第589話 存亡を賭けて
王都ヴィンテルの南と東に堂々と布陣したシュタルク帝国軍は戦意を高め、今か今かとその時を待っていた。
開戦予定時刻は決まっていない。軍の指揮官を務める《
そんな《四武神》は今、王都の南東の外れで極少数の兵を各自引き連れ、王都攻略に向けた会談を行っていた。
椅子とテーブルだけが用意された小さい天幕の中にいるのは《四武神》の四人のみ。ドレックを含め、その他の者たちは天幕の外で待機を命じられていた。
眉間に皺を寄せ、明らかに不機嫌そうなエルフの美女が早々に議題を提起する。
「王都を落とすには、まず王都全体に張り巡らされているクソ厄介な結界をどうにかしなくちゃならねぇ。で、だ。結界の対処を、そこでウトウトしてやがるテメエに任せる」
船を漕いでいた群青色の髪を持つ青年が、エルフの美女の苛立ち混じりの声で意識を現実に引き戻す。
「んあ……? 何で僕がそんな面倒なことをやらなきゃならないのさ。人任せにしないでさぁ、自分でやれば?」
「あ? 私の力が結界の破壊に向いてねぇことくらいテメエのクソちっぽけな脳みそでもわかるだろうが」
いくらエルフの美女が強者と言えども、スキルには相性というものがある。
王都に張り巡らされている結界は、レーヴにて群青色の髪を持つ青年の手によって斃されたヨナタン・ストレーム魔法師団長が所持していた
その名の通り魔力を遮断するこのスキルは、対魔法系統スキルに対してまさに鉄壁。ただし、その効果が及ぶ範囲は伝説級以下のスキルに限られているため、それより上の
しかし、この結界の厄介なところは、結界そのものを打ち消すことの難しさにあるのだ。いくら結界を上回る強力なスキルを所持していようが、結界そのものに作用するスキルがなければ、外から結界を破壊することは困難を極める。
そして、エルフの美女が持つスキルは相性的に結界の破壊には不向きだったのだ。
「だったら爺さんにやらせればいいじゃん。爺さんなら余裕だろ?」
「ダメだ。クソジジイが今、出しゃばれば厄介な奴らを引き寄せちまう」
「はあ? 厄介な奴らって誰だよ、それ。もし本当にそんな奴らがいるなら、そいつらも殺しちゃえば良くない?」
「だったらテメエが相手をしてくれるか? ――
フラムの名前が挙がった途端、青年の顔つきがより怠そうなものへと変わる。
結界の破壊とフラムとの戦い。そのどちらが面倒なのかは考えるまでもなかった。
「はぁ〜……面倒くさっ。はいはい、わかりましたよ。僕が結界を何とかすればいいんだろ。だけど、僕の力でもあれほどの規模の結界を破壊するのは時間が掛かる。多少時間が掛かっても文句は言うなよ?」
「文句は言わねぇが、結界の一部だけに穴をあけることはできねぇのか? そこから兵たちを王都内に雪崩れ込ませた方がテメエにとっても楽だろう?」
「できなくはないけど、僕の力に触れた瞬間に死ぬよ? それでも構わないって言うなら好きにすればいいけどさ」
「……チッ、使えねぇな。テメエは敵味方の区別もできねぇのかよ」
「知っているだろう? 僕は昔からそういうのが苦手ってことをさ」
途中途中で少し無駄話をしてしまったが、これで大まかな方針が定まり、いよいよ本格的に王都ヴィンテルの攻略に乗り出そうとしたタイミングで、群青色の髪を持つ青年がふと思い出したかのように口を開く。
「そうそう、こっちの兵が全然足りてないんだよね。一万ちょっとくらいかな? だからさ、そっちの兵を少しでいいから分けてくれない?」
「あ? 何があった? 死んだのか?」
「勘違いしないでくれないかな。僕の足についてこれたのが騎兵くらいしかいなかっただけだから。何があったか詳しくは知らないけど、君たちがヘマをしてくれたお陰で僕たちが急がなくちゃならなくなったんだ。だから、君たちには僕に協力する義務があると思うんだよね。まぁ、何日後になるかわからないけど、そのうち集まってくるだろうし、それまでの間だけ貸してくれればそれでいいよ」
