第627話 英雄たち

 翌朝、転移門を用いたホルプラッツへの移動は多少の混乱こそあったものの、特にこれといった問題もなく完遂された。


 その主導となったのは他の誰でもなく、アクセルを筆頭とした『七賢人セブン・ウィザーズ』だ。

 突如として合流してきた『七賢人』を不審がる貴族やロブネル侯爵兵に対し、カイサ先生が裏で手を回していたことは言うまでもない。

 本来ならば、何の信用も信頼もない『七賢人』が主導するよりも、今日この時まで軍を束ね、王都脱出に尽力したカイサ先生が主導権を握った方が混乱は少なかっただろう。


 しかし、カイサ先生はそれを良しとしなかった。

 功績がロブネル侯爵家だけに集まるのを嫌ったのだ。

 それはおそらく新たに生まれ変わるマギア王国の将来を見据えての選択だったに違いない。


 他国の人間である俺たちを除くと、女王となるリーナと前国王の妃であるエステル王太后を、私兵を投じてシュタルク帝国軍の魔の手から逃したという功績は誰の目から見てもカイサ先生が独占したも同然だ。


 マギア王国が存続できたのも、カイサ先生ひいてはロブネル侯爵家のお陰だと言っても過言ではない。

 そうなると近い将来、新生マギア王国に於いて絶大な権力と王家からの厚い信頼をカイサ先生は獲得することになる。


 すると、どうなるか。

 当然と言えば当然の話だが、他の貴族たちは良い顔をしないだろう。

 そればかりか、下手をすれば武力と領土を失ったことで弱体化したフレーリン王家よりもロブネル侯爵家を新たな王家として担ごうと動き出す貴族が出てきても、なんらおかしくはない。


 カイサ先生も十分に若いが、リーナはそれ以上に若いのだ。

 いくら王の血を継いでいるとはいえ、二十歳にも満たない小娘よりも、実績豊富なカイサ先生についた方が将来性を感じると他の貴族に思われてしまえば、新生マギア王国は内乱という形で新たな危機に直面する可能性が出てきてしまう。

