第533話 炙り出し
早朝、俺たちは早速行動に移った。
玄関の前までアリシアを見送るため、多くの人間が集まる。
犯人の特定を急ぐ俺たち以外の屋敷の人間も例外ではなかった。
制服ではなく上品な白いドレスにその身を包んだアリシアの表情はいつにもまして固くなっている。
だが、それも無理はない。
これからアリシアは王女として立ち振舞うだけではなく、王女として持てる権限を行使し、ある意味ではマギア王国と戦おうとしているのだ。
アリシアの一挙一動で両国の関係に亀裂が生じる可能性だって十分にある。その双肩にのし掛かる重圧と責任感は俺程度の人間ではとてもじゃないが推し測れない。
そんなアリシアにはロザリーさんや専属騎士のセレストさん、そして場違い感が否めない私服姿のフラムが寄り添っている。他の騎士の人たちは緊急時に備え、屋敷全体の警備にあたってくれていた。
「えっと、フラム? そんな格好で大丈夫……なの?」
ディアがごもっともな懸念を口にする。
たった今からラバール王国が正式に抗議を行おうとしているのだ。そういった場では、やはり相応しい格好と言うものがあるはず。
だが、フラムの服装は明らかにそういったものではなく、いかにも冒険者然としたもの。まだ学院の制服の方が幾分かマシだろう。
「ん? どこかおかしなところでもあるか?」
露出度の高い黒のタンクトップに、これまた露出度の高い青色の短パン。誰の目から見ても場違いな格好だろう。
だが、そこはフラム。何を勘違いしたのか、服装そのものではなく着衣の乱れを確認していた。
「あ、うん。フラムが大丈夫なら大丈夫だと思う」
「うむ、問題ないぞ。完璧だ」
そんなフラムの様子に流石のロザリーさんでも呆れているようだ。瞬き一つせずにボーっとフラムだけを見つめ、死んだ魚のような目をしていた。
表情が完全に無になったロザリーさんにフラムが追い討ちを掛けるように話し掛ける。
「ロザリーよ、武器は持っていった方がいいか? 素手だとナメられるかもしれないからな」
「……いいえ、フラム様。あくまでも今回の目的は対話にございます。ですので、表立った武器の所持はお控え下さい」
「ふむ、隠し持てと言うことか。とは言ってもこの格好では隠せる場所がないしな……。まぁ良い、いざとなったら召喚すれば済むだけの話か」
「「……」」
何を言っても無駄だと悟ったのだろう。
アリシアは苦笑いを、ロザリーさんは変わらず死んだ魚の目をしたまま、返事はせずに沈黙を選んでいた。
「では行くとするか。主よ、ここは私に任せろ」
「あ、ああ。俺も機を見て出発するよ。ディアたちは俺の部屋で待機してて欲しい」
ディアとリーナは頷き返すと、一度アリシアに手を振ってから一足先に俺の部屋へと向かっていった。
ちなみにプリュイは既に俺の部屋で待機中だ。十中八九、フラムを見送ることに対して抵抗があったのだろう。
玄関の扉を開け、セレストさんを先頭にアリシアたちが屋敷から出ていく姿を見送ってから俺は転移を使い、屋敷を、そして王都を後にしたのであった。
―――――――――
玄関から庭に出たアリシアたちは堂々たる姿で門前に向かう。
ある程度庭が広いとはいえ、その距離はたかが知れている。だが、屋敷から気配が一つ消えたことを素早く察知した監視の騎士たちは慌てた様子で屋敷の門前に駆け足で集まりつつあった。
当然、集まった監視の騎士たちから鋭い視線がアリシアたちに飛んでくる。今にも罵詈雑言が飛んで来そうなほど、騎士たちは険悪なムードを漂わせていた。
負の感情を内包した視線の集中砲火。
王女として育ち、視線に晒されることに慣れているアリシアといえども、その視線には耐え難い苦痛を感じてしまう。
徐々にだが、確実に歩くペースが遅くなっていく。
それは先頭を歩くセレストも同じ。騎士として心身共に鍛練を積んでいるセレストでさえも、これ以上足を進めることに対して激しい抵抗感を覚えていた。
そんな二人の様子を見かねたフラムがボソッと後ろから囁く。
「案ずるな。何があろうと私がお前たちを守ってやる」
その言葉の効果は絶大だった。
フラムの正体を知っている二人にとって、その言葉は絶対的な安心感を与えてくれたのだ。
