第582話 破壊と再生

 地は爆ぜ、炎は渦を巻き、空高く昇っていく。

 綺麗に整備された街道は今となっては見る影もなく、石畳が剥がされ大地を剥き出しにしていた。

 周囲一帯には吐き気を催すほどの脂と肉が焼け焦げた悪臭が充満している。黒墨の像があちらこちらに転がり、風に吹かれる度にその原型が失われていく。


 紛うことなくこの地は――地獄と化していた。


 戦闘開始直後から全身をオリハルコンに変換したドレックとイグニスが対峙していた。


 ドレックは『王ノ盾』と呼ばれているその二つ名に相応しく、防御能力に特化したスキルを多数所持している。だがその反面、攻撃能力にはやや物足りないものがあり、攻め手に欠いていた。

 無論、物足りないと言っても、あくまでも相手が同格……あるいはそれ以上の存在だからこその話だ。人間は勿論のこと、竜族の中でもドレックの攻撃能力は決して劣っているわけではない。


 しかし、イグニスはそこらの竜族とは格が違う。他の竜族にはない炎竜族だけの徹底的な実力至上主義によって、第二位の地位まで辿り着いたイグニスの実力はフラム以外の竜王にも決して引けを取らない。

 とはいえ、スキルの相性次第ではイグニスを倒し得る者もいるだろう。だが、イグニスとドレックの相性は良くも悪くもなく普通。ドレックがイグニスを倒すことは困難極まりない反面、ドレックもその自慢の防御能力でイグニスの苛烈な攻撃を何とか耐えることができていた。


 しかし、裏を返せば耐えることしかできていないのが現状だ。

 ドレックに向けて放たれた煉獄の炎が後方で武器を構えて待機していたシュタルク帝国兵を焼き払う。

 新たに黒墨の像が出来上がる。これで既に三度目だ。今の一瞬で数百人にも及ぶ死者が出てしまう。だが、ドレックには自軍の兵を守ってやらほどの余裕はなかった。

 

「俺と戦っておきながら片手間で人間共を殺さないでくれませんか――ねっ!」


 無数の鋭利な金属の針が四方八方からイグニスを襲う。だが、その程度の攻撃を貰うほどイグニスは弱くはない。金属を蒸発させるほどの高熱を持った炎でその全てを焼き尽くす。

 

「片手間など、とんでもございません。本気で殺していますので」


「それはそれで容赦なさ過ぎじゃないですかね?」


「容赦? 容赦をする必要性が感じられません。紛いなりにもここにいる者たちは軍人です。よもや自分たちは殺す側であって、殺されることはないと高を括っていたのでしょうか? もしそうでしたら、それは些か甘い考えだと言わざるを得ません」


 既に千人近くの人間を殺しているにもかかわらず、表情一つ崩さずに淡々とそう言いのけたイグニスを見て、ドレックは再認識する。


(王が脳筋なら従者もまた脳筋ってことか。どうして火の奴らはこうも戦闘狂ばっかなんだよ……。これじゃどっちが悪者かわかったもんじゃないな)


 ドレックはわかっていた。客観的に見ると、自分たちが悪で向こうが善であることを。

 竜の約定を破っているのだ。グレーゾーンにいると見せかけることで何とか誤魔化そうとしていたが、もしこれが逆の立場であったなら、ドレックも約定破りだとその者たちを糾弾していたに違いない。

 それでもドレックが竜の約定を破ってでも地竜王アース・ロードに従っているのはそれを己が王が望んだからだ。尊敬と崇拝している王にどこまでもついていくのが従者として、そして右腕としての務めであるとドレックは信じて疑っていなかったのである。


 現状は圧倒的不利。

 戦闘の余波だけで死にゆくシュタルク帝国兵をどうにかしなければ、被害が更に拡大していってしまう。されど、今のドレックに気をかける余裕など微塵もない。

 イグニスの苛烈な攻撃の数々もそうだが、それ以上に『王ノ盾』として、とあるスキルによって地竜王のダメージを身代わりしていることがドレックを苦境に立たせていたのだ。


 ドレックが『王ノ盾』という二つ名を持つ由来となったスキルの名こそ伝説級レジェンドスキル『災禍のディザスター・シールド』。


 その効果は対象を任意で選択し、対象が受けたダメージを軽減した上で自身が受け持つというもの。ちなみに、そのダメージ軽減率は自由自在となっており、今は七〇パーセントに設定している。

 ダメージを受ける箇所は対象がダメージを受けた箇所と連動するようになっていおり、対象がどの箇所にダメージを負っているのかリアルタイムでわかるようになっているのだ。


 使い手を非常に選ぶスキルとなっており、治癒魔法や頑強さを持つ者でなければ使い道が極めて限定される能力になっているが、地竜族が元来持っている高い防御力と再生能力に長けたドレックに限れば、王を守るためにこれほど有用なスキルは他にないと言っても過言ではないだろう。いや、むしろこのスキルを持っていたからこそ、ドレックは地竜王の右腕として存在しているとも言える。


