第565話 理想と才能

 突如として空に現れ、そして落下していった数多の流星。

 その光景は山一つ離れたフラムたちの目にも飛び込んできていた。


「――あれはッ!」


 衝撃的な光景にアクセルは目を見開き、その場で足を止めて固まってしまう。


「ふむ、どうやら急いだ方が良さそうだな。アクセル、お前は転移門まで戻れ。あとは私たちに任せておけ」


 一刻を争う事態だと判断したフラムはそう言い、プリュイに目配せする。


 アクセルのペースに合わせていては間に合わない。かといって連れていったとしても足手まといにしかならない。

 仲間のために懸命に動いてきたアクセルを置いていくというのは些か冷酷な判断だとも言えるが、それでもフラムはアクセルの心情よりも救出を優先したのであった。


「待っ――」


 伸ばした右手が空を切る。

 呼び止めも虚しく、フラムとプリュイは大地を蹴り上げ、土埃を巻き上げると瞬く間に森の奥へと消えていった。




 木々を薙ぎ倒し、傾斜を駆け上っていく。

 枝葉が身体のあちこちを掠めていくが、彼女たちの肌を傷つけるには到底及ばない。

 音を置き去りにし、並走する中、プリュイがフラムに問いかける。


「おい! 間に合うのか!?」


 際どい……いや、普通に考えるならば間に合わないだろう。

 如何に彼女たちの脚力が常人離れしていても山を一つ越えるともなれば、それなりの時間を要してしまう。

 しかし幸いなことに、流星が落下した地点はフラムたちが越えようとしている山の麓あたり。頂上にさえ到着してしまえば遠距離からではあるが、ある程度の支援が行える。


「さあな。それはお前次第だ」


「……は? 妾次第だと?」


 あまりにも人任せの発言にプリュイは目を瞬かせ、余所見をしてしまう。気付かぬうちに太い木の幹に身体をぶつけるが、案の定というべきかプリュイは無傷のまま。逆にプリュイの進行を妨げた木が爆ぜていた。

 そんなちょっとしたアクシデントがありながらもフラムはまるで気にする素振りを見せずに淡々と話を続ける。


「そうだ。距離と時間を考えると、このまま合流をしようとしても、まず間に合わないだろう。だからこそ、お前の出番だ。喜べ、お前の特技を、才能を、ようやく活かせる時が来たぞ」


「なっ――! 妾にを使わせるつもりか!? 言っておくがアレは妾の特技でも何でもない!! 確かに多少の才はあるかもしれんが、それは妾の溢れんばかりの才能の一端に過――」


 早口で捲し立てるように駄々をこね始めたプリュイに、フラムは心の中で盛大なため息を吐く。


 プリュイが『アレ』を嫌っていることは遥か昔から知っていた。

 元来、竜族は力を求め、力を誇示するさがを持っている。

 特にプリュイはその傾向が強かった。強靭な肉体や純粋な力……そして何より、他を圧倒する近接戦闘能力に強い憧れを持っていた。


 だが、プリュイはそれらの才に恵まれていなかった。

 無論、人間とは比べるまでもなく、そして平均的な竜族と比べてもプリュイの才は劣っているどころか、むしろ遥かに優れている。しかし天才と呼ばれる次元にまで届いているかと問われれば答えは否となるだろう。

