第639話 凶刃の行方

 暗殺者を捕らえ、部下に引き継いだロザリーは、報告を行うべくエドガーの部屋を訪ねていた。


「捕えた十五名はいずれも命に別条はありません。意識が戻り次第尋問を行いますが、十中八九ブルチャーレ公国からの密入国者でしょう」


 報告を受けるや否や、エドガーは米噛みを押さえ、酷く疲れ切ったため息を漏らす。


「……そうしてくれ。これで刺客を差し向けられたのは七度目。ブルチャーレ公国内で何かが起きたとみて間違いないだろうな」


「ラバール王国との間に亀裂を生じさせようと企む者がいると私共は考えております」


「まあそんなところだろうな。あるいは大公であるダミアーノの失脚を狙ってのことかもしれないが、どちらにせよ面倒なことになった」


 エドガーとブルチャーレ公国大公ダミアーノ・ヴィドーの関係は良好。それも、幼少期からの付き合いということもあり、二人の関係は国家を治める者という枠組みを越え、友人と呼ぶべき仲にある。


 故に、エドガーは明言をすることこそ避けたものの、ダミアーノを微塵も疑いはしなかった。むしろ、ダミアーノの身を案じていた。

 そうなると必然的にエドガーの疑いの目は別の者たちへと向けられる。


「刺客が雇い主を知っていれば手っ取り早いんだがな。いや、今さら過度な期待をするのはやめておいた方がいいか」


 これまでに捕えた者たちから有益な情報を得られた試しが一度もなかった。

 現状でわかっていることは、刺客たちはブルチャーレ公国からやって来たこと、目を疑うほどの大金で雇われたこと、そして暗殺計画書と呼ばれる物に書かれた行動手順に従い、暗殺を達成させなければならないという条件が与えられていたことの三点のみ。


 厄介なことに、真の依頼主の正体は巧妙に隠されていた。

 尋問の末、貧困街に住む者に多額の前金を渡され、依頼を受けることにしたとの話であった。


 熟練の暗殺者集団が思わず目を疑い、断り切れないほどの大金を前金として易易と渡してきたともなれば、その額は途方もないものであることは容易に想像がつく。


 だが、そのような大金を用意できる者は極めて限られてくる。

 大貴族か、大商人か。

 容疑者足り得る人間は、ほぼこの二択に絞られたと言っても過言ではないだろう。

 加えて、暗殺を生業としている集団と簡単に接触が取れていることを鑑みれば、裏社会にかなり精通している可能性が高かった。


 米噛みをほぐし終え、目線を上げたエドガーの先には、僅かに訝しげな表情を浮かべるロザリーの姿が。

 その手には分厚い報告書が握られており、ロザリーは途轍もない速度で次々と書類に目を通していた。


「どうした? 何か気になることでもあったか?」


 興味本位で訊いたこの問いにより、この暗殺未遂事件にまた新たな疑問が浮上することになる。


「陛下もご存知の通り、私は暗殺術に多少の覚えがあります。それを踏まえてお聞き下さい。暗殺に関する指示書や計画書を事前に渡されることは然程珍しいことではありません。ですが、過去に捕えた者たち然り、今回捕らえた者たちもそうですが、彼らに与えられた計画があまりにも杜撰なものだと思ってしまいます。まるで最初から暗殺が失敗するように仕向けられているのではないかと思ってしまうほどに……」


 とりわけ、今回の一件が顕著だった。

 一台の馬車の中に十五人がぎゅうぎゅう詰めで待機をしているなんて、暗殺術に覚えのあるロザリーからしてみれば、あり得ない行動としか思えない。

 紅介に限らずとも、一定水準以上の探知系統スキルを所持している者ならば、通常では考えられない人数が馬車に乗っている時点で、車内にいる者たちへ疑いの目を向けることは想像に難くない。


 もし仮に巡回の兵士が探知系統スキルを持っていれば、迷わず声を掛け、問い質そうとしてくるだろう。

 無論、声を掛けてきた者たちを全て殺すつもりだったのであれば、そのような無理も強引に通すことができたかもしれないが、それでもリスクとリターンが明らかに釣り合っていない。


