第528話 侵攻計画
ラーシュ・オルソンは王都に戻る馬車の中で一人ほくそ笑む。
全てが己の手のひらの中。
今作戦の標的であるマギア王国も、己が主神が忠告して下さった
計画はここまで順調そのもの。
想定外のアクシデントは『ある一点』を除けば何一つとしてなく、ここまでの進捗状況はほぼ完璧と言っても過言ではない。
マギア王国侵攻計画。
この計画の始まりは十年近く前まで遡る。
ラーシュがまず最初に行ったのは、子宝に恵まれていないという情報を事前調査で掴んでいた先代のオルソン侯爵に取り入るところからだった。
そこでラーシュは孤児を演じることにしたのである。
子宝に恵まれなかったからなのか、オルソン侯爵は孤児院への援助に力を入れており、そこを狙ったのだ。
創造されたその時からラーシュは二十代前後の若い容姿を持って生まれた。そして歳を取ることがないラーシュは孤児院に入るためにその容姿をより若く偽ったのだ。髪型や服装を弄ったり、時には懐疑の目を向けてくる者の精神を操り、孤児院に潜り込んだのである。
潜り込んでからは実に簡単な作業だった。
時折、孤児院の視察に訪れるオルソン侯爵夫妻の精神をじわりじわりとその力で毒していくだけ。
オルソン侯爵夫妻から盲目的なまでの愛情を手に入れるまで、そう時間は掛からなかった。
こうして愛情を注がれることになったラーシュは養子としてオルソン侯爵家に引き取られ、第一目標を達成したのだ。
無事、オルソン侯爵家に取り入ったラーシュは計画を第二段階へと進める。
マギア王国は実力至上主義を掲げていた。特に魔法の才に優れた者を優遇し、積極的に取り入れていたのだ。
魔法の才さえあれば、ある程度の要職に就くことさえ可能だった。とはいえども、一定以上の――国王の側近となるには、やはりと言うべきか貴族としての地位と名声が必要不可欠。
この点に於いてラーシュは地位に関する条件は計画の第一段階で既にクリアしていた。
よって残す課題は名声のみ。
ひとえに名声と言っても、普通ならば簡単に手に入るような代物ではない。
この時のマギア王国は平和そのもの。他国と戦争をしていなければ内紛すらもなかったため、戦場で名声を得ることは不可能。そもそものところラーシュは年齢を偽っていたことから戦場に赴くことすら叶わなかっただろう。
そこでラーシュが目をつけたのはヴォルヴァ魔法学院だった。
世界最高峰と名高いヴォルヴァ魔法学院で最高の成績を残せば、名が売れるだろうと目論んだのである。
その目論見は見事に成功した。
世界最高峰の魔法学院と言えども、ラーシュにとっては首席を取ることなど児戯に等しい。
得意とする精神操作系統スキルを使うまでもなくラーシュは異例とも呼べる飛び級、そして史上最短かつ史上最年少という肩書きを得てヴォルヴァ魔法学院を首席で卒業したのであった。
卒業後、ラーシュはオルソン侯爵家の実権を徐々に掌握しつつ、白銀の城で仕事に就く。
ここまでに要した期間は僅か三年足らず。
それからはただ真面目に内政関係の仕事をこなしつつ、マギア王国の情報収集に努めなから、五年の月日を費やし内務副大臣へ、さらにもう一年を費やし内務大臣へと昇格。
名実ともに優秀な魔法師、そして内政官として国王アウグストに認められたラーシュは、計画を最終段階へと移行させた。
国王からの信頼と城内での自由を手に入れたラーシュは本格的に計画を進めていく。
かつて先代のオルソン侯爵を毒したように、ラーシュはアウグストの精神を毒していった。
誰にも気取られないよう慎重に時間を掛けて、自分の思うがままに動く操り人形と化したのである。
意のままにアウグストを操れるようになった後に行ったのは城内の掌握だった。
まずは接する機会が多い大臣等の要職に就く人間の精神を手中に収め、それから王妃エステル、そして王女カタリーナをその凶悪な毒牙にかけようとしたのである。
しかし、ここで初めてラーシュは想定外のアクシデントに見舞われてしまう。
男子禁制……とまではいかないまでも、王妃と王女がいる一画に立ち入ることがなかなかに難しかったのだ。
そこでラーシュはその一画を守護する騎士や使用人たちを操ろうとも考えた。
だが、日ごとに変わる人間に精神操作を使うのは危うい。もし漏れがあった場合、たちまちラーシュはこれまで築いてきたモノを失ってしまいかねないからだ。
国王であるアウグストや他の大臣等の要人を手中に収めていたとて、そのリスクは避けられない。
この時点でラーシュがその手中に収めていた人間など所詮は城内の一部の人間に過ぎず、マギア王国全土にいる貴族等の権力者にまでその毒牙は及んでいなかった。
故にラーシュはそこから暫しの間、苦戦を強いられることになる。
リスクを恐れたラーシュは二人と接触する機会を待つことしかできなかった。社交の場等に王妃と王女が姿を現し、ゆっくりと地道に二人を毒で冒していったのだ。
そして半年以上の期間を費やし、ついにエステルの掌握を完了させる。
だが、本当の想定外のアクシデントはここからだった。
そう――己が力がカタリーナには効かなかったのである。
厳密に言えば、決して通用しないというわけではない。
ラーシュの力は、非接触時と接触時でその効果が大きく異なり、非接触ではカタリーナが持つ
これが大きな誤算へと繋がっていく。
ただでさえ、父親であるアウグストの様子がおかしくなっていたのだ。そこに加わる形で、母親であるエステルの様子までもがおかしくなったともなれば、カタリーナが異常を確信するには十分過ぎた。
そういった経緯もあってか、その日からカタリーナは誰よりも強い警戒心を抱くようになり、城内の人間との接触を激しく嫌い、避けるようになってしまった。
次代の女王であるカタリーナは謂わば、占領後のマギア王国を混乱なく統治するための鍵とでも呼ぶべき重要な存在。
最終的にラーシュは強引な手段をもってしてその鍵を再度手に入れようと試みるが、これまた『鏡面世界』の力によってカタリーナに一杯食わされ、失敗。
挙げ句の果てに、警戒をしていた
こうして混乱なき統治は難しくなってしまった。
ならば、逆らう者全てを暴力によって制圧し、そしてまた暴力によって統治をする他ない。
変更前と変更後。
そのどちらの計画がマギア王国にとってまだ救いがあったものだったのか。それは比べるまでもないだろう。
「……チッ、あれは痛恨の極みでしたねぇ。ですが、そのお陰であの者たちを王都に釘付けにすることはできましたし、これはこれで良しとしますか」
この時、ラーシュが最も危惧していたのは紅介たちの戦争への介入だった。
それが防げただけでも御の字である、と声に出すことで己の失態をまるで無かったかのように振る舞い、ラーシュは苛立ちを鎮める。
「これで自分の仕事は終わったも同然。仕上げは《
そう呟き、ラーシュは暗く静かに嗤った。
――《四武神》。
シュタルク帝国最強の暴力装置がついに動き出そうとしていた。
マギア王国を焦土と化し、全てを奪うまで《四武神》は決して止まることはない。
マギア王国とシュタルク帝国が衝突する日は、もうすぐそこまで来ていたのであった。
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