第604話 エルフの名

 血臭漂う西へと続く街道の上でディアとエルフの美人が睨み合い、時間だけが流れていく。


 そんな中、異常事態の発生にロブネル侯爵兵が続々と駆け付けると、武器を構えて二人の間に割って入ろうとした。


「――待って!」


 横を通り抜けようとしたロブネル侯爵兵に向かってディアが大声を上げ、足を止めさせる。

 明らかに焦りの色が含まれていた声に反応し、ロブネル侯爵兵はディアの真横で立ち止まり、その横顔を見つめた。


「貴方たちは下がって。わたしが相手をするから」


 そう言いながらもディアの視線は振れずに翡翠色をしたエルフの美女の瞳に固定されていた。


 ディアは一目見た瞬間から確証を得ていた。

 目の前に立ちはだかるエルフが只者ではないことを。

 決して目を離してはいけない相手であることを。


 ディアは三つ目の神器を回収したことで紅介が持つ『神眼リヴィール・アイ』を超える情報看破能力を手に入れていた。

 スキルとは異なる枠組みの力――『権能』を行使し、ディアはエルフの美女の情報を丸裸にしていたのである。


 その結果は――、


 セレーメ


 神話級ミソロジースキル『因果反転リバース・フェイト』Lv2

 自身が受けた結果を原因(対象)へ反転、物理・魔法反射結界の構築、身体能力上昇・大、魔力量上昇・極大


 伝説級レジェンドスキル『疾風怒濤ストーム・サージ』Lv5

 身体の一部を風に変質、怒りに応じた雷の生成、風系統魔法耐性・特大、風魔法の威力・魔力効率の向上、魔力量上昇・特大


 伝説級スキル『千古不抜オール・レジスト』Lv9

 物理・魔法耐性上昇・特大、基礎防御力上昇・特大、全耐性上昇・特大


 ……etc.


 エルフの美女ことセレーメが所持するスキルの中でディアが脅威を感じているのは、やはり伝説級以上のスキルだった。その他英雄級ヒーロー以下のスキルもディアの視界にいくつか映し出されていたが、神話級や伝説級と比較してしまえば、その脅威度はどれも低い。


 一方で、伝説級の上をいく神話級スキル『因果反転』の脅威度は情報を得た今でも計り知れない怖さがあった。

 下手な攻撃をすれば手痛いしっぺ返しが飛んでくるであろうことは明らか。

 ロブネル侯爵兵の突撃をディアが大声を出して止めたのも『因果反転』を警戒してのことだった。


 次にディアの目を引いたのは伝説級スキル『疾風怒濤』だ。

 このスキルの能力はカタリーナが持つ伝説級スキル『疾風迅雷ゲイル・サンダー』に非常に近しいものとなっている。

 雷に特化したものが『疾風迅雷』、風に特化したものが『疾風怒濤』であり、まるで兄弟のようなスキルであった。


 ただし、扱いやすさに於いては『疾風迅雷』に軍配が上がる。

 怒りという感情に左右されてしまう『疾風怒濤』の扱いは非常に難しく、風系統魔法に属する雷を安定して行使することができないため、一見すると下位互換のように思えてしまう。

 だが、不安定な面がある分、上振れした時の爆発力は『疾風迅雷』を遥かに凌ぐ。そのため、一概に下位互換とは言えないスキルとなっている。


 つまるところ、雷に特化し安定した『疾風迅雷』か、風に特化し不安定ながらも爆発力のある『疾風怒濤』か、違いはそれしかない。


 そして、最後にディアが注目したのは伝説級スキル『千古不抜』だ。

 これに関しては紅介が全く同じスキルを所持しているということもあって、ディアにとってみてもその脅威度はさておき、特段目を引くようなスキルでは本来ないはず。

 だが、ディアは『千古不抜』から、そこはかとない不気味さを覚えていた。


(わたしの視界に映ってる『因果反転』の能力が本当なら、この人の耐性や防御力は完璧と言っていいはず。なのに、どうして耐性と防御力を上昇させる『千古不抜』を持っているの? 先天性? それとも『叡智の書スキルブック』を使って偶然覚えた? ……わからない。けど、スキルレベルの高さを考えると、相当使い込んできたスキルと考えるのが普通。もし仮にそうだったとして、どうしてこの人は『千古不抜』を必要としているの……?)


