第619話 開かれる活路
「おい、プリュイ。お前も少しは手伝ったらどうなんだ?」
「うっさいわ、ボケっ! 妾も妾なりにやっているのだ!」
紅介たちがセレーメとドレックを相手取っている一方で、フラムとプリュイはシュタルク帝国約二万の相手をしていた。
とはいえ、こちらの戦場には強敵の影はない。強いて挙げるとするならば、地竜族に連なる者たちが若干名いたことくらいだ。
しかし、同じ竜族であってもフラムと比較をしてしまえば数段格が落ちると言わざるを得ない。
大人と赤子ほどの歴然とした差が両者の間には存在した。
加えて、フラムの傍らには
数名の地竜族と二万ほどのシュタルク帝国軍程度では、到底二人には届かない。
当然、負けるはずもなく、そればかりか苦戦すらすることのない相手――のはずだった。
だが、現実は違った。
勝ち戦であることには変わりなかったが、それなりに苦戦を強いられていたのだ。
では何故、隔絶した力量差があるにもかかわらず、苦戦を強いられているのかと言うと、その原因は全てプリュイにあったのである。
「ずっと掟を気にしているようだが、そこまで律儀に水竜族の掟を守る必要がどこにある? 別にここでお前が何人殺そうとも誰も観ていないし、私だって告げ口するつもりなんてないぞ」
淡々とシュタルク帝国兵を処理していきながら、そう訊いたフラムにプリュイは顔を僅かに強張らせる。
「……そ、それはどうだろうな」
「おい。何だ、その間は」
プリュイはサッと目を逸らした。
「ほ、ほれ! 口ばかり動かしている場合じゃなさそうだぞ!?」
降り注ぐ無数の矢の雨。
それら全てを完全に見切り、ステップだけで悠々躱していくフラム。
軌道が逸れ、ロブネル侯爵軍に向かっていった矢に関してはプリュイが『
寸分狂わぬ正確な射撃で幾本もの矢をたった一人で叩き落していった。
「今は何も聞かないでおいてやるから、とりあえずお前はリーナたちに被害が出ないように防衛に徹しておくんだぞ、いいな?」
「……う、うむ」
イマイチ歯切れの悪いプリュイに、フラムは内心で大きなため息を吐く。
フラムからしてみれば、有象無象がいくら集まったところで敵ではない。
暴虐の限りを尽くせばものの数分で、たちまちシュタルク帝国軍を灰燼に帰せる強さを彼女は持っている。
しかし、フラムにはその気はなかった。
もしシュタルク帝国軍を全滅させるような真似をしてしまえば、あれほど糾弾した
いくら彼女が『地竜王とは違う』と否定しても、他の竜族の目には同じように映ってしまいかねない。
近い将来、地竜王並びに地竜族を証言台に立たせ、断罪する予定が崩れてしまう恐れがある以上、無用な殺生はなるべく避けるべきだとフラムはこの時、考えていたのである。
(時間は掛かってしまうが、地道に追い払っていくしかなさそうだな。そのためには見せしめが必要か)
フラムは恐怖によってこの戦いをコントロールしていくことに決めた。
心に、本能に恐怖を植え付けるための見せしめとして、まずは手近なところにいた地竜族の一人に照準を定める。
「――程良く泣き喚いてくれ」
注目を集めるため、わざとらしく指をパチンと大きく鳴らす。
瞬間、標的にしていた地竜族の男が豪雨に曝されていながらも、大炎に包まれた。
「――ぐああああああああああ!!」
ただの雨程度で
轟々と燃え盛る炎が地竜族の男の全身を包み、その身をじわりじわりと焦がしていく。
一瞬で殺すこともできた。
にもかかわらず、フラムがそうしなかったのはシュタルク帝国軍に恐怖を植え付け、さらには恐怖という感情を波及させるために他ならない。
「ぐわああああ! 誰かッ! 誰か、火を!!」
標的にされた地竜族の男は、泥濘んだ地面の上を派手に転げ回りながら大声を上げて助けを求める。
すかさず男の周囲にいたシュタルク帝国兵が水系統魔法を発動させたり、治癒魔法を使用するが、フラムの炎を鎮めるには至らない。
「あがっ……う、あ……」
やがて男は黒ずみの灰となり、雨水に溶けて消えていった。
「うげっ……。本当に容赦のない奴だな……」
その光景を目の当たりにしていたプリュイが顔を顰めて、率直な感想を告げる。