 それを避けるためにも、カイサ先生は功績の独占を嫌ったのである。


 そこで昨夜、カイサ先生が打ち出したのが、新たな英雄の誕生だ。


 ――新生マギア王国の英雄誕生計画。

 当然、その対象にラバール王国からの留学生という名目で訪れた俺たち『紅』とイグニスは含まれないし、含まれてはいけない。

 俺たちがマギア王国に骨を埋める覚悟があったのなら話は別だったかもしれないが、アーテを追う俺たちにその意思はなし。

 今後を見据えた時、素性をある程度知りつつも、一冒険者として俺たちを理解し受け入れてくれているラバール王国に居たほうが自由が利く。

 それに何より、新生マギア王国はこれから先、内政に力を入れなければならない。

 その際に生じる恐れのあるゴタゴタに巻き込まれてしまう可能性を考えると、国家としてより安定しているラバール王国の方が何かと都合が良いというのが正直なところだ。

 無論、今後一切マギア王国に関わらないなんていう薄情な真似をするつもりはないが、様々な判断材料のもと、俺たちはラバール王国に拠点を置き続けることにしたのであった。


 主力として戦い続け、わかりやすい功績を挙げてきた俺たち以外から英雄を誕生させる。

 大々的に竜族だと知られてしまっているプリュイも除外するとなると、昨夜の時点では適任者は誰一人としていなかった。


 だが、あくまでそれは昨夜までの話。

 簡単な話だ。いなければ英雄をつくればいいだけのこと。


 リーナを支え続ける覚悟と、生涯リーナが信用と信頼を置ける人物に新たな英雄となってもらう。

 それこそがカイサ先生が昨夜打ち出した英雄誕生計画の肝だった。


 そして、その英雄として適任とされたのが『七賢人』である。

 いや、この場合、カイサ先生によって意図的に選出されたと表現した方が正しいかもしれない。


 学友であり、親友であり、それ以上の存在である『七賢人』は前提条件をクリアしている。

 侯爵として、今後リーナを支えることになるカイサ先生としても、よく知る『七賢人』が英雄になってくれれば、安心できるというわけだ。


 ならば、あとは英雄に相応しい功績を残せばいいだけ。

 その功績づくりとして、彼ら『七賢人』が主導となり、王族や貴族、ロブネル侯爵軍をホルプラッツに転移させるという大役を担うことになったのである。


 だが、それだけでは英雄足り得なかっただろう。

 マギア王国を救ったと言い切れるだけの功績には届かなかっただろう。


 しかし、彼らには今日この時までに成し遂げてきた功績が、マギア王国民を救った実績がラバール王国に残されていた。


 それこそが――避難民の救出である。

 シュタルク帝国軍が侵略を続けるその最中に、手を差し伸べ、握り返した人々を彼らは転移門を使ってラバール王国に脱出させてきた。


 ドレックに命を狙われ、一度は窮地に陥ったこともあり、彼らにとっては苦い記憶の一つになっているかもしれない。

 それでも救われた人がいることには変わりない。

 確かな実績が、彼らに救われた人々の記憶の中に深く刻み込まれている。


 それらをもって、カイサ先生は『七賢人』を英雄に祀り上げようと画策したのだ。


 正直なところ、その話を訊いた時には、そんな回りくどいことをする必要があるのかと俺は思っていた。

 彼らならば、《英雄》なんて大層な称号がなくてもリーナを一生涯支えてくれると確信していたからだ。


 だが少し考えれば、見えてくる。

 国家というものがそう単純にできていないということが。


 そもそも彼ら『七賢人』には女王となるリーナを支える資格がないのだ。

 地位もなければ、名誉も実績もなく、あるのはリーナとの間に築いた確かな絆だけ。

 唯一、カルロッタだけが『発明家インベンター』として一定の名声を手にしているが、それはあくまで研究者としての過去の評価であり、新生マギア王国とは何ら関係がないものに過ぎない。


 信用・友情・絆。

 そんな目に見えないものだけでリーナの傍にいられるほど、この世界は甘くはない。

 貴族が、国民が、それを許してはくれないだろう。


 故に、彼らには功績が必要だったのだ。

 リーナの隣に立てるだけの確かな功績と名声が。




 緑と人工物が見事に調和された都市ホルプラッツ。

 マギア王国第二の都市でありながら、戦地から離れていることもあり、この都市にはまだ敗戦を感じさせる悲壮感は然程漂っていなかった。


 中央街道をマギア王国の旗を靡かせ、万に迫るロブネル侯爵軍が堂々たる顔つきで闊歩し、それを都市の住民が万雷の拍手で出迎える。


 そんな光景を俺は『七賢人』と共に、軍の最後尾あたりで馬車に揺られながらぼんやりと眺めていた。


「こんなんで俺たちが英雄とやらになれるのかねぇ……」


 馬車の窓縁に肘を置き、外を眺めていたオルバーがふとそんなことを呟く。


「さあな。だが、足りなければ補えばいいだけの話だ」


「そうそう♪ まずはラバール王国に行って、避難してもらってた人たちを移動させなきゃでしょ? それから、あとは〜――」


「僕たちにはまだまだやることが山のように残ってるってことさ。一つずつ片付けていけば、いつか認められる日が来るんじゃないかな?」


「……国境線の警備も人手が足りないらしいぞ。……脳筋共はそっちの手伝いにも行ってやれ。……移動させるだけなら私とアクセルだけで十分だしな」


「脳筋って、おいっ。つうか、あんなだだっ広い場所を俺たちだけで警備するっつうのは流石に無理だろ」


 イクセル、クリスタ、アクセル、カルロッタ、そしてまたオルバーと会話のリレーが続いていく。

 内容こそ先の見えない、やや暗いものだったが、表情は一様に晴れているように俺には見えた。


 と、その時だった。

 馬車の中央に不自然にポツンと置かれていた黒い風呂敷がモゾモゾと動き出す。


 俺はその中身を知っていた。

 いや、馬車に乗っている全員が気付いていたに違いない。

 モゾモゾと動く風呂敷を俺は呆れた眼差しで見つめる。

 そして……、


「――じゃっ、じゃーん!! そう心配するでない! 妾がいるのだからなっ!」


「「……」」


「えっ、えっ、えっー!? プリュイちゃんっ!? 何でプリュイがここに!?」


「ふっふっふっ――」


 プリュイのサプライズに乗ってあげたのは人一倍空気が読めるクリスタだけだった。


 国土を、国民を、親友を、父親を喪い、それでも新生マギア王国の女王になる覚悟を決めたカタリーナ・ギア・フレーリン。


 そんな彼女を支えるのは、二席空いた『七賢人』。


 マルティナの代わりは誰にも務まらない。

 けれどもプリュイがいれば、いつか皆の心にできた深い傷が癒える日が訪れるかもしれないと俺はこの時感じたのであった。


「フラムに怒られても俺は知らないから」


「……コ、コースケよ。わっ、妾を助けるのだ!」


「はぁ……」

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