第610話 解き放たれた鎖
変化が起きたのは突然だった。
それが感情の移り変わりによるものなのか、あるいは他の要因によるものなのかはわからない。
万能感に満たされていく精神、満ち溢れる自信。
機能不全に陥っていたはずのスキルが次々と蘇り、俺を再構築していく。
そんな変化を感じ取った俺は『
現在、使用できないスキルは三つ。
一つは『
これに関しては使用できないと言うよりも、使用したくないという方が正しいだろう。
ガイストを倒したあの日のように、スキルが暴走してしまう危険性を考えると使用には踏み切れない。安全が確認できるその日まで封印すべきだと俺は判断を下していた。
もう一つは言うまでもなく『神眼』だ。
だが、『神眼』の事情はつい先程までとは少々異なる。
文字化けしてしまっていた時とは違い、今では発動することすらできなくなっていた。
ただし、『神眼』に備わっている能力の一つである、常時発動型の『動体視力の向上』に関してはどうやら依然として機能しているようだ。
そして最後に『
このスキルに関しても『神眼』と同様に発動ができなくなっている。
今、最も必要としているスキルだと言うのに、よりにもよって使用不可能になっているのは正直、痛すぎた。
屋敷に隠したままになっているゲートを閉じることが俺の本来の役割であり、仕事なのだ。
万が一に備え、ラバール王国の安全のためにも王都ヴィンテルが陥落し、シュタルク帝国軍が雪崩れ込んで来る前にゲートを閉じなければならない。
そのために必須となるのが『空間操者』なのだが、不幸なことに現状では回復の兆しすら見えていなかった。
精神的な要因を除けば、二つのスキルだけが使用不可能になっている。
では何故、『神眼』と『空間操者』だけが使えないのか。
俺は何となくだが、その大体の理由を掴んでいた。
その理由とは――スキルの進化である。
俺の『気配完知』が探知能力を高めたのと同じように、一部のスキルを除き、軒並み
そして、
その二つこそが今現在使用不可能となっている『神眼』と『空間操者』なのではないかと俺は睨んでいた。
残念なことに現状では『神眼』が使えない以上、進化したスキルの情報を確認する術はない。
しかし、それでも十分だ。
人の命を弄んだ目の前の男を殺すには十分過ぎるほど、スキルが充実している。
殺意の衝動に駆られている俺は、怪しい笑みを浮かべ続ける男をきつく睨みつけ、それを開戦の合図とした。
男の手の内はこれまで戦ってきた中で、まだ二つしか明かされていない。俺が『死の風』と呼んでいる能力と、肉塊に変貌し、そして傷を治癒する能力だけだ。
中でも、強力かつ凶悪極まりない死の風は、まさに死そのものを具現化しているようにさえ見える。
触れれば為す術もなく、魔力を、生命力を、生命そのものを奪っていく。
正面からぶつかり合ってはまず勝ち目はないだろう。
だが、今の俺なら十分に渡り合える。それどころか、完封することさえ決して不可能な話ではない。
余裕な態度を崩さず悠長にしている男に先制攻撃を仕掛ける。
俺が手始めに選んだスキルは当然、
結界の構築、魔力反応の知覚化、スキルの抽出、魔力操作・阻害(対象指定可能)、魔力量上昇・極大という強力無比なこのスキル。
その中で俺が使用する能力は、死の風を封じることができる魔力の阻害だった。
これにより、男は死の風はおろか、その他魔法系統スキルも使えなくなったはず。
反撃の手段を限定させ、なおかつそれを悟らせないまま紅蓮を握り、血飛沫を浴びないように暴風結界を身に纏い、一気呵成に攻め立てる。
瞬く間に距離を詰めた俺の動きに男はついてこれなかった。
四肢を狙うような甘い攻撃ではなく、一撃で相手を仕留めるつもりで、俺は男の首を狙って『
男は頭と胴体が切り離されて、ようやく俺に斬られたことを悟ったようだ。
宙を舞いながら不気味に嗤う生首と視線がぶつかった。
その表情からはまだまだ余裕が見て取れる。
自分のことを『不死身』と言っていたことからもわかるように、その生命力は伊達ではないらしい。俺と同等か、もしくはそれ以上の再生能力を持っているとみて間違いないだろう。
