第571話 国家の正常化
紅介たちがガイストを倒し、人払いの結界が破れた白銀の城には活気が――いや、大混乱が生じていた。
ガイストによって精神汚染を受けていた大臣や貴族などの主要人物たちは欠けた記憶を補おうと、国王アウグストのもとに集った。そこで急遽臨時会議が開かれることになり、マギア王国を取り巻く現状の把握と侵攻を続けるシュタルク帝国への対応策に全員が頭を抱え、議論は平行線を辿っていた。
会議に参加した数はおよそ五十人。大臣や副大臣、貴族はもちろんのこと、少数ながらも一部の騎士も参加している。
つまるところ、ある程度の権力と発言力を持った重鎮たちが集う会議だ。
そんな中に一人、他の参加者よりも一回りも二回りも年若い、少女と女性の狭間を漂う者が居心地悪そうに会議に参加していた。そう、それはこの場にいる誰よりもマギア王国の悲惨な現状を知るカタリーナだ。
アウグストに会議への参加を要請され、それを快諾。そしてカタリーナは会議が始まって早々、彼女が知る限りの情報を簡潔に伝え、その情報を手掛かりに議論を進めていくことになった。
ちなみにエステル王妃は余程疲労や心身に負担が残っていたのか、未だに眠ったまま。私室で近衛騎士と治癒魔法師に見守られながら、深い深い眠りについていた。
城内一の広さを誇る大会議室には熱気と絶望が渦巻く。
既に会議が始まってから早二時間。議題は一つに絞られていた。
「この戦争に勝機はない! 今すぐにでもシュタルク帝国に使者を派遣し、戦争の終結交渉を行うべきだ!」
「何を仰っているのです! 経緯はどうあれ、此度の戦争はマギア王国が仕掛けたもの。勝利を目前としているシュタルク帝国が今更そのような交渉に耳を傾けるはずがないでしょう!」
「貴様こそ何を言うか! 我々は嵌められたのだぞ! この戦争はラーシュ・オルソン……いや、ガイストなる者が巧妙に仕組んだ罠だったのだ! まずは周辺国にこの事実を伝え、シュタルク帝国の悪行を暴くべきだろう! 正義はこちらにある!」
「無駄ですよ……。我が国の内務大臣だった者がシュタルク帝国の諜報員であった証拠など、先代のオルソン侯爵亡き今、そう簡単に見つかるとはとても……。それどころか、そのような証拠など、どこにもありはしないのではないかと……」
ある者は鼻息を荒くし、顔を朱に染め、またある者はため息を繰り返し吐き出し、顔を青く染める。
議論は真っ二つに分かれていた。
玉砕覚悟の徹底抗戦派と、抵抗を諦めてある程度の痛みを甘受しようとする降伏派の二つに。
戦局は非常に悪い。にもかかわらず、徹底抗戦を主張する者が多くいるのは、この会議室に領地持ちの貴族が多数参加していたからに他ならない。
戦争に敗れれば領地を失うことは自明の理。とはいえ、それだけならまだマシな方だろう。シュタルク帝国軍は一般市民に対しては略奪も虐殺も凌辱もせず、平和的かつ迅速に領土を拡大し続けている一方で、その地を治める貴族や武器を持つ者に対しては一切の容赦がなかったのだ。
この会議が開かれてからも、既に何人もの貴族の死亡報告が上がってきているのが、その何よりの証拠だった。
そしてまた会議室の扉が開かれ、息を切らした伝令の者から報告が、凶報が飛び込んでくる。
「し、失礼いたします! モルバリ伯爵領、鉱山都市タールが陥落!! 繰り返します! モルバリ伯爵領――」
「なっ――!?」
「馬鹿な!?」
その報告はこの場にいる者全てにとって、まさに青天の霹靂だった。
ガイストによって精神汚染を受けていた頃に開かれた会議の議事録には決戦の地をレーヴ伯爵領『レーヴ』と定めたと記録してあり、事実、シュタルク帝国軍はレーヴを目指し、進軍しているという情報をこの会議が開かれてからの短時間で掴んでいた。
だが、決戦の地とされるレーヴの進路上にモルバリ伯爵領はない。つまりシュタルク帝国軍は白銀の城が混乱に陥っている間に軍を二分化し、片方はレーヴに向かい西へと、そしてもう片方は南下をしていたということになる。
王都ヴィンテルを南から攻め落とそうという魂胆が馬鹿でもわかるほど丸見えだった。