 当の本人もそれは自覚していた。コンプレックスとなっていた。諦め切れずにいた。


 だからこそ、プリュイは『アレ』を嫌う。他と隔絶した圧倒的な才能を持っていながらも、これまで『アレ』を使って来なかったのは、己が理想の真逆に位置する力が故だった。


 だが、この状況下で『アレ』を使わないというのは愚策中の愚策。

 フラムでさえも認めているその力を、才能を、プリュイに遺憾なく発揮してもらうためにも、ここは説得という名の脅しを掛ける必要があった。


「いいのか? 死ぬぞ?」


 その言葉だけで十分だった。

 友を亡くした痛みを二度と味わわないためにも、プリュイは『アレ』を使うことを決心。その場で急ブレーキを踏み、そして呼ぶ。


「来い。――『氷神弓エーギル・ロセット』」


 蒼く光り輝く魔法陣がプリュイの足元に展開され、淡い光の粒子を放つ。そして次の瞬間、思わず目を覆いたくなるほどの光の濁流が押し寄せた。


 光が落ち着き、魔法陣が掻き消える。

 プリュイの手の中には蒼白く輝く氷のような透明度を誇る弓が握られていた。


 ――『氷神弓』。

 芸術品のような見事な細工が施された、弓幹約一メートルのその弓には弦が張られておらず、一見するとただの飾り物にしか見えない。

 しかし、その実態は異なる。この弓は持ち主によってその大きさを変え、持ち主の潜在能力を限界まで引き出す古から伝わる水竜族の武器であり、宝だ。


 とはいえ、そのような弓をプリュイが所持しているのは水竜王ウォーター・ロードの娘だからというわけではない。

 氷神弓が所持者を決めるのだ。

 そこに血筋や地位は関係なく、氷神弓が認めた者しかこの弓を扱うことはできない。そしてプリュイは氷神弓に認められた類い稀なる弓の使い手だった。


 理想の真逆に位置しながら、憎たらしいほど手に滲む氷神弓を手にしたプリュイは顔を僅かに顰め、言う。


「……どうなっても知らんし、責任は取らないからな」


「なーに、山の一つや二つ消し飛ばしたとしてもバレないだろう、たぶん」


 例えバレたとしても、その時は敵に擦り付ければいい。

 そんな楽観的な考えのもと、フラムは再び足を動かし、プリュイはその背を追った。


――――――――――


「――捕まえた」


 服装にも呼吸にも一切の乱れを見せない執事服の青年は、獰猛な笑みを浮かべ、金色の双眸に怪しげな光を灯す。


 一度目はただの鼠と侮り、後れを取ってしまった。

 だが、二度目はない。彼の意地とプライドがつまらぬミスを許さない。


 目の前にいる者たちは鼠ではなく、敵であると認識を改める。

 恥をかかせ、焦りを抱かせた憎き敵。徹底的に打ちのめし、この世に生まれてきたことを後悔させなければ気が済まない。それほどまでの激しい怒りを青年は抱いていた。


「――近寄るな!」


 生徒たちを庇うかのように両手を広げるカイサに対し、青年は殺意を込めた冷酷な眼差しを送る。


 青年はここに来る前から決めていた。最初に殺すのは鼠を取り逃がした元凶となったこの女だ、と。


「黙れよ」


 『義賊』の足を奪った泥濘んだ地面から一本の鈍色の針を高速で生やし、そしてカイサの靭やかな右の太ももを骨ごと貫く。


「ぐあぁぁぁぁーッ!!!」


「「――先生!!」」


 絶叫と共に太ももから鮮血が上がる。

 視界が明滅し、脳が焼か切れそうなほどの強烈な痛みを与えてもなお、青年はその手を緩めない。

 地面からもう一本、鈍色の針が生えると、今度は左の太ももを貫いた。


「ああああああああッ!!」


 カイサの両太ももから流れ出た血が地面を赤く染めていく。


 まだ足りない。この程度では許さない。

 カイサの太ももを貫いていた針が回転を始め、肉を、骨を、神経を抉る。そして更に広げていた両腕にも針を頂戴し、太ももと同じように貫き、抉っていく。


「……ぁ……ぅぁ……」


 うわ言を呟いたカイサは、すぐにぐったりと全身を脱力させ、そして動かなくなった。彼女の自己防衛本能が意識を遮断させたのである。


 イクセルが懸命に伝説級レジェンドスキル『祝福の光ブレッシング』を使って治療を試みるが、回転し続ける針を抜かない限り意味はない。


 後数分も放置すれば勝手に死ぬ。

 だが、それでは青年の気が済まない。痛みだけではなく絶望も与えなければこの怒りは鎮まらない。


 何処からともなく青年の耳に、カチカチと歯を鳴らした音が聞こえてくる。

 恐怖を体現したその音を聞き、青年はそこでようやく心の余裕を取り戻し、口調を変えた。


「ふふっ、はははッ! より深い絶望を味わわせてあげますよ!」


 そう言うと青年は空高く右手を掲げ、土系統魔法を発動。直径三十センチ程の小さな鉄球を、ぐったりと頭を垂らしたカイサの頭上に出現させた。


 狙うはカイサ一人。

 その身体を肉塊へと変えるべく、空中に生み出した鉄球を超高速で落下させ――ようとしたその時だった。


 青年の耳に突如として遠くから風切り音が飛び込んでくる。

 その音を察知したその直後、掲げていた青年の右腕が激しい衝撃と共に血飛沫を上げ、吹き飛んだのであった。

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