 そして何より、これまで七度に及んで暗殺者を仕向けてきたにもかかわらず、ラバール王国側の被害は極僅かだったことも今考えればおかしな話だった。

 第一発見者となった巡回の兵士の一部が軽症を負った程度で、それ以外の被害は出ていなかったのである。


 とはいえ、運が良かっただけの可能性も捨てきれない。

 暗殺者が差し向けられたのは計七回。うち五回は紅介たち『紅』の手で解決されたからだ。

 もし『紅』が対処していなければ、数人の死者が出ていてもおかしくはなかったかもしれない。

 だがそれでも、厳重に守りを固めてあるエドガーやアリシアのもとまで暗殺者の凶刃が届くことはなかったとロザリーは分析していた。


「つまりは、あれか? 暗殺者共を差し向けたのは俺を殺すためではなく、何か別の意図があったというわけだな?」


「あくまでも私の憶測に過ぎませんが、その可能性は非常に高いかと」


 ロザリーの意見を訊いたエドガーは部屋の天井を暫く見つめ、答えを出す。


「無い話ではない……か。了解した、その線も追ってみてくれ。わかっているとは思うが、暗殺者共はブルチャーレ公国に引き渡す。絶対に殺すなよ?」


「心得ております」


 報告を終えたロザリーは静かに部屋を後にし、囚われの身となった暗殺者たちのもとへ向かい、尋問を行ったのであった。


――――――――――


「やれやれ……。またラフォレーゼ公爵から贈り物が届いていたようだ」


 ダンジョン探索を切り上げ、宿に戻った『銀の月光』。

 宿のロビーで従業員に呼び止められたリーダーのオリヴィアは大量の荷物を両腕に抱え、困り顔を浮かべた。


「また……? 今度は何……?」


 胡乱げな目をするノーラ。

 そこに喜びの感情など微塵もない。

 ただただ迷惑としか彼女は……いや、彼女たちは思っていなかった。


 四公会議に呼ばれた日以降、ほぼ毎日のように『銀の月光』はパオロ・ラフォレーゼ公爵から贈り物を送りつけられていた。

 今では宿の広かった部屋は、贈り物が山のように積み重なり、狭苦しさを感じるほど。

 贈り物の種類は多岐に渡り、色とりどりの花や衣服、宝石が散りばめられた装飾品、どこぞの有名な画家が描いたのであろう絵画など、冒険者である彼女たちからしてみれば何の魅力も感じないものが一方的に送られてきていたのである。


「開けてみなければ何ともな。部屋で確認しよう」


 早速部屋に戻り、数十届いていた贈り物を一つ一つ開けていく。


「美術品の次は装備品と来たか……。冒険者である私たちへの贈り物としては悪くない選択だが、どれもこれも見栄えを重視しているせいか、やや実用性に欠いているな」


 オリヴィア宛てに贈られたのは一本の長剣。

 刀身がミスリル製であることから、それだけでもかなり値が張る代物だということがわかる。

 しかし、刀身には美術的価値を与えるためか、無駄な彫刻が施されており、さらに柄の部分には大粒の宝石が埋め込まれていた。

 そのことからわかるように、冒険者が使用するような実戦的な武器ではなく、貴族が好むような美術的価値を重視した儀礼用の武器だった。


「私の方もちょっと見た目は派手だけど、杖としてはなかなか悪くないかも……。予備用として持っておこうかな、なんて……」


 剣士であるオリヴィアとは違い、ノーラは魔法師だ。

 魔力伝導率が高いミスリル製であれば、見栄えなどは関係がない。サブウェポンとしては十分過ぎる代物であった。


 だが、オリヴィアがそれを良しとはしなかった。


「――ノーラ」


「うん、わかってるって……。こんなのを貰ったら、後で何を要求されるかわかったもんじゃないし……。で、ルミエールには何が届いたの……?」


「我か? 我には防具やら魔道具やら魔力を帯びた槍やら、とりあえず色々だな。まあどれも要らないものだが」


「いっつもルミエールだけ多いね……。やっぱりこれって……愛……?」


 茶化すようにノーラがそう言うと、ルミエールは渋い顔して嫌悪感を示す。


「気持ち悪いことを言うな。それに我には日緋色金でできた炎竜槍がある。ミスリルだろうが、アダマンタイトだろうが、我の槍には及ばん。こんな物はゴミだ、ゴミ!」


 梱包ごと乱暴に装備品の数々を絨毯の上に投げ捨てたルミエール。

 すると梱包の一部が破れ、そこから一枚の紙が絨毯の上にポトリと落ちた。


 絨毯に落ちた一枚の紙をオリヴィアが拾い上げる。


「これは……?」


 二つ折りにされた手紙だった。

 皺がつかないよう優しい手つきで手紙を開き、目を通していく。

 そして、そこには思わず頭を抱えたくなる内容が短文で書かれていた。


「――晩餐会への招待状。なるほど……この贈り物の数々は、私たちが断れないようにするための布石だったというわけか。おそらくラフォレーゼ公爵の狙いはルミエールだ」

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