しかし、わかっていても止める手立てがない。
既に戦力の大半をレーヴに回してしまっているのだ。王都に残っている兵をかき集めても精々三万がいいところ。数にもよるが、圧倒的な軍事力を誇るシュタルク帝国軍を相手にするには、たったの三万程度ではいくらなんでも荷が重すぎる。
会議室にいる面々の悲観的な視線がアウグストに集まる。
徹底抗戦を主張し続けていた者たちも、ここまで状況が悪かったのだと知ったからなのか、一目見てわかるほど戦意が萎れていた。
絶望の色に染まった視線を受け、アウグストが重い口を開く。
「北や西からの増援は?」
戦況等の情報を取り纏める大臣に視線を送り、返事を待つ。
「北に領地を持つ貴族のほぼ全ては懇意にしていたフレーデン公爵と共に戦地へと向かい……既に討ち死にしております。ですので、これ以上の増援を期待することは難しいかと。西に関しましては遠方に領地を持ついくつかの貴族の軍や私兵が王都に向かって進軍中との情報がございます」
「数は?」
分厚い書類の束を必死に捲り、アウグストの問いに答えていく。
「五万弱とのこと」
「合わせて八万程か。厳しい、か……」
アウグストはシュタルク帝国軍を過小に評価するような愚王ではなかった。
王都ヴィンテルは魔法先進国の首都に相応しい魔法要塞だ。
王都全体を半球状に包み込む大規模な結界は魔法研究の粋を集めた技術と努力の結晶であり、外からの害意ある魔法系統スキルを無効化する力を持っている。
加えて、王都をぐるりと囲う外壁は鉄とミスリルを混ぜた合金でできており、まさに鉄壁そのもの。魔法的にも物理的にもほぼ完璧と言っていいほどの堅牢さを誇っている。
だが、それでも世界最強の軍事力を誇ると称されているシュタルク帝国軍に通用するかどうかはわからない。王都ヴィンテルの防衛力に驕った結果、容易く足元を掬われるかもわからない。
(籠城戦を行うにしろ、王都は広い……広すぎる。故に最低でも後二万……計十万は必要となってくるだろう)
「鳥を飛ばし、各地に増援要請を行い、兵を掻き集めるのだ。我らマギア王国はここ王都ヴィンテルにてシュタルク帝国軍を迎え撃つ」
国王たるアウグストの決定に異を唱える者はいなかった。いや、生き延びる術がそれしかないのだと、この場にいる者全てが頭の中で理解していたのだ。
「「――はっ!! 御心のままに!!」」
「おそらく籠城戦が想定される故、それぞれが持つパイプを存分に利用し、商人から食料や武器など可及的速やかに買い集めよ。無論、資金は王家が持つ。金に糸目を付けず集められるだけ集めるのだ」
心の中のメモ帳に一言一句を書き留める臣下たちに、アウグストは更に言葉を続ける。
「冒険者にも助力を仰ぐのだ。今は一人でも人手が欲しい」
「お父様……それは……」
バツの悪そうな表情をカタリーナが浮かべる。
それもそのはず、冒険者をマギア王国から追い出してしまったのは他の誰でもなくカタリーナたち『義賊』なのだ。
中立を謳う冒険者ギルドの性質上、冒険者を強制的に戦争に加担させることはできない。しかしそれはあくまでも強制ができないというだけであり、自主的に国家に肩入れしてくれる冒険者も少なからずいるだろうこともまた事実。
だが、その芽のほとんどをカタリーナたちが摘んでしまった。空回りをしてしまった結果、そうなってしまったというだけの結果論的な話だが、それでも激しい罪悪感がカタリーナの心を蝕む。
明らかに表情を暗くしたカタリーナに対し、隣に座るアウグストが娘だけに聞こえる声で囁く。
「……気に病むことはない。元より私の不甲斐なさが引き起こしたものだ。お前は十分良くやってくれた」
久方ぶりに聴く父の優しげな声に、カタリーナは思わず涙を零しそうになるが、グッと堪えて居住まいを正す。
顔を上げた時にはもう彼女の表情からは負の感情が綺麗サッパリ消え去っていた。
その一方、アウグストは心の中で一人想う。
(本当に強く、聡明に育ってくれた。愛しの我が娘よ……)
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