというわけだ。

 だが、イグニスはエドガー国王の宣言に一歩足を踏み入れる。


「嘘を言いふらすつもりはない、ですか。しかしながら、周囲がどう受け取るかは別問題というふうにも受け取れますね。さて、私めの愚妹の正体とフラム様の正体を知るブルチャーレ公国の方々はどう捉えるでしょう? 歓待の宴なる催しにフラム様が姿をお見せになれば、直接的ではないにしろ、間接的にフラム様がラバール王国の後ろ楯となったと受け取られるのではありませんか?」


 イグニスの論には確かに一利ある。

 しかしだ、相手がどう受け取ろうが事実は異なる。

 ある種の心理戦としてフラムの存在を利用することはできる、あるいはできてしまうだろうが、そのくらいの恩恵を享受してもいいのではないかと俺は思ってしまっていた。


 何せ、全ては俺たちのわがままで始まったことなのだ。

 俺たちの存在が、居場所が、ラバール王国にあるというリスクをエドガー国王が受け持ってくれている。

 現状では俺たちだけに利があり、エドガー国王には不利益しかない状態。

 あまりにも不公平で不平等な契約を強引に結ばせてしまったという罪悪感がしこりのように俺の心に残る。


 が、そんなことを思っていたのは俺だけだったようだ。

 イグニスにそう指摘されたエドガー国王は何故かニヤリと口角を不気味に吊り上げる。まるでその言葉を待ってましたと言わんばかりの表情をしていた。


「確かにイグニスの言う通りだ。フラムが歓待の宴に姿を見せれば、大なり小なり疑ってくる者たちが現れるだろうな。ああ! 俺としては本当に不本意なことになってしまう!」


「……なんか妙に演技掛かってるね」


 感情のないジト目をしたディアが、ボソッと誰もが思っていたことを口走った。

 俺は慌ててディアの口を人差し指でチャックし、エドガー国王の演技もとい演説?に耳を傾ける。


「そうなることは断固として避けたい。だから俺から頼みがある。フラムは明日の宴への参加を諦めてくれないか? フラムに迷惑を掛けたくはないんだ、わかってくれ!」


 不自然過ぎる一連の流れから察するに、どうやらエドガー国王はフラムが歓待の宴に出席することを避けたいと考えていたようだ。

 そこにどんな思惑があるのかはわからない。

 しかし、ここまで必死な姿を見るからに、それ相応の思惑があるとみてまず間違いないだろう。


 最終的に明日、フラムはお留守番ということに決まった。

 エドガー国王の泣き落としに近い説得と、最高級料理を振る舞うという賄賂、そして何よりイグニスとエドガー国王の思惑が合致したことが決め手となったのである。


「エドガーよ、約束を違えればどうなるかわかっているだろうな……? 私の舌を唸らせる料理だぞ、いいな!!」


「はぁ……。悪いがロザリー、明日までにラビリントに出回っている最上級の肉をありったけ買ってきてくれ。俺の専属料理人も同行させろ。これは王命だ」


「……承知致しました」

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