第636話 四大公爵

「ルミエール殿に尋ねたい。噂に伝え聞く竜族の加護のことを、そして竜族の動向を」


 ブルチャーレ公国大公ダミアーノ・ヴィドーの鋭い視線がルミエールに突き刺さる。

 そこに悪意や憤怒の感情は籠められていない。が、さながら尋問の様相を呈していた。


 ルミエールに視線を注いだのはダミアーノだけではない。

 円卓には四大公爵家の当主たちが全員揃っていた。


 一人は老婆。

 貴族として最低限の身だしなみを整えつつも、装飾品は身につけておらず、質素な印象を見る者に抱かせる。

 背筋は曲がり、足腰が悪いため、老婆が座る椅子には一本の杖が立て掛けてあった。

 四大公爵家の当主で最年長である老婆の名はマファルダ・スカルパ。

 ブルチャーレ公国を支え導く四大公爵家が一つ、スカルパ公爵家の当主である。


「ルミエール殿は客人じゃろうて。そう強く問い詰めるような真似は感心せんぞい、ダミアーノ」


 マファルダはそう言うと、ルミエールに顔を皺くちゃにした笑みを向ける。

 彼女は最年長らしい落ち着いた振る舞いで、この四公会議における緩衝材の役割をも担っていた。


 が、そこに待ったを掛ける人物が現れる。


「おいおいおい、スカルパの婆さん。何を甘いことを言ってやがる。こちとら、くだらねえ会議が毎日のように続いて苛ついてるんだ。竜だか竜族だか知らねえが、さっさと情報を吐かせて終わりにしようや。ルミエールちゃんも、こんなところに長居なんてしたくないだろ?」


 一際目立つ金色の髪に、金に物を言わせた派手な装飾の数々。円卓の上に両足を乗せ、頭の後ろで両手を組み、傲岸不遜な態度をとっている。

 鋭い目つきをしているが、その顔立ちは非常に整っており、数多の女性を手玉に取ってきた。

 四大公爵家の当主の中で最年少である青年の名はパオロ・ラフォレーゼ。

 齢二十で四大公爵家の一つ、ラフォレーゼ公爵家の当主となった怪しげな噂多き青年だ。

 そんなパオロの視線はルミエールに釘付けになっていた。

 まるで獲物を見つけたと言わんばかりの怪しげな炎をその瞳に宿して。


「失礼であろう! ラフォレーゼ公爵! 竜族であらせられるルミエール殿に対し、そのような態度を取るなど断じて許される行為ではない!」


 ――ドンッと円卓を強く叩き、激情を顕にした熱い男の名はウーゴ・バルトローネ。

 血潮のように赤い髪を短く切り揃え、顎にも同じ赤色の野獣のような髭を生やしている。

 鍛え上げられた分厚い肉体は貴族ではなく武人を思わせ、その身には貴族然とした着衣ではなく、鎧を身につけていた。

 ブルチャーレ公国の武を司るバルトローネ公爵家の当主こそが、この武人のような男、ウーゴであった。


「ここブルチャーレでは四大公爵家である俺たちが上だ。そこに種族なんて関係ねえ。違うか? おっさん」


「――否! ルミエール殿は我らがブルチャーレ公国に多大な恩恵を齎してくださっている御仁である! であれば、我らは礼を尽くすのが道理! 何故貴様はそれを理解できない!」


 ヒートアップするパオロとウーゴ。

 特にウーゴの熱量は凄まじいものがあった。


 バルトローネ公爵家は代々、ブルチャーレ公国の武を司っている。

 武を重んじ、武を愛す。

 それこそがバルトローネ公爵家の家訓であり、武に長けた竜族であるルミエールに、ウーゴは崇拝に近い尊敬の念を抱いているのであった。


 たちまち、会議の間が重く険しい雰囲気に包まれていく。

 大公であるダミアーノは、礼を失したことでルミエールの怒りを買ってしまうのではないかと胃を激しく痛める。


 が、そんなダミアーノの心配とは裏腹に、ルミエールの心中は穏やかなままであった。否、この場の雰囲気についていけていなかったといった方が正しいだろう。


(突然、喧嘩を始めたりと……此奴らは何がしたいんだ?)


