第633話 秘密の訪問
フラムとの特訓後、俺は平穏ながらも充実した日々を過ごしていた。
最寄りのダンジョンに行ってはスキルを試行錯誤し、屋敷に戻ればナタリーさんとマリーが作ってくれた温かい料理に舌鼓を打つ。
時にはディアとフラムと一緒に冒険者として活動したりと、マギア王国にいた頃とは対照的な冒険者らしいありふれた日々を送っていた。
そんな日々を二週間ほど過ごしたある日の昼下り。
俺とディアとマリーの三人で夕飯の食材の買い出しのついでに王都をあてもなく歩いていると、冒険者ギルドの前に人溜まりが出来ていることにマリーが気付く。
「強そうな人がいっぱいいるです!」
「こんな時間なのに珍しいね。何かあったのかな?」
ディアの言う通り、この時間に冒険者ギルドが賑わっているのは珍しい。
基本的に冒険者は朝に依頼を受け、日が沈む前に報告を行う者が多いからだ。
しかもギルドの外まで冒険者が溢れかえっているともなれば、何かあったと考えるのが普通だろう。
俺とディアの間に立っていたマリーの横顔を覗き見る。
明らかに興味津々といった様子で瞳を輝かせ、冒険者たちが集う光景に視線が釘付けになっていた。
子供を冒険者ギルドに近付けるような真似ははっきり言ってお勧めできない。柄の悪い冒険者に絡まれるリスクがそれなりに高いからだ。
本来ならば、さっさとこの場から離れるのが正解に違いない。
だが、曲がりなりにも俺とディアはAランク冒険者パーティーの一員なのだ。
王都ではそれなりに顔も名も知れ渡ってきていることもあり、俺たちが付いていれば絡まれることはまずないだろう。
それにもし絡まれたとしても、どうとでも対処はできる。
「少し見に行ってみようか」
やや悩んだ末に、俺はマリーの期待に応えることにした。
長い間、留守番をさせてしまった罪滅ぼしと言ったら流石に過言かもしれないが、どうしてもここ最近マリーには甘くなってしまう自分がいる。
「はいです!」
満面の笑みを見せるマリーの小さな右手をしっかりと握り、俺たちは冒険者たちのもとへ向かった。
近づくとすぐに冒険者たちの話し声が耳に飛び込んでくる。
「魔武道会の出場者募集ねぇ……。今年はブルチャーレで開催されるんだろ? 旅費だけでいくら掛かるんだって話だ」
「安心しろ。そもそも俺たち程度の実力じゃ出場できねぇから」
「ほんっと、その通りだわ。でも今年の出場者は例年のように国王陛下の独断で決まるわけじゃないのね。どうしてかしら?」
「去年、数年ぶりにラバールが勝ったし、今年は手を抜くつもりなんじゃねぇか?」
「いやいや、逆だろ。連覇を狙うために大々的に出場希望者を集めて競わせるつもりなんだよ。まっ、どのみち俺たちには関係ない話だ。さっさと行こうぜ」
俺たちの前方にいた三人組の冒険者がそんな話をしながら人溜まりからはけていく。
それから暫く待っていると、冒険者ギルドの前にできていた人溜まりは綺麗さっぱりと消え、視界が晴れる。
その先には……、
――『魔武道会の出場者募集。強者求む』。
冒険者ギルドの前に置かれた掲示板に達筆で力強くそう大きく書かれていた。
ちなみに、期日は今日からちょうど一週間後とのこと。その後、出場希望者を集め、選考会を行う手筈となっているようだ。
「魔武道会……懐かしいね。あれからもう一年も経つんだ」
「あっ! これって、前にコースケお兄ちゃんとフラムお姉ちゃんが――」
「しぃー、だよ」
ディアが可愛らしく人差し指を立て、マリーの口を優しく塞ぐ。
掲示板の前には俺たちしか人はいないが、周囲にはまだまだ多くの目と耳がある。
俺とフラムが正体を隠して魔武道会に出場した過去を知られないためにディアが動いてくれたのだ。しかもマリーが落ち込まないように、すかさず頭を撫でてあげている辺り、俺にはできない流石の対応だった。
俺は視線だけでディアに感謝を告げ、掲示板に書かれた文字を眺める。
「魔武道会か……。出場したいとは思わないけど、観戦しに行くのは面白いかもしれないね。国を挙げた一大行事らしいし、お祭りとしても楽しめそうだ」
頭を空っぽにして何も考えずにポロッとそんな言葉を零してしまう。
「お祭り……っ!」
当然、俺の発言はマリーの耳に届いてしまい、期待に満ち溢れた眼差しを向けられる。
俺にその眼差しから逃れる勇気はなかった。
だが、よくよく考えれば、これはこれで良い機会だったのかもしれない。
今は仕事を休んでもらっているとはいえ、ずっと留守番続きだったナタリーさんとマリーをどこかに連れて行ってあげたいと思っていたところだったのだ。
