第518話 興奮と羞恥

「あと十人、ッスか……。まぁ、これでだいぶ容疑者は絞れたッスね」


 風呂に入り、着替えを済ませた俺たちは再び俺の部屋に集まり、情報の擦り合わせを行っていた。


 フラムたちが集めていた情報は大方の予想通り約三割ほど。そこに俺たちが集めた情報を加え、最終的に容疑者を十人まで絞り込むことに成功していた。


 正直に言ってしまえば、成果は微妙なところだ。

 容疑者を絞り込めたという点に於いては上々の成果とも言えるかも知れないが、今回の作戦で容疑者もとい犯人の特定に漕ぎ着けなかったのは痛い。


 おそらく白銀の城に忍び込むのは今回が最初で最後だろう。

 ただでさえ厳重だった警備が、今回の騒動によってより強固で厳重になることは想像に難くない。しかもリーナが予告状のような挑発文をエステル王妃の部屋の壁に刻んだともなれば尚のこと。

 故に、次に白銀の城を訪ねる時は犯人を特定し終え、正面から正々堂々と突入することになるだろう。


 テーブルの中央に置かれているリーナが作成した容疑者リストを眺める。

 約五十人もの名が連ねられていたそのリストも、今となってはそのほとんどに二重の横線が引かれ、残すところは後十人。

 その十人の名前の横には備考欄が新たに設けられ、その人物たちの役職や人物像、性格など、リーナが知る限りの情報が書き足されている。

 俺はその残された十人に厄介な共通点を見つけ出していた。


「揃いも揃って要職に就いてるようだし、面倒な人ばかり残ってるな……」


 苛立ちから俺は思わず舌を打ちそうになる。

 宰相から大臣や副大臣、それから近衛隊長やら騎士団長までバラエティー豊かな重要人物ばかりの名が残ってしまっていたからだ。


「それは仕方ないッスね。残っているのは日頃から忙しそうにしている人たちだけッスし、今回も城を空けて何処かに行ってたんじゃないッスかね。宣戦布告までそれほど時間も残されていないッスから」


 都合が良過ぎる話だが、全員が全員城に居てくれていたらどれだけ良かったことか。それでも十人全員を視ることはできなかったかもしれないが、五人……或いはそれ以下まで犯人を絞り込めたかもしれないと思うと残念でならない。

 ここから先、この残った十人をさらに絞り込むのは至難の業だと言えるだろう。所在もわからなければ、突き止める手立てもない。

 もはや俺たちにできることは、この残った十人を最警戒人物として記憶し、注意を払うのみ。偶然何処かで遭遇する、なんて奇跡を待つこともできなくはないが、望みは薄いし、時間の無駄でしかないだろう。


 考えれば考えるほど絶望感が襲ってくる。

 俺は夢を見過ぎていた。見通しが甘過ぎたのだ。

 時間が失われていく恐怖と焦りから、強引とも呼べる手段を用いて今回の作戦を決行した。だが、そう簡単に犯人が尻尾を掴ませてくれるはずがなかったのだ。

 城に忍び込めば何とかなるのではないかなんて考えはただの幻想。現実はそう甘くはないと俺は今回の作戦の結果でまざまざと思い知らされた。


 そもそも場当たり的な行動で犯人を特定しようという考え自体が甘かったのだ。そうする以外に俺たちに選択肢はなかったとはいえ、相手は何ヵ月、何年、下手をしたら何十年という歳月を費やし、マギア王国に王手をかけてきたのである。

