第567話 青年の名
美しく、そして獰猛に輝く黄金の瞳が執事服の青年を捉える。
「近頃、私の周りでよく
地竜族を土竜と呼称することは侮蔑の意味以外の何物でもない。殺し合いに発展しても何らおかしくはないフラムの挑発じみた発言に、執事服の青年ことドレックは頬を引き攣らせることしかできなかった。
――ドレック。
その名を知らぬ竜族は幼子を除いて誰もいないであろう大物だ。その知名度たるや
地竜族第二位の地位にして、
そんなドレックと対峙するフラムの泰然自若とした態度はまさに王そのものだ。
動じることも、臆することも、ましてや媚びることもない。
己が絶対的強者であることを自負し、またそれを信じて疑うこともない。
他の竜族とは違い、炎竜族の王は血筋ではなく、強さのみで決められる。そうした背景によって裏付けされた実力がフラムを最強の竜王たらしめていることをドレックは知っていた。
「さあ? 地竜族全員の行動を把握しているわけじゃないんで、俺にはさっぱり。それよりもお久しぶりですね、フラム様」
ドレックは努めて平静を装い、しらを切る。まるで心臓を鷲掴みにされたような圧迫感に苦しめられながらも、平静を取り繕うことで余裕があることをアピールする狙いもあった。
「白々しいな」
僅かに途切れた会話の隙間を利用し、ドレックは人生史上最高に頭を高速回転させる。
(どうしてここに
大きく息を吐き、パニックになっていた心を落ち着かせる。
今ならまだ間に合う。直接的な敵対宣言をした覚えがドレックにはないし、疑うようなフラムの眼差しからして、まだ
喉をゴクリと鳴らし、ドレックは笑みを作る。
「どうやらあの者共はフラム様のお知り合いのようですし、ここは手を引かせてもらいます。どうですかね? これで手打ちとするのは」
『義賊』を追い、殺そうとしていたことは状況から鑑みて、筒抜けになっていると思って間違いない。この件に関してはもう言い繕えないと判断したドレックは、手を出さないことを条件にフラムに見逃してもらおうと画策したのである。
だが、フラムはそう甘くはない。
あたかもドレックに優位性があるような言い草と条件の提示にフラムが納得をするはずがなかった。
「手打ち? 貴様が手を引くことで手打ちになるとでも? そもそも私がここにいる時点で貴様があの者たちをどうこうできるわけがない。違うか?」
「……」
否定のしようがない事実を突き付けられてしまった以上、返す言葉がなかった。ましてや相手はフラムだけではない。山頂で今も虎視眈々とドレックを狙う存在がいるのだ。当然ながら、ドレックに鼠を追い回す余裕などあるはずがなかった。
無言を貫くドレックに、フラムは冷淡な口調で選択肢を提示する。
「選べ。洗いざらい
「地竜族の情報? はて、一体何のことで――」
ドレックがわざとらしいほど首を大きく傾げたその時だった。フラムが右手を軽く挙げると、山頂がきらりと一瞬輝き、そしてドレックの右腕が吹き飛んだ。
「チッ……」
不愉快極まりない尋問と、無慈悲な攻撃にドレックは舌打ちと共に眉を顰め、フラムと山頂を交互に睨みつけつつも、すぐさま右腕を生やし、次撃に備えることも忘れない。
「で、どうする? 少しは喋る気になったか?」
目の前でドレックが右腕を吹き飛ばされたというのに、フラムは眉一つ動かさず、ただ淡々と語り続けるだけ。そこに感情というものは一切介在しない。その様子はまるで殺戮兵器ないし、暴力の化身のようだった。
(ただでさえ一対一でもかなり厳しいっていうのに、山頂にもヤバいのがいるとなると、勝ち目は皆無。なら逃げるしかないんだが、俺……足にはあんま自信がないんだよなぁ……)
まるで一対一ならば勝機があるとでも言いたげな心の声。
事実、ドレックは例え最強と評される炎竜王が相手であろうとある程度なら戦える自信があった。
長きに渡り地竜王を支えてきた実績は伊達ではない。限りなく勝ち目は薄いが、それでも死ぬ気で戦えば一割近い確率で勝てるのではないか、とドレックは見積もっていた。
右腕を襲った衝撃によってドレックはここに来てようやく目を醒ます。そして、緊張も混乱も収まったところで腹を括った。
(はぁ……仕方ないか。追いかける側が逃げる側に回るなんてあまりにも滑稽過ぎるが、今ここで戦っても勝ち目はないし、お暇させていただくとするかねぇ……。フラムがいたと報告すれば鼠を逃したことに対しても言い訳が立つし)
アクセルを逃してしまったことからわかるように足には自信がなかった。されども足が遅いことと逃げ切れるか否かは決してイコールではない。それにドレックにも援軍がいるのだ。まだ多少距離はあるだろうが、シュタルク帝国軍と合流さえしてしまえば、この窮地から脱することができる。
(大丈夫だ。どうせ殺そうとは思ってないだろうし。たぶん……)
フラムの鋭利な眼差しを軽く受け流したドレックは何も言葉を返さず即座に踵を返し、地を蹴った。
「それが貴様の答えか」
背中からそんな声が聞こえてくるが、無視を決め込む。
木々を避けていては追いつかれる。チリ紙のように軽々と木々を薙ぎ倒し、走る。
逃げ走る間にも土系統魔法を常時足元で発動。ドレックが地面を蹴ると、途端に大地が波紋を浮かべ、追手の足を絡め取る泥濘と化す。
一歩、二歩と翔ぶように山を、森を、駆けていく。が、次の瞬間、一筋の光がドレックの背中を貫通し、背と胸にぽっかりと大穴をあけた。
「――ッ!!」
尋常ならざる衝撃によってドレックは地を激しく転がるが、すぐさま立ち上がりまた走り出す。
背後から心臓を貫く強烈な一撃。
だが、そんな大傷と反して出血は僅かだった。ドレックは背後からの一撃を予期していた。故に、攻撃を食らった瞬間から即座に欠損を再生し、出血を最小限に抑えることができたのである。
怪我どころかその身に纏う執事服まで完璧に再生したドレックだったが、地を転がった僅かな時間のロスでフラムに追いつかれてしまう。
炎を纏った手刀がドレックの首筋に吸い込まれていく。
「危っ!」
金属化した右腕で手刀を叩き落とし、事なきを得る。その代償に右腕を焼き落とされてしまう。
これで右腕を落とされるのは三度目だ。痛みはないし、魔力にもまだまだ余裕はあるが、そう何度も腕を落とされるのは気分がいいものではない。何より、急に腕を失うと身体のバランスが悪くなり、逃げ足が遅くなってしまう。
四度目は勘弁だとばかりにドレックは右腕を鈍く金色に輝く超硬度を誇るオルハリコンに置き換える。人間の姿とはややかけ離れてしまうが、見栄えを気にしている余裕はなかった。
(あー……ホント、嫌になる。なんで俺がこんな目に……。でも、予想通りフラムは俺を殺すつもりはないらしいな)
心に余裕が生まれてくる。
フラムの攻撃は苛烈極まりなく、その一撃一撃は信じられないほどに重かった。しかし、それだけだ。そこに工夫や殺意はなく、単調な攻撃が繰り返されるだけ。
じわりじわりとドレックの体力や魔力を削ろうという意思が微かにだが、見え隠れしていた。
追う側から追われる側へ。
攻撃を受ける度に、ドレックはその身体を作り変え、フラムという鬼から逃げ続ける――。
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