第557話 選択

 時は紅介たちが白銀の城に向かい、半日が経過しようとしていた頃まで遡る。


 ガイストからの反撃を危惧し、厳戒態勢が敷かれた屋敷に、泥や擦り傷でボロボロになったアクセルが姿を現し、そしてセレストを筆頭としたラバール王国の騎士たちに取り囲まれたことから全てが始まった。


 この屋敷がラバール王国が借り受けているものであることを知っていたアクセルは力なく両手を挙げ、自分が無害であることをアピール。

 しかしセレストを含め、アクセルとの面識が一切無かったラバール王国の騎士たちは、ガイストの手の者である可能性を考え即座に捕縛。ロザリーを通し、不審者の捕縛を屋敷全体に伝えた。


 不審者の取り調べ、もとい確認はフラムとロザリーによって中庭で行われた。


「その顔……確かアクセルと言ったか?」


 特殊な素材で作られた頑丈な縄で縛られ、見張りの騎士たちから刃を突きつけられながらも、アクセルは臆することなくフラムに挨拶をする。


「やあ……フラムさん。久しぶり、だね……」


 異性を虜にする優れた容姿と爽やかな笑顔は今や見る影もなく、疲れきった笑みを浮かべるアクセル。

 さらにその瞳の奥では焦りの色が見え隠れしていることをフラムは一瞬で見抜いていた。


「ふむ、何やら問題が起きたみたいだな。とりあえず中には入れてやるが、迂闊な真似をしてみろ。容赦なくその首を刎ねる。肝に銘じておくんだな」


 アクセルがガイストに操られているかどうか見分けがつかない以上、本来であればいくら見知った相手……それも酷く疲れきっているとはいえ、不用意に屋敷の中に人を招き入れるのは愚かとしか言いようがない。