 そのような綿密に練られた壮大な計画を、たったの一手だけで逆転しようと考えたのがそもそも甘かったと言わざるを得ない。


 俺は俺自身に腹が立って仕方がなかった。

 一番苦しくて悔しい思いをしているはずのリーナが気丈に振る舞っているのに、俺にはそれさえもできない。


 ……無力だ。

 戦う力は持っている。人外の域に足を踏み入れるだけの力を持っている。

 でも、それだけ。力を持っているだけに過ぎない。振るえない力をいくら持っていようが、無駄でしかないのだ。


 怒りで震えそうになる手を、テーブルの下で隠しながら強く拳を握りしめることで何とか堪える。

 心の中で渦巻く負の感情を誰にも悟られないように、顔を下に向けて口をつぐむ。


 そんな俺を見兼ねてか、ディアは小さく手を挙げると新たな情報を提供した。


「わたしからも少しいいかな?」


「何スか何スか?」


 テーブルに身を乗り上げ、食い気味に話を促すリーナ。

 空元気なのかもしれないが、それを誰にも悟らせない彼女の振る舞いは俺も見習わなければならないだろう。


「王妃様の部屋に行ってわかったことがあるの。あの部屋にいた人は皆、誰かから強い干渉を受けてた」


 要領を得ないというか、あまりにも抽象的過ぎるディアの返答にリーナは少し顔を困らせる。


「……えーっと、確かに様子が明らかにおかしかったッスからね。私も一目見た瞬間に『あっ、これは操られてるなー』って何となく思ったッスもん」


 話がいまいち噛み合っていないことを察したのか、ディアは眉を一瞬下げるとすぐに補足し始めた。


「ごめん、わたしの説明がすごく下手だったみたい……。そういう曖昧な話じゃなくて……何て説明すればいいのかな? そう、わたしにははっきりと。魔力の色や形は人それぞれ異なるんだけど、あの部屋にいた人たちは違った。それぞれが持つ魔力の中に、共通した別の何者かの魔力が混ざり込んでいたの」


 お世辞にも上手とは言えないたどたどしい説明だったが、言わんとするところは理解できた。

 要するにディアはルビーのようなその紅い眼で、あの部屋にいた一人ひとりの魔力を視たのだ。そしてディアはその人が本来持っている魔力とは別の共通する魔力を発見し、あの部屋にいた人たちが操られている確証を得たと言いたいのだろう。


 ディアの話の趣旨をその優秀な頭脳で汲み取り、理解したリーナは瞳を輝かせると、頻りに感銘しだした。


「それって滅茶苦茶凄いことじゃないッスか! ってことはディアが一目視るだけで誰が操られていて、誰が操られていないか、すぐにわかるってことッスよね!? それって凄くないッスか!?」


 上半身だけではなく下半身までテーブルに乗り上げそうな勢いでリーナがディアの紅い瞳を興奮しながら近くでジッと見つめる。

 そんなリーナに対し、ディアは少し照れ臭そうに視線を外し、リーナから距離を取るために身体を仰け反らしていた。


「うん、無意識じゃ難しいけど、意識していれば大丈夫だと思う。えっと……ちょっと顔が近いような……」


 ボソッと最後に言葉を付け足していたが、興奮状態のリーナには届くことはない。そこから更に早口でディアに詰め寄る。


「ディアのその眼――っていうかそのスキルは魔力を視覚化できるんスよね? 私が知る限りじゃ魔力を視覚化できるなんて話は訊いたことないッスよ! その力を応用し研究すれば魔法の更なる発展にも期待できるんじゃ? カルロッタが今の話を訊いたら間違いなく目の色を変えて――」


 かつてマギア王国出身の冒険者から訊いたマギア王国独特の風習を思い出す。

 基本的にはマナー違反とされている他人が持つスキルの詮索をマギア王国では平気で行うという話を。


 早口で捲し立てられたディアは対応に困り果てたのか、おどおどとしはじめる。

 そんなディアの困り果てた様子を隣で見ていた俺は、それまで負の感情に支配されていた心をすっかりと忘れ、気が付けば椅子から立ち上がり、ディアとリーナの眼前に手のひらを捩じ込んでいた。


「――待った。リーナ、少し落ち着いてくれ。ディアが困ってるからさ。一応俺たちはラバール王国出身の冒険者だから、手の内を晒すのはかなり抵抗があるんだ」


 角が立たないような言い方でリーナを落ち着かせ、説得する。


「あっ、申し訳ないッス! 興奮し過ぎてすっかり忘れてたッスよ、あはは……」


 無事、説得に成功する。

 が、次の瞬間、俺はディアとは反対側の隣に座る小悪魔……もとい、悪竜王から茶化されることになる。


「うむうむ、奥手な主にしてはなかなか頑張ったではないか。普段からこの調子なら――」


「――フラムさん? 晩御飯を食べたいのなら、少ーし静かにしようか?」


 俺は満面の笑みをフラムに向け、そう脅したのであった。耳を真っ赤に染めながら――。

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