「……わかった。二万貸してやる。南に四万、東に三万の兵を置く。それでいいな?」
業腹だが、借りを作ってしまったことは事実。
貸し借りの清算を優先し、エルフの美女は二万の兵を貸し出すことに決めた。
「それじゃあ、面倒だけどそろそろ僕は仕事をしてくるとするよ。当初の計画通り、王族や貴族は全員殺しちゃってもいいんだよね?」
「ああ。それと、わかっているとは思うが、物損はなるべく控えろ。この国の魔法技術と研究成果が詰まっているヴィンテルを手に入れることが今作戦最大の目的だ。廃墟にしちまったら意味がねぇ」
「はいはい、わかってますよっと」
席から立った青年は、やる気がなさそうに手をひらひらと振りながら天幕を出ていく。それに付き添う形で人形のような銀髪の少女が黙々と後をついていった。
そして、天幕に残ったのはエルフの美女と、これまで珍しく一言も言葉を発しなかった
不自然なほど大人しかった地竜王に、エルフの美女が眦を吊り上げて問いただす。
「おい、クソジジイ。テメエ、何を考えてやがる」
「いやなに、少しばかし考え事をしておっただけじゃよ」
「気味がわりぃな。予め言っておくが、間違っても面倒事を起こすんじゃねぇぞ」
忠告ではない。これは警告だった。
これ以上の厄介事を引き起こすようであれば、ここまでほぼ順調に進んでいた計画が水泡に帰す可能性が出てきてしまう。
それだけは避けなければならないという強い思いからエルフの美女はわざわざ二人きりの時間を作ってまで警告を行ったのである。
しかし、地竜王は頷くことも否定することもなく、遠い目をしてこう言った。
「……さてのう。それはあちらさん次第じゃろうて」
―――――――――
銀色に輝く甲冑と青の外套を身に纏い、完全武装を整えた国王アウグストは、護衛を申し出たカイサ・ロブネルと極少数の近衛騎士を伴い、玉座の間にて一報を待っていた。
王妃エステルと王女カタリーナには別室にて待機を厳命してある。
それはある種のアウグストの意思表示だった。エステルとカタリーナを戦場に出すつもりはないという強い強い意思表示だった。
最愛の妻と娘を、自らが招いた失態で喪いたくないという想いも当然多分に含まれていたが、待機を命じたのはそれだけが理由ではない。
優秀な魔法師であるエステルもそうだが、それを遥かに上回る天賦の才を持っているカタリーナが戦場に出てしまえば、兵たちも王女であるカタリーナを守るために無理な戦闘を強いられ、余計な犠牲が増えてしまう可能性が高いと踏んでいたからだ。
王族を守ることに気を回すあまり、戦場での連携やシュタルク帝国軍との戦闘に支障をきたしてしまっては本末転倒もいいところ。戦場に余計な混乱を生じさせないためにも待機命令を下していたのである。
(血気盛んな節があるリーナが大人しく言うことを聞いたのは少し気掛かりではあるが、今はそれよりも……)
その時だった。
重厚な造りをした玉座の間の扉がゆっくりと開かれ、一人の騎士が立ち入るや否や、膝を床につき、深々と頭を下げた。
「報告致します。東に布陣したシュタルク帝国軍が攻撃を開始。それに伴い、反撃を開始しております」
落ち着きのある騎士の声を聞き、火急の事態に陥っていないことをアウグストは悟る。
「結界の方はどうなっている?」
「――はっ、損傷は軽微であり、現在は結界の修復と維持に努めております」
「あの結界に損傷を与えるとは、流石はシュタルク帝国と言ったところか。よし、そのまま結界の維持を最優先とせよ。ありったけの魔石と魔法師を動員し、結界への魔力供給を怠るな。現場の指揮は現状のまま各指揮官に任せる。臨機応変にシュタルク帝国軍の動きに対処させるのだ」
報告を終えた騎士が玉座の間を去り、暫しの沈黙が訪れる。
そんな沈黙の中、カイサは神妙な面持ちで別室で待機している教え子のことを――協力者のことを考え続けていたのだった。
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