第625話 邂逅

 俺がヴァーグさんにフラムとの出会いや今の関係に関する経緯を話し終えた頃には、ディアやプリュイ、そしてシレーヌさんが戻ってきていた。


 これまたややこしい説明をディアにしなければならないと思っていたが、どうやらディアは俺が説明をしている間にざっくりとした話をプリュイとシレーヌさんから受けていようで、今の状況をあっさりと飲み込み、輪に加わっている。


 余談だが、ヴァーグさんには直接『さん』付けで呼ぶ許可を得ることに成功した。シレーヌさんに関しても『さん』付けで呼んでもいいとのことだ。

 おそらくフラムの仲間であることや、衆目があることを理由に許可が下りたのだろう。


 そんなこんながありつつ、俺はヴァーグさんたちをリーナたちのもとへ連れていき、シュタルク帝国軍が撤退に至った理由を簡単に説明したのであった。


「何とお礼をすればいいのか……」


 突如として水竜族、しかもその王と妃が現れたともあってか、リーナの表情はどことなく硬く、口調もいつもの砕けたものではなく畏まったものになっていた。


 だが、それも仕方のないことだ。

 本来ならば、話についていくことだけでも精一杯のはず。にもかかわらず、ヴァーグさんたちに気を回せているのだ。むしろ彼女を称賛すべきだろう。


 エステル王太后に関しては、普段の強かさはどこへ行ってしまったのかという状態だった。

 顔に柔らかな笑みを貼り付けただけで完全に固まってしまっている。

 フラムやプリュイなど、竜族と接する機会が何度もあったリーナとの差が出てしまっていた。

 もしここでフラムとイグニスの正体も竜族だと言おうものなら卒倒してしまうかもしれない、などと思いつつも話が進んでいく。


「礼など不要。これは我ら竜族の問題でもある」


「ですが……」


 おそらくリーナは只より高いものはないとでも思っているのだろう。

 その気持ちは十分に理解できるが、ヴァーグさんもヴァーグさんで本心からお礼なんて望んでいないに違いない。


 礼をしたいリーナと、礼を受け取ろうとしないヴァーグさん。

 傍から見ると不毛な戦いに見えなくもない会話が続く中、フラムがついに終止符を打つために動き出す。


「リーナよ、ヴァーグの言う通り礼なんて必要ないぞ。とはいえ、リーナの気持ちもわかる。怖いのだろう? 借りを作るのが。ならば、ここは私が一肌脱いでやろう。ヴァーグよ、もし今後リーナに見返りを求めるようなことをすれば、私が許さん。まぁ、そんなことをする男ではないことはわかっているがな」


「無論だ」


 仲裁をしたフラムも竜族なのではないかという野暮なツッコミをする者は誰もおらず、ようやく話が次に進む。

 誰もが気になっている疑問を口に出したのはディアだった。


「渓谷を分断した氷の壁はいつまで保つの? もしすぐに溶けちゃうようなら、対応策を考えなくちゃいけないけど……」


「その質問にはわたくしがお答えした方がいいかもしれませんね」


 そう切り出し、質問に答えたのはシレーヌさんだった。

 プリュイが鼻高々に自慢気な表情を浮かべているが、構うことなくシレーヌさんの言葉に耳を傾ける。


「わたくしが作り出した氷壁が自然に溶けることはありませんし、そう簡単に壊されることもありませんよ。そうですね……フラム様ならともかく、地竜王アース・ロードでは、あの氷壁に穴を開けるのに数日の時間を要することになるでしょう」


「うむ、シレーヌの実力に関しては私が保証しよう。私でもあの壁を壊すのに数分は掛かるだろうしな」


 二人の話を聞く限り、シレーヌさんの実力はかなりのものなのだろうことが伺える。

 なにせ、火系統魔法で右に出る者はいないフラムでさえも氷を溶かすのに数分も掛かると言うのだ。

 この世界に存在するどんな壁よりも強固であることは間違いない。


 現状でも期待以上の安全を手に入れられたというのに、その後に続くヴァーグさんの言葉で、それだけでは留まらないことを知ることになる。


「暫しの間、我が一族の者を数名配置し、氷壁を見張らせよう。地竜族の蛮行をこれ以上見過ごす訳にはいかぬのでな。プリュイよ、陣頭指揮は人族と深く関わったお前が責任を持って務めよ」