止まりかけていた足が再び動き出す。
もう二人の瞳には不安の色はどこにもなくなっていた。
門前に到着したアリシアたちを出迎えたのは十人にも及ぶ騎士たち。制服姿ではないアリシアの服装を再度確認し、一層その視線を険しくさせる。
「これは一体、どういうおつもりか?」
そう低く威圧的な声を掛けて来たのは他の騎士たちとは明らかに年齢が一回り離れている男性騎士だった。
鎧を着ていてもわかる屈強な肉体と、左頬に刻まれた一筋の古傷が歴戦の猛者であると物語っている。
監視の騎士を取り纏めているのであろう男の問いに応じたのは、アリシアの専属騎士であるセレストだった。
「アリシア王女殿下からお言葉がある。しかと傾聴せよ」
事前に取り決めていた台本通りの台詞を告げたセレストは、アリシアの邪魔にならないよう横に捌けると、すぐさま周囲の警戒に取り掛かる。
そしてセレストに前を譲られたアリシアは更に一歩前に踏み込み、これまた台本通りの台詞を告げようとした。が、それよりも先に前に出ていたフラムの口が動く。
「先に言っておくことがある。もしアリシア……王女殿下に手を出そうものなら、決して容赦はしない。命が惜しければ剣を抜いたりしないことだ。――良いな?」
腕を組んだままの傲岸不遜な態度でフラムは忠告を……いや、警告を行った。
だが、フラムのその言葉は騎士たちの感情を逆撫でにしてしまう。
「思い上がるなよ、学生風情が……」
「我らを侮辱するとはいい度胸だ、小娘。一度痛い目に合った方が良さそうだな……」
取り纏めの騎士の後ろからそのような声が次々と漏れ聞こえてくる。
「まるで賊のような台詞だな。本当に騎士なのか疑ってしまいそうになるぞ」
「この……ッ!」
挑発を繰り返すフラムを止めようとアリシアがフラムの背中を優しくつつき、耳元で囁く。
「フラム先生、いくらなんでもやり過ぎなのでは……」
「少し考えがあってのことだ、気にするな。まぁ、そろそろこの辺にしとしてやるか……」
フラムが挑発を繰り返していたのは、とある理由があってのことだった。
それは――騎士たちの精神状態の確認。
ディアとは違い、フラムにはその者が操られているかどうかを確認する術を持たない。そこでフラムはある方法を試したのだ。
(ふむ、一番偉そうな奴以外は見事に私の挑発に乗ってきたな。これで少なくとも自我や感情が奪われている可能性は排除できる。こいつらはただ単に上からの命令に従っているだけかもしれないな。と、なると……)
フラムの挑発にまるで応じず、未だ無表情を貫き続ける正面の男を金色の瞳がロックする。
(最も臭うのはこの偉そうな奴だな。とはいえ、断定まではできないか。ロザリーのように感情を隠すのが上手いだけかもしれないしな。だが……警戒するに越したことはなさそうだ)
「非礼を詫びよう、言葉が過ぎてしまったようだ」
多くの舌打ちが返ってくる。
普段のフラムならば許さないような悪態だったが、この時ばかりは不思議と舌打ちが心地よく聴こえた。
一悶着の後、フラムは立ち位置をアリシアと入れ替える。
ただし、金色の瞳は一人の男にロックしたまま。何かあればすぐに動けるよう警戒を怠らない。
「ラバール王国第一王女アリシア・ド・ラバールとして正式にマギア王国に異議を申し立てます。我々に対する行動の制限等の不当な扱いを直ちにやめなさい。貴国に我々の自由を侵害する権利はありません」
威厳あるアリシアの言葉に、騎士を取り纏めている男が異論を唱える。
「勘違いをなさらないでいただきたい。我々の目的は貴女方の護衛にございます。確かにご不自由を強いてしまうこともありますが、全ては御身を守るため。何卒、ご容赦を」
「必要ありません。今日この時をもって我々は自由に行動をさせていただ――」
アリシアがピシャリと言いのけた、その時だった。
「――排除する」
そう呟くと、右頬に古傷を持つ男性騎士の手が腰にぶら下げていた剣へ伸び、鞘から剣を引き抜く。
そして剣を抜き取った勢いそのままに、アリシアの胴体を両断するためにその剣を横薙ぎに振るったのであった。
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