 特殊な事例を除き、この世界でスキルを入手する方法は三つしかない。


 一つは生まれ持ったもの――先天的に宿ったものだ。

 誰一人として例外なく、この世界の人間はレアリティの違いこそあれど、最低でもスキルを一つ所持して誕生する。

 こうして生まれ持って獲得したものは先天性スキルと言われ、そのスキルを核に生命を維持するようアーテによってこの世界の新たなシステムとして組み込まれ、既に長い年月が経っていた。


 二つ目の方法は、『叡智の書』によるスキルの習得である。

 『叡智の書』とは、世界各地にあるダンジョンによって産み出された魔物を倒した際に極稀にドロップする希少価値の高いアイテムの名称だ。

 習得できるスキルはランダム。レアリティの高いスキルほど選ばれにくくなっているものの、習得したスキルによっては人生の大逆転が狙えるということもあり、一度市場に流れれば大都市の一等地に屋敷を建てられるほどの値がつけられる代物となっている。


 そして、三つ目の方法は後天的にスキルを発露させるというもの。

 その発露方法は様々で、努力や思想、置かれた環境等々、未だに確立されていない部分が多く、各国の研究機関で熱心に研究されているテーマでもあった。


 これら三つのスキル習得方法の中で、セレーメが『千古不抜』を習得するに至ったのではないかとディアが最も疑っているのは、三つ目の後天性スキルである。


 『因果反転』と『千古不抜』。

 この二つのスキルの能力を考えると、合理性のない組み合わせにしかディアには見えなかった。むしろ後天性スキルなのは『因果反転』の方だと思うのが普通なのかもしれない。

 しかし、ディアの考えは違った。


 人間より遥かに長い寿命を持つエルフならば、後天的に習得したスキルを上位アドバンスへ、英雄級へ、あるいは伝説級まで昇華させることも十分に可能だ。

 だが、神話級となると話は大きく変わってくる。

 竜族のように永遠に等しい寿命を持っているならまだしも、エルフの寿命はそこまで長くはない。加えて、神話級に到達できるスキルはディアが知る限り、極一部に限られており、なおかつスキル所有者の才能が際立っていなければ到達できない、まさに神話おとぎばなしのようなスキルなのだ。


 そのようなスキルを後天的に獲得できるとはディアには到底思えなかった。

 だからこそ、ディアは『因果反転』を先天的に、『千古不抜』を後天的に獲得したのではないかと考えたのである。


 結論として、ディアは見当外れかもしれないと思いつつも、『千古不抜』を不自然に所持しているセレーメに何か隠された手札があるのではないか、もしくは弱点があるのではないかと考えた。


 相手のスキル構成からそこまで読み解こうとするなど、今の紅介にはできない芸当だ。それをディアはこの世界の遷移を見届けた管理者――神としての知識を活用し、この短時間でやり遂げてみせた。


 しかし、情報から読み取れるのはここまで。

 ここから先は戦いの中で読み取っていくしかない。


(スキルとは異なる枠組みのわたしの権能なら『因果反転』を突破できるかもしれない……)


 確信もなければ自信もなかった。

 それでもこのまま睨み合っているだけでは埒が明かない。何より、シュタルク帝国軍がいつ背中を襲ってくるかもわからないのだ。うかうかしていられる時間などありはしなかった。

 マギア王国に来て以降、『時間』に苦しめられ続けてきたことからも、同じ過ちを繰り返すわけにはいかなかった。


 憤怒の炎を宿す翡翠色の瞳で睨み付けてくるだけで微動だにしようとしないセレーメに、ディアがついに攻撃を仕掛ける。


 『疾風怒濤』を持つセレーメに風系統魔法はほぼ意味をなさない。そうわかっていながらもディアはあえて風系統魔法を発動した。


 わざとらしく手のひらをセレーメに向けると、吹き飛ばすことだけに重点を置いた空気の塊を二発続けて射出する。


 四肢を切り裂く風刃にしなかったのは、『因果反転』を危惧してのこと。これなら仮に因果を反転されても吹き飛ばされるだけで済むという判断のもと、ディアは攻撃を仕掛けた。


 淡緑の空気の塊がセレーメに迫っていく。

 だが、空気の塊はセレーメに直撃する前に無色透明の反射の結界によって弾き返される。

 弾き返された空気の塊は、ディアが続けざまに放ったもう一発の空気の塊とぶつかり、相殺。その結果、周囲に暴風が吹き荒れた。


 セレーメの長いエメラルド色の髪が暴風に曝され、激しく靡く。

 やがて風が止み、乱れた前髪を鬱陶しそうに手で掻き分けると、つまらなさそうな瞳でディアを凝視し、こう言う。


「クソつまらねぇな。その程度か――よ!」


 仕返しとばかりにセレーメが乱雑に放ったのは殺意がひしひしと籠められた巨大な風刃。

 風切り音をまき散らし、ディアの胴体を真っ二つにせんと迫りくる。


 が、ディアには四元素魔法に対する絶対の耐性が備わっている。風刃がディアに直撃した瞬間、風刃は形を失い、そよ風となって霧散した。


「わたしには効かないから」


「そうかよ。なら次はテメエの番だ」


 挑発的な笑みを浮かべ、掛かってこいと手招きをするセレーメ。それに対してディアは挑発に惑わされることなく、冷静に次の一手を頭の中で模索する。


 が、その最中、突如としてディアの遠く離れた背後からプリュイの笑い声が響いてきた。


(――ダメっ!)


 そう思ったのも束の間、その想いが言葉になる前に、あろうことかプリュイは『氷神弓エーギル・ロセット』を引き絞ると、氷でできた矢をセレーメに向かって放っていた。


「くくっ――馬鹿が」

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