第626話 友と共に

 カイサ先生に加え、アクセル、クリスタ、イクセル、カルロッタ、そしてオルバーの六人を連れ、俺は天幕の中に戻る。


「やぁやぁやぁ。久しぶりだね、リーナちゃん♪」


「ちょっ、クリスタ! 声がデケエぞ!」


「……オルバーの声も十分過ぎるほどに大きいがな」


「まあまあ、皆落ち着こうよ」


「アクセルの言う通りだ。俺たちは遊びに来たわけじゃないんだぞ」


 天幕の中が途端に賑やかになる。

 まるで学院での日々が戻ってきたかのように錯覚してしまうような光景が繰り広げられていた。


 肉体的にも精神的にも疲れていたはずなのに、思わず釣られて笑みを零してしまいそうになるほどの和気あいあいとした雰囲気に包まれる。


 俺とディアはそんな光景を温かく見守り、フラムは何処かキザったらしく口角をつり上げた。イグニスは空気を読んで極力気配を殺している。

 プリュイに限っては久しぶりに友人たちと会えたことに喜びを隠しきれなかったようだ。興奮気味に『七賢人セブン・ウィザーズ』の輪の中に加わり、じゃれ合い始めていた。


 そんな中、リーナだけは声一つ上げずに呆然とじゃれ合う友たちの姿を見つめている。

 俄には信じられない。そんな気持ちが彼女の整った顔にまざまざと浮かび上がっていた。


 いつまでも反応を見せないリーナに痺れを切らしたクリスタがそっと近寄り、テーブルの上に置かれていた彼女の両手を優しく包み込むと、その白銀の瞳を覗き込み、こう言う。


「……力になれなくてごめんね。辛い思いをさせてごめんね。リーナちゃんだけに背負わせてごめんね」


 そう吐露したクリスタの声は悲しみと優しさを併せ持っていた。


「え……?」


 二人の視線がここで初めて交わる。

 その様子を横から見ていた俺の目にはリーナの白銀の瞳が僅かに揺れているように映っていた。


「ワタシたちがもっと強かったらマギア王国を、リーナちゃんを守れたかもしれない。……ううん、少し違うかな。ワタシたちなら何でもできるんだって思ってたのが大きな間違いだったんだと今ならはっきりと言えるよ」


「な、何を言ってるんスか、クリスタは。皆が居てくれたから私はここまで頑張ってこれたんスよ? それに今だって先生やコースケたちが――」


 ――『だから私は孤独ひとりじゃない』。

 そう言わんばかりに、リーナは激しく首を振ってクリスタの言葉を否定する。


 リーナの言う通り、確かに彼女は独りではなかっただろう。俺たちは勿論のこと、カイサ先生やエステル王太后など、彼女を支えてきた人たちはたくさんいたのだから。


 だが、『心』という面ではどうだろうか。

 俺たちは戦力という面では彼女の支えになってあげられた自信はある。

 しかしその一方で、きっと俺たちではリーナの心を支えてあげることはできていなかったに違いない。


 言い訳に聞こえてしまうかもしれないが、リーナを守ることに重きを置いたが故に、彼女に寄り添ってあげることができていなかった。

 共に戦うのではなく、安全を優先するあまり、むしろ遠ざけようとしていたのは紛れもない事実。

 そうすることでリーナが負い目を感じてしまうと知っていながらも、そうするしか俺たちにはできなかったのだ。


 気が付けば、リーナの周りには『七賢人』が集まっていた。


 白い歯を見せ、男臭い笑みを浮かべるオルバーが言う。


「そこに俺たちが加われば最強だろ? 戦闘面じゃ足を引っ張っちまうかもしれねぇけどよ、リーナのためなら汚れ仕事だって何でもやってやるぜ? 愚痴だっていくらでも聞いてやる」


 普段見せる仏頂面を僅かに崩し、呆れ顔をしたカルロッタが言う。


「……残念ながら、私はそこまでお人好しじゃないんでな。……そうだな、ちょうど研究所が欲しいと思ってたところなんだ。……これから先、リーナに協力してやる報酬として私に研究所を造ってくれ。……その代わりに私がマギア王国を世界最高の魔法技術国家に導くと約束しよう」


 眼鏡を掛け直し、真剣な眼差しをしたイクセルが言う。


「今回の一件で俺は力不足であることを痛感させられた。戦闘面にしても、戦術面にしても、精神面にしても、今の俺には全てが足りていないと。しかし、だからといってそこで諦めるわけにはいかない。止まるわけにはいかない。俺はこの国のために、リーナのために、これまで以上に自分を磨いていくつもりだ。だからリーナ、俺は俺を頼ってくれとは言わない。今言えることは一つだ。未来の俺に期待してくれ」