「すまない、ルミエール殿。して、先の質問の答えをお聞かせ願いたいのだが」


 強引に場を仕切ったダミアーノが、四大公爵家を代表してルミエールに再度質問を投げ掛ける。


「確か、竜族の動向であったな? 悪いが、今の我は冒険者。炎竜族のルミエールではなく、『銀の月光』のルミエールだ。竜族の動向など皆目見当もつかん」


 嘘偽りのない真実を述べる。

 ルミエールは『銀の月光』に加入して以降、魔武道会で遭遇してしまったフラムを除くと、他の竜族と接触したことがなかった。

 意図的に接触を避けていた部分ももちろんあるが、事実であることには変わりない。

 竜族として生きていくことに退屈し、冒険者となった経緯があるルミエール。そんな彼女からしてみれば、竜族の動向など知ったことではなかった。


「では、竜族の加護についてはどうだろうか?」


「竜族の加護? 何だそれは?」


 マギア王国の女王が竜族の加護を得たという噂は既に遠く離れたブルチャーレ公国でも話題になりつつあるのだが、その手の噂話に全く興味がなかったルミエールにとっては初耳のことだった。


 まるでピンと来ていない様子のルミエールに、ダミアーノが知る限りの情報、もとい噂話を懇切丁寧に説明する。

 マギア王国とシュタルク帝国の間で戦争が勃発したこと、シュタルク帝国の侵攻を水竜族が食い止めたことなど、事実とまことしやかに囁かれている噂話を交えながら詳らかにダミアーノは語った。


「我が思うに、その竜族の加護とやらは何か形があるものではないだろうな。少なくとも我には誰かに加護を授けるなんてことはできん」


「……そうか。参考にさせていただこう。ともなると、やはり加護というのは全くのデタラメか、あるいは協力や同盟のことを指しているとみるべきか……」


 ダミアーノにとって……いや、ブルチャーレ公国にとって重要なのは竜族の動向よりも、むしろ噂の真相にあったことは言うまでもない。

 竜族の有無が国家間の軍事バランスを大きく左右するという見解は、四公会議で行われた議論の中で唯一、共通認識としてもっていたもの。

 故に、もし噂が事実であればブルチャーレ公国としては看過できるものではなかった。

 マギア王国には水竜族が、ラバール王国には炎竜王フラムがいることになる。

 そして、ブルチャーレ公国の諜報員によれば、シュタルク帝国には地竜族がついている可能性が極めて高いとの報告を受けていた。


 大国と呼ばれている三国が竜族ちからを得ている。

 対して、ブルチャーレ公国はどうだろうか。

 炎竜族であるルミエールがブルチャーレ公国に拠点を置き、冒険者として活動をしてくれてはいるが、それだけだ。

 抑止力としての効果は見込めるかもしれないが、それも過去のこと。収集した噂や諜報員の報告が正しければ、もはやルミエール単独では抑止力にすらならない。

 加えて、他国と戦争になった場合、ルミエールがブルチャーレ公国の味方につく保証はないどころか、その可能性は限りなくゼロ。

 そもそも彼女は冒険者であり、冒険者であることを望んでいるのだ。

 冒険者ギルドの方針を別にしても、ルミエールが冒険者ではなく戦争の道具に成り下がることを良しとしないことは火を見るよりも明らか。


 ともなれば、ブルチャーレの立場としては、軍事同盟を結んでいるラバール王国に協力を求めるしかなくなってしまう。

 しかしながら、いくら軍事同盟を結んでいるとはいえ、ラバール王国の戦力フラム=ブルチャーレ公国の戦力とはならない。

 抑止力として作用するかどうかも怪しいところ。

 そもそもの前提条件として、炎竜王ファイア・ロードたるフラムが一族を率いてラバール王国のために動くのかどうかも、ブルチャーレ公国にはわからない。


 これらのことはこの数日間で議論され、結論が未だに出ていない議題の一つであった。


 踏み込んだ質問をすることでルミエールから怒りを買ってしまうかもしれない。

 それでもダミアーノはブルチャーレ公国を導き、そして守る者として、勇気ある一歩を踏み出す。


「ルミエール殿、今一度よろしいか。ラバール王国は炎竜族の庇護下にあるのかどうかを」


 そんなダミアーノの問いに対し、ルミエールは鼻で笑い返す。


「我らの王がラバール王国のために一族を動かすと? ……フッ、あり得んな。あの御方は誇り高き我ら炎竜族の王。他の竜王とは違い、その実力をもって頂点に立っておられるのだ。下々の力を借りることは決して――いや……兄上の性格を考えれば、フラム様を御一人にするはずが……」


「どうかなされたか? ルミエール殿」


「いや! ただの独り言だ、気にするな」


 ルミエールの脳裏に浮かんだのは兄であるイグニスの顔。


 誰よりも優秀で、誰よりも厳格。

 それがルミエールにとってのイグニスだった。


 兄の存在を思い出し、僅かに顔を凍りつかせ、視線を下げたルミエール。


 そんな彼女に四大公爵家当主が一人、パオロ・ラフォレーゼは密かに好奇の眼差しを向けていたのであった――。

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