第583話 燃え盛る炎

 フラムと地竜王アース・ロードの戦いは防御を度外視した力と力のぶつかり合いになっていた。


 フラムの武器は召喚した黒き大剣――竜王剣。フラムが片手で軽々と振るうと、剣身から禍々しい色をした黒炎が放たれ、周囲一帯を焼き尽くしていく。


 対する地竜王の武器は鈍く金色に輝く飾り気のない一本の戦鎚。地竜王の背丈ほどの大きさを誇るその戦鎚は一度地を叩きつけるだけで大地を叩き割るほどの威力を誇っていた。


 この二人の戦闘に巻き込まれた死者は既に一万に迫りつつある。今はその余波から逃れるためにシュタルク帝国兵は二人の戦いを遠巻きに眺めていた。


 竜王剣と戦鎚が轟音を立て、ぶつかり合う。

 そこに駆け引きや技などはない。己が力を押し付け合うだけの戦いだ。

 目にも留まらぬ速さで繰り出されるフラムの剣撃に地竜王は戦鎚でその全てを叩き落とす。

 地竜王からしてみれば、あわよくば竜王剣を叩き砕きたいところではあったが、現状ではフラムの剣速に追いつくだけで精一杯。それどころか、竜王剣から迸る紅蓮の炎の対処に間に合っていなかった。


 ジュッと音を鳴らし、地竜王の巌のような肉体が黒ずみ、炭化していく。だが、それらの焼け焦げた怪我はドレックの『災禍のディザスター・シールド』によって転嫁され、瞬く間に怪我をなかったことにした。

 だが、地を這うように下段から振り上げられたフラムの神速の一撃への対応が遅れてしまう。

 地竜王の分厚い太腿が容赦なく斬りつけられた。


 ほんの僅かに血飛沫が上がる。が、それだけ。

 本来ならば竜王剣を通して伝わってくるはずの斬った感触がフラムにはまるでなかった。まるで空を斬ったかのような感覚だった。

 地竜王は火傷を負った時と同様に『災禍の盾』による効果で斬撃をドレックに転嫁していたのだ。


 空振りしていないにもかかわらず、あたかも空振りをしたかのような感触を覚えたフラムに一瞬の隙が生じる。

 がら空きになった横っ腹を目掛け、戦鎚が襲い掛かる。

 肉を抉り、骨を叩き砕く剛の一撃は、いくらフラムが頑丈とはいえ、直撃をしてしまえば決して無傷では済まないほどの威力を秘めていた。


 柄をしならせ、加速して迫る戦鎚。

 それに対してフラムは竜王剣を手元まで強引に引き寄せ、柄頭を叩きつけることで戦鎚を見事に止めてみせた。


 手のひらから骨身にまで伝わってくる激しい衝撃。全身が痺れるが、フラムは構うことなく次の一撃を放ち、地竜王がそれを迎え撃つ。




 そのようなことを繰り返すこと約十分。

 傍から見れば、二人の戦いはまさに互角の様相を呈しているように見えたことだろう。

 しかし、実際は異なる。

 その事実を誰よりも理解しているフラムが鍔迫り合いをしながら口元に獰猛な笑みを浮かべ、言う。


「肉だるまにしてやるつもりだったが、よく耐える。いや、耐えてもらっていると言った方が正しいか?」


 フラムは今もなお、地竜王が無傷でいられているその理由を、トリックを知っていた。知っていてもなお、執拗に攻撃を続けていたのはドレックの魔力切れを待っていたからに他ならない。


「――がっーはっはっはっ!! 儂にはもったいないほどできた奴じゃよ、ドレックは。あやつの魔力量は地竜族の中でも頭三つは抜けておる。魔力量だけを見れば、儂でも到底敵わぬじゃろうなぁ」


「臣下に世話をしてもらわなければ、満足に戦えないのか? 少しは自分のことは自分で何とかして見せろ。それが王だろうが」


「火の者らは全くわかっておらぬ。強さだけが王の資質ではないということをな。それは人間の王とて同じじゃ。王が国一番の強者である国がこの時代のどこにあるという? 文明がある程度発達したこの時代に強さだけで長を決めるのは知恵の回らぬ獣くらいじゃろうて。王に必要なものは一定の知恵と求心力、そして統率力と魅力じゃよ」


 地竜王は意識的に論点を『王の資質』にすり替えていた。

 真っ向からの一対一では分が悪いことを十分過ぎるほどに理解していたからだ。

 実のところ、ドレックのように身体を金属に変化させることもできた。しかし、動きやすい人間の靭やかで軽い肉体を捨て、丈夫だがその分動きが鈍くなる金属の身体に作り変えてしまえば、圧倒的な速さと万物を滅せうる火力を併せ持つフラムに対抗できなくなり、ジリ貧になっていずれ敗れてしまう。

