第631話 地獄の特訓、再び

「諸君、今日は炎竜王ファイア・ロードである私が直々に鍛えてやるのだ。覚悟は良いな?」


「……」


「えっ? 何なんスか、これ?」


 この時の俺は死んだ魚の目をしていたに違いない。


 ラバール王国某所の深い森の中。

 日が昇ったばかりということもあって、空はまだ薄暗い。

 周囲に人目はなく、あるのは一体どこから集まってきたのかわからない無数の魔物の気配だけ。


 そんな誰も足を踏み入れようとは思わない魔境に俺とリーナはフラムに連れ去られていた。


「二人とも頑張って」


 応援係兼治療係としてディアもついてきてくれている。

 ちなみに、プリュイはいない。

 危険を察知したのか、それとも偶然なのかわからないが、毎日屋敷に来ていたプリュイが今日に限って姿を見せなかったのだ。


 目を燦然と輝かせ、やる気に満ち溢れているフラムと、治療係としてついてきたディア。

 それが意味するところは、怪我をする可能性が高いということに他ならない。

 俺に関しては自己治癒スキルがあるため、おそらくこの場にディアがいるのは主にリーナのためなのだろうことが予想できる。


 しかしながら、当の本人は今の状況に全くついていけていない様子。

 それもそのはず、リーナは軽い運動をするつもりでここにいるだけなのだから。


 ことの発端は言うまでもなく、先日のリーナの迂闊な発言だ。


『最近、運動不足気味なんで、今度来た時は運動にも付き合って欲しいッス』


 今思えば、この発言にフラムが食いつかないはずがなかったのだ。

 リーナからしてみれば、軽い運動程度の意味合いでしかなかっただろう。

 だが、フラムはそう捉えなかった。人を鍛えることに快楽を覚える彼女がこのチャンスを見過ごすはずがなかったのだ。


 とはいえ、全ての過失がリーナだけにあるわけではない。

 そもそも、過去に地獄の特訓を経験したことのある俺が気付くべきだった。

 フラムに言われるがままに、こんな訳のわからない場所にホイホイとゲートを設置してしまった俺の罪も十分過ぎるほどに大きい。


 こうなってしまった以上、今の自分の力を確認する良い機会だと割り切り、フラムの特訓を甘んじて受け入れるしかないだろう。


「リーナ、諦めよっか」


 爽やかな笑顔でリーナを地獄へと招待する俺。

 その不気味さにリーナはようやく自身の置かれた立場を理解したのか、急速に顔を青褪めさせる。


「いやいやいや! 諦めよって! あっ、そうだ。そろそろ執務のために戻らないと……」


「あれ? 今日は丸一日休みがもらえたって喜んでたよね? リーナ」


「……ディア、酷いッス」


「わたし……何かした??」


 ディアに悪意なんてものはなかったに違いない。

 けれども、その悪魔のような発言によって、リーナは確実に追い詰められていた。


「どうしたのだ? まさか魔物に怯えている……なんてことはないか。寝ずに私自ら魔物をかき集めたわけだが、やはり王都が近いこともあってな、雑魚ばかりになってしまった。しかし、安心してほしい! 私が魔物側に付けば良い塩梅になるはずだ」


 この時、俺とリーナは同じ気持ちを抱いていたに違いない。

 ――『貴女に怯えています』と。


 加えて、安心できる要素がどこにあるというのか。

 どうやって魔物側につくつもりなのかはわからないが、そんなことはどうだっていい。

 今回の特訓はフラム+その他魔物たちVS俺とリーナという形になることは決定したも同然。

 ならば、さっさと頭を切り替え、最善を尽くすのみだ。


 俺の顔つきが変わると、フラムは満足げな表情で頷いた。


「よし、準備はできたみたいだな」


「私、武器なんて持ってきてないッスよ!?」


「何を言っているのだ、リーナ。拳とスキル。それだけで十分ではないか」


「……ッスね」


 散々喚き続けていたリーナもようやく腹を括ったようだ。

 困惑気味だった表情を引き締めると、腰を少し落として戦闘態勢に移行する。


「では、始めるぞ――っと、その前に、二人に伝えておくことがあったな。今回の特訓では武器と道具の使用を禁止させてもらう。主は新たなスキルを、リーナは『鏡面世界ミラージュ』を使った創意工夫を私に見せてくれ。では改めて――行くぞ」