 そして最後に、貴公子然とした爽やかな笑みを見せるアクセルが言う。


「僕からは特に何もないよ。皆に言いたいことを全部先に言われてしまったからね。でも、それじゃあ少し寂しいし、代表して僕が皆の想いを一つに纏めさせてもらおうかな。リーナ、これだけは覚えておいてほしい。僕たちはこれまでも、これからもずっと君の味方だ」


「みん、な……」


 マルティナを喪ってしまった『七賢人』。

 けれども、彼らの友情は一片も欠けることはないようだ。

 祖国が存亡の危機に瀕していても、それぞれの立場が変わっても、彼らの友情が変わることはないだろう。




 熱い友情を存分に見せつけられてから暫く経った頃、アクセルがおもむろに口を開いた。


「そうだそうだ、肝心なことをすっかりと伝え忘れていたよ。ホルプラッツに向かうつもりなんだろう? だったら僕の転移門を使ったら良いよ。転移門を使えば、ここから一時間も掛からずにホルプラッツに直通で行けるようになっているからさ」


「えっ? ホルプラッツに転移門? いつの間にそんなものを設置してたんスか?」


「カイサ先生から話を訊いて、ここに来る前にちょちょいとね。カルロッタにも協力してもらったんだ」


「……なに、私は簡単な調整をしただけだ。それに必要な魔力を補うための魔石集めはクリスタたちに丸投げしてしまったしな」


「はいはーい♪ ワタシたち三人が頑張って集めましたー♪ ねー?」


 クリスタの言葉にオルバーとイクセルが少し照れ臭そうに頷いていた。

 どうやらクリスタのノリについていくことに恥ずかしさを感じているようだ。


「それは本当に助かるッス! そうッスよね、コースケ!」


 急に話を振られたことに動揺しつつも、俺は同意を示すように言葉を返す。


「お陰で大幅な時間の短縮ができるよ。ホルプラッツと渓谷、この二つを結べさえすれば、軍の移動も楽になるし、渓谷に大多数の兵を張り付けておく必要もなくなるはずだ」


 アクセルの転移門の仕組み上、常に門を開けっ放しにできないという問題点もあるが、そこは俺がアクセルの転移門をゲートに置き換えてしまえば簡単に解決できる問題でしかない。

 無論、置き換える際にはリーナの許可が必要になる。

 他国の人間である俺がマギア王国軍の移動の要所を握ってしまうことになることを果たしてリーナが許容できるのか。

 唯一問題があるとするならば、それだけだろう。


 だが、そんな俺の心配は杞憂に終わることになる。

 俺がゲートを設置する必要性をリーナに説明すると、彼女は一瞬たりとも悩むことなく、それを快諾。


 曰く、この期に及んで俺たちを疑う意味がわからないとのことだった。


 全幅の信用と信頼を寄せてくれたことに若干のむず痒さを感じながらも、俺はこれからすべき事について語っていく。


「まずはホルプラッツに行ってゲートを設置しよう。ディア、フラム、イグニス、三人には少しの間、留守番を頼みたい。任せてもいいかな?」


 アクセルの転移門を使い、ゲートを設置して帰ってくるだけ。

 然程時間は掛からないとはいえ、シュタルク帝国軍への警戒をここで怠るわけにはいかない。

 俺が戻ってくるまでの間、最高戦力である三人に残ってもらい、守りを固めておくべきだと俺は判断を下した。


 三人から快諾をもらい、俺はアクセルたちに向き直る。


「ロブネル侯爵軍の人たちも疲れてるだろうし、決行は明日の朝にしよう。カイサ先生は軍の指揮と、転移門に関する箝口令をお願いします」


「任されよう」


 こうして『七賢人』のお陰で大幅な時間短縮と、今後の行動方針についての目処が立つ。


「――うし! いっちょやってやっか!」


「……別にお前が張り切る場面ではないだろうに」


「まあまあ、何事も気持ちが大事だからね♪」


「張り切り過ぎて空回りするなよ」


「ははっ、大丈夫さ。僕が転移門の起動に失敗しなければいいだけの話だからね」


「自信満々みたいッスけど、本当に大丈夫ッスか〜? まあ、アクセルが失敗する姿は想像できないッスけど」


「ちぇっ、女の扱いも上手いしな」


「アクセルがモテるからって嫉妬は良くないッスよ、オルバー」


「うっせぇよ!」


 日が沈み、夜の帳が下りた星空に、心の底から友と笑い合う若い男女の声が木霊したのであった。

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