 故に、ドレックは防御力に頼った戦いをせずに、防御面をドレックに頼ることで攻撃に専念していたのだ。


 だが、こうまでしてもフラムには届かない。

 歴代最強と謳われているフラムの力はドレックの予想を遥かに上回っていたのである。


「戯れ言を。血筋だけで王を決めてきた貴様らがそれを言うのか? そもそも明確な数値で測れないものに一体何の価値がある? 一族を守る絶対の力こそが王に必要なものだ」


「時代錯誤も甚だしいのう」


「貴様のようなジジイに言われたくはないぞ」


 鍔迫り合いをやめ、互いに距離を取る。

 まだ互いに全力とは程遠い戦闘だったとはいえ、今の状態では明らかにフラムが有利。万が一にも地竜王に勝ち目はなかった。


 純粋な近接戦闘では分が悪いと判断した地竜王だったが、かと言って今この場で全力を出すことはできない。大規模戦闘も避けなければならなかった。


 その理由は一つ。

 シュタルク帝国兵という重荷を失わずに抱えて戦わなければならないからだ。

 なるべく損害を出さずに戦わなければならない地竜王に対し、フラムに制限はない。むしろフラムからしてみれば大規模戦闘は望むところ。地竜王諸共侵略者共を排除できるのだ。最高の条件が整うと言っても過言ではない。


(小細工が通用する相手ではないしのう。はて、どうしたものか……)


 死者だけでも既に一万近い被害が。怪我人を含めれば二、三万人もの被害が出ている。

 もしこれ以上の被害を出して何とかフラムを倒したとしても、大局的な視点で考えればそれは敗北にも等しい。

 そもそものところ、今作戦の目的はフラムの排除ではなく、マギア王国の滅亡と人的資源の確保にあるのだ。占領下に置くためにもシュタルク帝国軍は必須。これに関してはいくら個の力が秀でていようが、意味はない。数の力が絶対的に必要不可欠なのである。


 地竜王の視線が遠巻きに見守ってくるシュタルク帝国兵たちに一瞬向けられる。そんな僅かな視線の移動にフラムが気付かぬはずがなかった。


「どうした? お仲間が気になって仕方がないのか? ふむ、例えばそうだな――」


 そう言いながら視線を動かしたフラムの黄金の瞳が捉えたのは、一見すると戦闘の余波によってボロボロな格好になった一人の男。一人で立っているのがやっとといったような状態だった。


 そんな姿の男が次の瞬間、業火に包まれ、声すら上げられずに灰となって消え去る。

 当然、その周囲にいたシュタルク帝国兵たちは動揺に包まれ、大混乱に陥るが、地竜王だけは密かに奥歯を強く噛み締めるだけで特段慌てるような素振りを見せず、フラムに尋ねた。


「……気付いておったのか?」


「当たり前だ。逆に訊くが、この私が気付かないままでいるとでも思っていたのか? この軍に地の者が紛れ込んでいることに」


 そう……フラムが今しがた消し去った男の正体は地竜族であった。

 瀕死に見せかけていたのはあくまでもフェイク。虎視眈々とフラムの隙を狙っていたのである。

 だが、その殺意と瞳に籠められた戦意が仇となり、フラムに正体を掴まれる原因となってしまっていた。


 そして、また戦場に火柱が立ち昇る。

 フラムが持つ伝説級レジェンドスキル『灰塵パーガトリー煉炎・フレイム』が、軍に紛れ込んでいた地竜族を見つけては次々と灰に帰していく。

 火柱を立てる必要がないのに、あえて火柱を立てたのは見世物にすることで地竜族を混乱の中から炙り出し、更には地竜王の反応を見るためであった。


 四つ、五つと続々と火柱が上がっては消えていく。

 だが、フラムがその手を緩めることはなかった。

 六人目を見つけ、『灰塵煉炎』を発動する――が、『灰塵煉炎』はフラムの意思に反して不発に終わる。否、それどころか使用者であるフラムに襲い掛かった。


 万物を灰と帰す超高熱の炎がフラムを包み込む。

 それは服を、髪を、皮膚を、骨をも焼き尽くす絶死の炎。だが、火を司る竜族の王たるフラムの前では如何なる炎でさえも意味を成すことはなかった。

 軽く手で払い除けるかのような仕草一つでその身を包み込んでいた炎が霧散し、無傷のフラムが姿を現す。


 突如、絶死の炎が襲い掛かってきたにもかかわらず、フラムに動揺も焦りもなかった。彼女の瞳の奥にあったものは唯一つ。それは怒りだ。


「ジジイの仕業ではないな。何者だ、出て来い」


 そんなフラムの呼び掛けに応じ、一人の口が悪いエルフの美女が人波を割って姿を現す。


「――クソが。私の評価に関わるんだ。これ以上は殺させる訳にはいかねぇんだよ」

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