「フラム様、それは……」


 フラムの独断でアリシアを危険に晒すわけにはいかないとロザリーが横から口を挟もうとするが、フラムがそれを遮る。


「大丈夫だ。こいつがいくら全力を出したところで私の相手ではないし、何があってもアリシアに傷一つ負わせはしない。私のことが信じられないか?」


 人智を超越した存在である炎竜王フラムにこうまで言われてしまえば、言い返せるはずもなし。


「……かしこまりました」


 こうしてアクセルは拘束を解かれ、屋敷の中に通されたのであった。




 臨時会議室と化していた食堂にアクセルを通す。

 食堂にはたった今到着したフラム、ロザリー、アクセルの三人他にアリシアと、そしてイグニスが待機していた。


 不審者が現れたという報告を受けたフラムがイグニスを呼び出し、アリシアの警護を任せていたのである。


「アクセルさんがどうしてここに……? ――っ、そんなことよりお怪我を!」


 勢い良く椅子から立ち上がり、怪我をしたアクセルに近寄ろうとするアリシアをフラムが手で制する。


「気を許すには早過ぎるぞ。敵なのかどうかすらまだわかっていないのだからな。――イグニス、とりあえず治してやれ」


「承知致しました」


 恭しく一礼をしたイグニスは、白い手袋で包んだ指先をパチンと鳴らす。

 途端、傷だらけだったアクセルの全身が青い炎に包まれていく。


「……熱く、ない? それどころか痛みが引いていく……」


「治癒魔法の一種だとお考えください。ほう、どうやら骨も数本折れてしまっているようですね。そちらも治療致しましょう」


 治療が済んだ箇所から順に炎が消え、それから十秒ほどの時間で泥と共に全身の傷や怪我が綺麗さっぱり消え去っていった。


 アリシアから一番離れた席にアクセルを座らせ、フラムが用向きを訊く。


「で、ここには何の用があって来た? こう見えてもこっちは忙しい。もし、つまらない話をするつもりなら即刻帰ってもらうぞ」


 フラムの試すような眼差しを受けたアクセルは黒一色の上着の内ポケットに手を突っ込むと、そこからはち切れんばかりの金貨が詰まった大袋を取りだし、テーブルの上に置く。


「仲間を……助けてほしい……」


 恥も外聞もなくテーブルに額をつけたアクセルは、フラムに救いを求めた。

 だが、フラムはその願いを冷たくあしらう。


「その対価がこれというわけか? 悪いが、生憎と金には困っていない。それに言ったはずだぞ、忙しいとな」


 取り付く島もないフラムの頑なな態度を見たアリシアが困惑の声を上げる。


「フラム先生……」


 アリシアの視線の先には頭を下げ続けたまま動かないアクセルが。

 アクセルに同情を誘う意図は微塵もなかったが、それでも仲間のために必死に頭を下げ続けるその姿はアリシアの目には眩しく、そして儚く映り、十分過ぎるほどの効果を発揮する。


「一体……一体、何があったのでしょうか?」


 気が付けばアリシアは不安げな声で、アクセルにそう尋ねていた。


 それは暴走……いや、ある種の裏切りに等しい蛮行だった。

 話を訊いてしまえば最後、アリシアの性格を考えれば救いの手を伸ばさずにはいられない。まるで底なし沼のようにじわりじわりと呑み込まれていってしまう。

 無自覚だったとはいえ、守られる者が自ら危険な場所にその身を晒そうとしているのだ。フラムだけに限らず、アリシアを守ろうと懸命になっている人々への裏切り行為と言っても過言ではないだろう。


 だが、フラムは口を挟まない。

 例えそれが裏切りに等しい言動だったとしても、フラムはアリシアの『選択』を聞き届けようと考えたのである。


 そしてアクセルは語り出す。

 『義賊』を襲った昨日の出来事を、悲劇を。


―――――――――


 ラバール王国の万全な受け入れ態勢の整備と、手慣れてきた避難民の移送。

 この二つの条件が整ったことで避難民の誘導が軌道に乗り始めていた。


 シュタルク帝国の侵攻が始まって以来、ラバール王国に移送した避難民の数は既に三千人以上。更には『義賊』が避難民を集い、避難誘導を行っているという噂が各地に巡り始めたこともあり、避難を求める声が日毎に増え始めた結果、よりスムーズな避難誘導を行うことができるようになっていたのである。


 彼らの活動は万事順調に進んでいたのだ。そう――その時までは。


 風向きが変わったのはマギア王国軍と快進撃を続けるシュタルク帝国軍が『レーヴ』で衝突するのではないかという噂を耳にしてからだった。


 噂の真偽を確かめるべく、『義賊』は危険を承知でシュタルク帝国軍の動きを偵察。

 その結果、シュタルク帝国軍はある地点で軍を二つに分けていたことが判明した。


 二十万に膨れ上がっていた軍を二分し、十万は噂通りレーヴへ。そしてもう十万は王都ヴィンテルの南に回り込むように南西へ進軍を開始していた。


 その事実を知った『義賊』は選択を余儀なくされる。

 レーヴへ向かう進路付近の人々を救うのか、それとも南西に向かう進路付近の人々を救うのかという選択を。


 助っ人としてカイサ・ロブネルを加えたとはいえ、所詮はたったの六人。ましてや転移門を扱えるのはアクセルだけともなれば、両方を救うことは困難を通り越して不可能に等しい。


 彼らは選択を迫られ、そして決断した。

 南西に続く進路付近に住む人々を救う、と。


 決戦の地がレーヴならば、それより先に住む人々はマギア王国軍の手によって救出されるかもしれない。その反面、王都の南に回り込もうとしているシュタルク帝国軍の足取りをマギア王国が掴めているのか定かではなかった。

 もし掴めていなかったともなれば、甚大な被害が出てしまう。

 そういった不安要素を考慮し、彼らは選択をしたのであった。


 そして彼ら『義賊』は、シュタルク帝国軍よりも先回りする形でモルバリ伯爵領の東端に転移し、避難誘導を再開。


 だが、この選択が彼らを窮地に追い込むことになった――。

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