 間髪なく放たれていた攻撃の雨が何故か止み、ドレックが一息つく――が、その時だった。


「なっ――」


 身体のバランスが突如崩れ、ドレックはぐらりと体勢を右に傾ける。即座に右足を強く踏み込みバランスを整えようとするが、ドレックの意思に反してそのまま地面に倒れ込んでしまう。


「おやおや、どうやらご自身の力が仇となってしまったようですね」


 そう言い見下ろしてくるイグニスを無視し、事態の把握に急ぐ。

 そして、一秒にも満たない時間でドレックは右足を失っていることに気付く。それが意味することは一つだ。


「まさか……」


 ドレックの右足を奪ったのはイグニスではなく、地竜王と戦うフラムだった。地竜王が受けたダメージがドレックに転嫁され、許容量を超過した結果、彼は右足を失ってしまったのである。

 とはいえ、所詮は右足を失っただけ。すぐに再生すればドレック自身にとっては何ら問題とはならない。

 切断面から土でできた足を生やし、すぐさまオリハルコンで固める。が、再生が完了した途端、またしても右足が砕け散った。


(まずいまずいまずい!!)


 その後も幾度と右足を再生させるが、数秒と持たずに砕け散ってしまう。

 ドレックが再生に失敗したわけではない。『災禍の盾』が地竜王のダメージを転嫁させていることは明らかだった。

 故にドレックは背中に冷たい汗を流しながら激しい焦燥感に駆られる。何故ならば、ドレックが再生を止めたその時、己が王の右足が消し飛ぶことを意味するからだ。


「同情致します。弱き王を支えなければならない貴方様の境遇に」


 そう言ったイグニスの瞳は酷く冷めていた。

 叛逆者の身に堕ちただけではなく、血筋だけを重視した弱き王と、それを守らんと奔走する者がくだらなく、そしてつまらなく見えていたのだ。


 度を越したイグニスの言葉。それに対し、ドレックは憤るわけでもなく鼻で笑い、こう言った。


「どうも勘違いしているみたいなんで教えてあげますけど、俺たちの王も十分強いですよ。たぶんですけど、どうせ俺がダメージを受けくれると思って好き勝手に戦ってるんじゃないですかね。はぁ〜……。もう少しくらい俺の身を考えてくれないかな、本当に」


 わざとらしいほど大きく肩を竦めたドレックは轟々と火柱が立ち昇る、己が王が戦っている場所を横目で確認するや否や、地べたに座り込んだまま突然大声で叫んだ。


「――シュタルク帝国軍に告げる!! 雑魚は邪魔だ!! 死にたくなければ引っ込んでろ!!」


 その一声を耳にしたシュタルク帝国軍は一部の兵を残し、隊列を乱しながらも迅速に後方へと下がっていく。


「よろしいのですか? 貴方様の王は数の力を侮るなと仰っていましたが」


「これ以上兵を削られるわけにはいかないんでね。それに、王の言葉を反故にしたわけでもないですし。ほら――」


 ドレックの言葉に誘われるようにイグニスが周囲を見渡すと、そこには五十人ほどのシュタルク帝国兵が撤退せずに残り続け、武器を、魔法をイグニスに向けて構えていた。


「なるほど。戦える者だけは残したというわけでございますね」


「全員が全員、有象無象の雑魚ってわけじゃない。力を合わせれば、たとえ相手が『万能者』でも、少しくらい時間を稼いでくれんじゃないかと思いましてね」


 そう語っている最中にも、ようやく右足の破壊が止まったかと思いきや、次は左腕を、その次は左足をと次々と四肢が失われ、その度に再生を繰り返していた。


 手足が失われていくのだ。まともに戦える状況ではないことは火を見るより明らか。ならばこの破壊と再生が終わるその時まで時間をシュタルク帝国兵に稼いでもらおうとドレックは画策したのである。

 無論、これは一か八かの賭けなどではない。一定の目処が立っている作戦だった。


(確かにこれは少し時間が掛かってしまいそうですね)


 戦場に残った約五十人のシュタルク帝国兵を観察していたイグニスが心の中でため息を漏らしそうになる。


 幾万もの人の臭いで気付かなかったが、実はこの残った約五十人のシュタルク帝国兵の中に地竜族が混ざっていたのだ。


 その数は七。

 この中に上位者ほどの力を持ち合わせている者はいなかったが、人化できていることからもわかるように、七人全員がある程度の力を持っていた。


(……仕方ありません。大変面倒ですが、まずはこの者たちから片付けるとしましょうか)


 こうしてイグニスはドレックを始末するよりも先に、面倒な仕事を一つ片付けなければならなくなってしまう。


 一方、フラムと地竜王の戦いはドレックの『災禍の盾』のお陰もあり、均衡を保ちながらも苛烈なものとなっていた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る