しかしながら、俺の攻撃はまだ終わりではない。
男の生首にできた傷口から肉塊が盛り上がろうとするその最中、追撃を行う。
正確無比に放たれた二筋の剣閃。寸分の狂いなく男の顔を十字に切り分けた。
血飛沫が上がり、脳髄が零れ落ちる。
血みどろになった四つの頭部の欠片。一目見ただけではもはや誰であったか識別は難しい。
普通ならここで勝利を確信するだろう。
が、ここで気を緩めるほど俺は馬鹿じゃない。
不死身を自称していた男がこうもあっさりと死ぬとは到底思えなかったからからだ。
そんな予想は見事に的中してしまう。
頭部を失った胴体の傷口から風船状に膨らむ肉塊がボコボコと音を立てて次々と出現し、地面に落ちていた頭部の欠片を肉塊が飲み込んだ。
「だから言ったじゃないか。僕は不死身だって。それよりも、君……一体僕に何をした?」
目も口も鼻もない、ただの肉の塊が気だるそうに話し掛けてくる。どうやら今頃になって魔力が扱えなくなっていることに気付いたようだ。
質問の内容よりも、どこから声を出しているのかが気になっていたが、それどころでない。
半ば分かりきっていたとはいえ、心臓を穿っても、頭部をバラバラに切り裂いても、この男が死ぬことはなかった。
つまるところ、弱点らしい弱点はないと言うことだ。
やはり男の不死性と再生能力は俺が持つ『
となると、解決策は男の魔力を空っぽにするのみ。
魔力が底を尽きてしまえば如何に強力なスキルだろうと、その能力は失われる。そして、再生能力は怪我の度合いに比例して、消費魔力が増えていく。それが致命傷ともなれば、その消費量は莫大なものとなる。
しかし……どうにも引っ掛かってしまう。焦りを感じられない男の態度が気になって仕方がない。
致命傷だけでも二回、その他にも大小様々な怪我を数え切れないほど負わせているのだ。
そろそろ魔力が底を尽きてもおかしくはないはず。いや、尽きていなければおかしいくらいだ。
にもかかわらず、男からは焦った様子は見受けられない。
見栄を張っているだけなのか、それとも本当に焦る必要がないほど魔力が有り余っているのか。
いずれにせよ、俺がやることは変わらない。
あらゆる手を尽くし、男の魔力が切れるその時まで攻撃を続けるだけだ。
紅蓮を握り直した俺は、終わりの見えない戦いに身を投じた――。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
既に三十分が経過しようとしていた。
周囲一帯は男の血液で赤黒く染まり、落ちることのない汚れとなり、残り続けることになるだろう。
体力はまだまだ残っている。魔力はだいぶ減ってきたが、まだ多少の余裕はある。
その一方で、俺の精神はボロボロになっていた。
斬って殺して、斬って殺して、斬って殺して……。
何百、何千と途方もない回数、男を斬り刻んだ。
人を斬り殺し続けてきた感触がすっかりと手に染み付いてしまっている。
慣れないことをした負荷が少しずつ積み重なり、その結果、精神へと重く伸し掛かっていたのだ。
それでも俺は手を休めることはなかった。戦うことを――殺すことをやめることはなかった。
一時は十メートル近くまで膨らんでいた肉塊は、今ではすっかりとその身を萎ませ、人間大ほどの大きさになっている。
ピクピクと小さく鼓動を打つだけで、もはや動き出す気配も、膨張する気配もない。
「これでようやく……」
――終われる。
もう考えるのも億劫だ。とどめを刺し、この戦いに終止符を打つ。
精神的な疲弊から、頭の中はそんな考えでいっぱいになってしまっていた。
だから、気付けなかったのか。隙をみせてしまったのか。
いや、この時の俺は知る由もなかったが、そのどちらでもなかった。
それでも、猛烈な速さで迫り来るもう一つの気配の接近を許してしまったことには変わりない。
そして、紅蓮を肉塊に突き刺すその直前、『ソレ』が俺の前に姿を現す――。
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