ついつい無責任な発言をしてしまったが、この発言を現実にしてしまえば何の問題もない。
もちろん、シュタルク帝国の動き次第では呑気にお祭りに参加している場合ではなくなってしまうだろう。
その時は白紙に戻さざるを得なくなるが、誠意を込めて謝罪をすれば、きっと二人も許してくれるはず。
夫を、父親を亡くし、かつて奴隷に落ちた二人。
田舎暮らしであったことと、奴隷に落ちた過去を鑑みれば、旅行もそうだが、外国にも行ったことはないだろう。
そんな二人を、俺たちの家族を、旅行に連れて行ってあげたいと俺はこの時、決心したのであった。
「よし、決めた。マリー、お祭りに行こうか」
「行くですっ!」
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
日頃の行いが悪かったのか、それともどこぞの神の悪戯か。
つい数時間前に立てた楽しい楽しい家族旅行の計画が崩壊していく音が聞こえる。
ことの発端は、夕食を直前に迎えた夕暮れ時。
食事の支度を終え、屋敷に住む全員が食卓についたその時、来訪者を告げるチャイムの音が屋敷に響いたのだ。
「むっ、私の大切な時間を邪魔する不届き者め。私自らの手で追い払ってやる」
「ん? この反応は……? ちょっと待っ――」
『気配完知』が進化し、『
が、食事の邪魔をされたことに余程腹が立ったのか、フラムは俺の待ったの声に聞く耳を一切持たず、そう言い残して席を立つと、来訪者を追い払いにいってしまった。
「こうすけ、誰が来たの?」
俺のスキルのことをよく知るディアが来訪者の正体を訊ねてくる。
それに対し、俺はため息混じりの声でこう言ったのだった。
「この国で一番偉い人だよ……」
それから程なくして、何をどう転んだのかわからないが、フラムはエドガー国王とロザリーさんを食堂まで案内してきた。
息巻いて『追い払ってくる』と言った彼女の姿はどこへいってしまったというのか。
今にも小躍りしそうなほどご機嫌な笑みを浮かべ、その両手には紙のようなもので包まれた巨大な荷物を抱えている。
「ふふん、極上の肉〜」
「……買収されてる」
そう言ったディアはルビーのような瞳から輝きを消し、呆れた冷たい眼差しをフラムに向けていた。
「手土産を用意したのは正解だったが、どうやらタイミングは悪かったようだ。食事前だというのに悪いな」
まるで友人に接するかのような親近感と、国王にあるまじきフットワークの軽さ。
俺たちがよく知っているいつものエドガー国王が我が家にやってきたことでナタリーさんやマリーが大慌て――になるかと思いきや、意外なことにそうはならなかった。
「陛下、どうぞこちらのお席へ。お食事はいかがなさいますか?」
ナタリーさんは素早く席を立つや否や、エドガー国王を席へ案内。さらには食事の確認まで行うという妙に手慣れた対応を見せる。
いや、この場合、手慣れ過ぎていると言っても過言ではない。
「大丈夫だ。
「はい、わかったです!」
相手は国王だと言うのに、マリーが飲み物を用意するようだ。おかしなことにエドガー国王も何故かそれを受け入れている。
だが、そんなことよりも聞き逃すことのできない台詞があった。
「いつもの? それってどういう……」
まるで俺たちの屋敷に幾度と通っていたかのようなエドガー国王の台詞には流石に疑問を抱かざるを得ない。
俺の記憶が正しければ、エドガー国王が俺たちの屋敷を訪ねてきた回数は片手で数えられる程度。そこからナタリーさんとマリーもいた時だけをカウントしたら、それこそ二、三回がいいところだろう。
そんな尽きることのない疑問の答えは、あっさりとエドガー国王の口から出てくる。
「いや、なんだ、お前たちがマギア王国にいた間に戦争が起きただろう? その間にいつアリシアが戻ってくるかと思ってだな……。それで何度かお前たちの屋敷に上げてもらっていたというだけの話だ」
かなり照れ臭そうに言っているが、やってることは滅茶苦茶だった。
要するに、だ。
娘のことが心配で心配で足しげく屋敷を訪ねてきていたというわけである。
そして、そんな親バカ丸出しのエドガー国王の対応をさせられていたのがナタリーさんとマリーであり、そのお陰?で二人は相手が国王であるにもかかわらず、手慣れた対応ができるようになっていたようだ。
「――ゴホンッ。その話はこの辺りにしておこう。お前たちに……いや、フラムとイグニスに話があってここに来た」
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