「なっ、何故なのだ!? 何故、妾がそのような面倒なことを――」


 嫌がるプリュイにヴァーグさんの鋭い眼光が突き刺さる。


「――良いな?」


「……ふぁ〜い」


 視線を逸らしていたあたり、何とも信用できない返事だったが、二人の会話に俺が介入する余地はなかった。

 プリュイが指揮を放り出し、ほっつき歩く光景が簡単に思い浮かぶが、今はプリュイを信じる他に選択肢はない。


「心より……心より感謝申し上げます……」


「ぬ、ぬぅ……。ええーい! 妾に任せておくがいい!」


 感極まったのか、声を震わせて深々と頭を下げるリーナ。

 そんなリーナの姿を見たからか、プリュイの態度にも若干の変化が生じたようだ。


 何はともあれ、渓谷の守りはプリュイ並びに水竜族が請け負ってくれることになったのだ。

 これで当面はシュタルク帝国軍の脅威に怯えることなく、リーナは新たな姿となるマギア王国の内政に専念できるようになるだろう。


 こうして話が一段落つき、ヴァーグさんとシレーヌさんは竜の姿に変化し、水竜族を引き連れて北の空へと飛んでいったのであった。




 日が沈み、空が朱色に染め上げられていく。

 シュタルク帝国軍への警戒も兼ねて、ロブネル侯爵軍を含む俺たち一同はこの地で一泊することに決まった。


 安堵と共にどっと疲れが押し寄せてきたのか、野営の準備を整えるロブネル侯爵兵の口数は少ない。

 ややもたつきながらも粛々と天幕や食事の準備を整えていた。


 そんな中、俺たち『紅』とイグニス、プリュイ、そしてリーナの六人で天幕の一つを借り、小会議を行っていた。


「さて、ここからどうしようか……」


 ヴァーグさん率いる水竜族の助けもあって、俺たちはシュタルク帝国軍を追い払うことに成功した。


 だが、まだ気を抜くには早過ぎる。

 そもそものところ、シュタルク帝国軍が完全に諦めたのかどうかもわかっていない。

 強固な氷壁が北の海まで続いているとはいえ、俺のように転移能力を持った者がシュタルク帝国軍にいる可能性は否定できないし、地竜王率いる地竜族が竜の姿となり、氷壁を越えてくるかもわからないのだ。


 現在地より北の地の監視はプリュイに頼んで水竜族にやってもらうことに決まったが、ここら一帯の監視は自分たちで行わなければならない。

 ともなると、必然的に誰かがここに残らなければならないという問題を抱えていた。


 問題は誰が残るか。

 数日程度であれば、俺たち『紅』が残ってもいいだろう。

 戦力的にもシュタルク帝国軍を追い払えるのは俺たちだけ。リーナとエステル王太后の護衛にはイグニスがついていれば、大きな問題が起こることはないはずだ。


 しかし、現在地から最終目的地であるマギア王国第二の都市ホルプラッツまで往復で二週間近くの時間を要することや、新たに女王となるリーナが国を纏め上げ、そこから軍を編成し、派兵するまでにさらなる時間を要することを考えると、現実的ではないと言わざるを得ない。


「絶対に見張りは必要ッス。けど、コースケたちに頼ってばかりじゃいられない。難しいところッスね……」


 リーナもほぼ同じ考えに行き着いていたようだ。

 いつまでも俺たちにおんぶに抱っこの状態ではいられない。

 彼女なりに俺たちに頼らない方法を模索してくれているようだが、まだこれといった答えには辿り着けていない様子だった。


「俺としては一度ホルプラッツにゲートを設置しに――ん?」


 警戒のために発動していた『気配完知』が十名にも満たない人の気配を捕捉する。

 隠密行動をしているとは思えないほど迷いのない足取りでその気配は南からこちらに向かってきていた。


 そのことから俺はシュタルク帝国軍ではないと判断しながらも、念のために気配のもとへ向かうべく言葉を残す。


「誰か来たみたいだ。たぶん敵じゃないと思うけど、ちょっと見てくるよ」


「一人で大丈夫?」


 少し顔を強張らせたディアが心配の言葉を掛けてくれたが、俺は首を横に振り、大丈夫だと伝えて転移した。


 視界が切り替わり、木々が生い茂る森の中で俺は来客を迎える。

 数秒後、獣道すらもない森の草木がガサガサと音を立てて揺れ、そして彼らは現れた。


「わざわざ迎えに来てくれたのか?」


 緊張感のない声でそう呼び掛けてきたのは、先遣隊として軍を離れていたカイサ先生だった。


 が、俺の視線はその後ろに続く者たちに釘付けになっていた。


 黒い外套を羽織ったその者たちに。

 『義賊』と呼ばれ、マギア王国を騒がせた『七賢人セブン・ウィザーズ』に――。

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