 こうして地獄の特訓が始まった。


 ルールは至ってシンプル。

 武器や道具を使わずにフラムを倒すだけ。

 言葉にすると簡単に思えてくるが、相手が相手だ。油断をすれば容赦なく骨の一本や二本もっていかれてしまうだろう。


 フラムは仁王立ちしたまま動く気配はない。

 おそらくこちらの出方を窺っているのだろう。


 ならば、その間に俺はゆっくりと吟味する。

 成長しんかした今の俺が持つ、どのスキルを使い、どうフラムを倒すのかを。


 アカギ・コースケ


 神話級ミソロジースキル『血の支配者ブラッド・ルーラー』Lv10

 身体能力上昇・極大、魔力量上昇・極大、血流操作、対象の血に触れることで任意のスキルを複写し、獲得


 神話級スキル『魔力の支配者マジック・ルーラー』Lv6

 結界の構築、魔力反応の知覚化、スキルの抽出、魔力操作・阻害(対象指定可能)、魔力量上昇・極大


 神話級スキル『精神の支配者マインド・ルーラー』Lv7

 精神の誘導・操作・剥奪・掌握、思考力・意識の低下、感覚麻痺、欲望刺激、結界の構築、魔力量上昇・極大


 神話級スキル『空間の支配者スペース・ルーラー』Lv1

 空間の固定・創造・接続・把握・切断・作製、魔力量上昇・極大


 神話級スキル『始神の眼ザ・ファースト』Lv1

 情報の解析、情報隠蔽、暗視、望遠、透過、硬直、思考誘導、動体視力上昇・極大


 伝説級レジェンドスキル『創成の鍛冶匠スミス・クリエート』Lv5

 武具生成・作製の簡略化、スキルの永続付与・削除


 伝説級スキル『致命のクリティカル一撃・ブロー』Lv8

 物理攻撃時の完全防御・耐性無視


 伝説級スキル『再生機関リバース・オーガン』Lv10

 怪我・欠損の再生、痛覚の完全制御


 伝説級スキル『剣聖セイント・ブレイダー』Lv10

 剣技向上、特効・悪、身体能力上昇・特大


 伝説級スキル『不可視の風刃インビジブル・エア』Lv6

 風刃の不可視化、魔力量上昇・特大


 伝説級スキル『千古不抜オール・レジスト』Lv7

 物理・魔法耐性上昇・特大、基礎防御力上昇・特大、全耐性上昇・特大


 伝説級スキル『四元素エレメンツ・魔法マジック』Lv8

 火・水・土・風属性魔法の威力・魔力効率の向上、魔力量上昇・特大


 伝説級スキル『魔導の極致マスター・メイガス』Lv2

 全魔法系統スキルの魔力効率・威力・効果・発動速度の上昇・極大、魔力量上昇・極大


 伝説級スキル『影法師ドッペル』Lv1

 幻影・実体の創造、並列思考、思考模倣、魔力量上昇・特大


 伝説級スキル『観測演算オブザーバー』Lv1

 広範囲に渡る地形・生物反応の観測、識別、照合


 英雄級ヒーロースキル『融合』Lv―

 生物を融合、スキルの融合


 英雄級スキル『成長増進』Lv10

 全所持スキルの成長速度上昇・大


 英雄スキル『投擲達士』Lv3

 投擲技術向上、命中力補正、身体能力上昇・大


 上級アドバンススキル『万能言語』Lv―

 あらゆる言語の理解・視覚的変換


 上級スキル『召喚魔法』Lv― 使用不可

 魔力量に応じた魔物等を召喚し、契約を結ぶ


 上級スキル『形態偽装』Lv7

 幻覚による形態の認識変化


 上級スキル『麻痺毒』Lv8

 麻痺の付与、毒耐性上昇・中



 視界に映し出された情報が、俺の進化を証明している。

 スキルは軒並みそのレベルを上げ、ものによっては進化または統廃合され、その形を変えていた。


 『神眼リヴィール・アイ』は『魔眼』と統合し、神話級スキル『始神の眼』へ。

 『空間操者スペース・オペレイト』も神話級スキル『空間の支配者』へ至ったのだが、どういうわけか『地潜行アース・ムーヴ』と統合された結果、進化したようだ。

 元々『地中の高速移動』というほとんど使い道のないスキルだったため、無くなっても特に痛手はないが、何故こうなったのかは未だに疑問が残っている。


 その他には英雄級スキル『多重幻影』や『気配完知』、『魔導究明』なども進化し、別の名のスキルになっているが、使用感はまだ然程確認できていないのが現状だ。

 当然、今回の特訓を機に全て試してみるつもりだが、フラムに通用するかどうかはわからない。

 おそらく使いこなせていない現状では、そのほとんどが通用しないかもしれない。


 だが、それでも俺はワクワクしていた。

 大きな期待を胸のうちに秘めていた。


 もしかしたらフラムに勝てるのではないか、と。


「……やってやる。行くぞ、リーナ」


「了解ッス!」


 そんな期待とは裏腹に、俺とリーナはあっさりとフラムにボコボコにされたのであった。

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