「容赦? こいつらは約定を破ってここにいたのだぞ? 殺されても文句は言えないはずだ」
「いや、確かにそれはそうなのだが……」
仲間であるプリュイでさえも思わず引いてしまうほどの惨たらしい光景だった。
そんな光景を見させられたシュタルク帝国兵がそれ以上の衝撃を受けたのは言うまでもない。
威勢良く矢を、魔法を放ち続けていたシュタルク帝国軍の動きが嘘のようにピタリと止まった。
それは完璧に統率が取れていたはずのシュタルク帝国軍に大きな罅が入った瞬間だった。
顔を青褪めさせ、全身を恐怖で震えさせるシュタルク帝国兵。
その姿を見たフラムは、ここでさらに畳み掛ける。
「――死を望むなら前に出ろ。平等な死を与えてやる」
フラムはそう宣言すると、豪炎のカーテンを空から垂れ下ろし、シュタルク帝国軍の進路を塞いだのであった。
――――――――――
セレーメとドレックを相手に、『五分間持ちこたえてくれ』という俺の無茶に、ディアは一言の文句も言わずに快く請け負ってから、既に三分が経過しようとしていた。
戦況は劣勢。
いくらディアに四元素魔法が効かないとはいえ、それだけでしかない。魔法を使わない近接戦闘に持ち込まれた時点でディアの不利は確定したようなものだった。
そこに加え、シュタルク帝国兵からの援護射撃がディアの命を狙い続けている。
ディアの四元素魔法に対する完全耐性が即座に伝達されたのか、魔法ではなく無数の矢や投擲物などが戦場に飛び交っていた。
そんな劣勢な状況にディアが置かれている中、俺がしたことと言えば、ロブネル侯爵軍を狙ってきたシュタルク帝国軍の排除だけ。
それも極力魔力を使わずに軽く追い払った程度のことしかしていなかった。
「――おらおらおら! どうした? ヘバってきたんじゃねぇだろうな!」
技もへったくれもない、身体能力だけで繰り出されたセレーメの拳による猛攻がディアを襲う。
懐に入られたディアはそれらの攻撃に対して反撃を行わず、回避だけに専念している。
下手に魔法で反撃しようものならセレーメの思う壺。
彼女の『
セレーメの拳を掻い潜り、何とか距離を取ろうとするディアにドレックが背後から挟み打ちにするように襲い掛かる。
ドレックの拳技はセレーメとは一線を画していた。
技や駆け引き、速度や威力といい、どれを取っても超がつく一流のそれ。
これまでに神器を得てきたことでディアの身体能力は俺と比べても遜色がないほど向上しているようだが、俺のように転移スキルもなしに二人を相手にするのは流石に難しい。
「――っ!?」
空を裂き、閃光の如きドレックの拳をディアは強引に身体を捻ることで寸前のところで回避に成功。
が、ドレックの攻撃に全神経を注いだことで、セレーメへの対応が疎かになってしまう。
「まずは一発だ」
「かはっ――!」
鈍い打撃音が俺の耳まで届いてきた。
横っ腹に痛烈な一撃をもらったディアはそのまま泥濘んだ地面を転がり、全身を泥だらけにする。
月光のように輝いていた銀色の髪は泥でその輝き失わせ、絹のように滑らかでシミ一つない顔も泥だらけになり、彼女の美貌を曇らせた。
「――ディア!!」
二人の相手を頼んでおきながら、居ても立っても居られなくなった俺は、すかさずディアの助けに入ろうとするが、動き出そうとした瞬間にディアに止められる。
「大……丈夫、だから……」
治癒魔法を使ったのだろう。
淡い光がディアの身体を包み込むと、数秒もしないうちに何事もなかったかのように動き出し、再度セレーメたちと激しい戦闘を繰り広げ始めた。
それから暫くして、ほぼ想定していた時間通りにその時が訪れる。
ディアが注意を引き付け、そして奮闘した甲斐もあって、セレーメたちはまだ気付いていないようだ。
だが、俺の『気配完知』が告げている。
――ロブネル侯爵軍が渓谷に架かる橋の前に到達したことを。
進化を遂げたのであろう『気配完知』が、人の気配とは別に、周辺の地形を鮮明に俺の脳内に映し出す。
「……座標を確定。今の俺なら――いける」
ここまでずっと練り上げてきた魔力。
それを俺は解き放ったのだった。
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