第519話 日進月歩
興奮状態だったリーナは落ち着きを取り戻し、俺は俺で羞恥心がようやく抜け、平常運転に戻った。ディアの顔が少し赤くなっている気がしたのだが、それは俺の気のせいだろう。
冷静になったリーナはテーブルに乗り上げていた身体を椅子に戻すと姿勢を正し、再びディアに向き直った。
「あり得ないとは思うッスけど、念のために確認していいッスか? この中に操られている人がいるかどうかを」
「大丈夫、安心して。この中には誰もいないよ。それと後でこの屋敷にいる人たちのことも確認しておくね。魔力の色は鮮明に覚えてるから」
何処からともなく安堵の息が聴こえて来る。
現状ではありとあらゆる魔力を見通せるディアの眼でしか、その者が操られているか否かを判断することができない。いや、ディアのお陰で判断ができるようになったと言った方が正しいだろう。
これまでであれば、いくら自覚が無いからといっても操られていない保証は何処にもなかったのだ。それがディアの眼を通すことで安心と安全を与えることができるようになったことは大きな進歩だと言えるだろう。
唯一、懸念点があるとすれば、それはディアが操られてしまっている可能性のみ。とはいえ、人であって人ではないディアが操られるとは考えにくい。それに加え、俺とディアは常日頃から共に行動をし、怪しい人物と接触した覚えがないことから、その線を考える必要はないし、考えるだけ無駄だと割り切る。
「これはホント心強いッスね。これだけでもお母様のもとへ向かった甲斐があったってもんスよ。これで誰が操られているのかいないのかをハッキリさせることもできるし、それに何より、犯人にまた一歩近付ける」
これまでは俺やフラム、そしてプリュイの眼でしか犯人を探すことはできなかった。俺に限って言えば、
不確定要素が多かった犯人の捜索も、これからはディアの力があればつづがなく特定まで至れるだろう。無論、犯人が俺たちの前に姿を見せればの話になるが、それでも大きな進歩であることには変わらない。
「犯人の魔力の性質はわかったけど、それでもまだ犯人には手が届かないと思う。操られた精神を解放することができれば、もしかしたら……」
大きな功績を挙げたというのに、ディアは全く楽観的になっていないようだ。
確かに所詮俺たちは特定する方法を得ただけに過ぎない。今抱えている問題はそれよりももっと前の段階。疑わしき人物と接触できるか否かの段階だ。
ディアの言葉の通り、操られた人たちを解放することができれば犯人の手掛かりだけではなく、戦争そのものを止めることができるかもしれない。
そこで俺はふと、思い付く。
「俺の力を使えば、あるいは……」
神話級スキル『
このスキルは、指定した者の魔力を阻害する力や、スキルそのものを抽出……謂わば、取り除き、別の物質に添加する力を持っている。
おそらく、魔力を阻害する能力では精神汚染を解除することはできない。何故ならこの能力は体外に放出された魔力だけを阻害したり、その操作権限を奪うというものであるからだ。
故に、既に植え付けられたしまった魔力ないし、スキルを阻害することはできないはず。
そこで次に俺が着目したのは、抽出。
正直、この能力に関しては未だ未知数となっていた。
この世界に於けるスキルは生命の源とも呼ばれている。言うなれば魂を具現化したもの――それがスキルなのだ。
よってスキルを抽出するということはある意味、魂の一部を奪うという行為に等しい。となるとスキルを一つしか持っていない者からスキルを奪ってしまえば、その者は必然的に死に至るというわけだ。
スキルの抽出という字面だけを見ると然程危険性がないように感じるが、実際は違う。命を、魂を奪うということに他ならないのだ。故に俺はこの能力を人に使った試しがなかった。
だが、勝手に植え付けられたものであるならばどうか。
奪ったとしても、それは与えられた仮初めの魂の欠片に過ぎない。そのため、生命力を奪うことにはならないだろう。
実験をしたことは過去に一度もないが、俺の推測が正しければ命に支障をきたすことはないはずだ。
精神操作を解除する一手になる可能性を秘めている。そう思ったのも束の間、ディアの紅い瞳と目が合うと、悲しそうな表情を浮かべ、俺に向かって首を横に振ってきた。
「残念だけど、こうすけが考えてる方法は無理だよ。植え付けられたのはスキルじゃなくて魔力そのものだから……。こうすけのその力で、スキルによる毒を体内から取り除けないように、スキルという形になってない魔力そのものを取り除くことはできないの」
スキルと魔力の違い。
ディアはこの二つには明確な違いがあることを俺よりも詳しく知っているようだ。憶測や推測の類いではなく断言してみせたあたり、何か根拠があるのだろう。
「そう……か。なら、操られた人たちを解放するには……」
「……うん、倒すしかないと思う」
正確に言うならば実現できるかどうかはさておき、方法はもう一つある。
それは――より強力な精神操作で上書きすることだ。
しかし、残念ながらレベルの低い思考誘導程度ならまだしも、強力な洗脳を施す術など俺は持ち合わせていない。
そしてそれはここにいる誰もが同じ。
プリュイやフラムがその手のスキルを使っているところは見たことがないし、二人の性格からして欲しいと望んだことすらないだろう。唯一、可能性があるのはイグニスだが、いくら優秀で器用なイグニスでも、精神操作に特化した者のスキルを上書きすることは不可能だと言っても過言ではない。
そういったことから俺たちに残された実現可能な選択肢はたったの一つ。
――犯人を特定し、殺す。
それしか残されていないだろう。
会話が途切れたタイミングでリーナは両手を高く挙げ、背を伸ばした。
「んー……、ふぅ……。もう頭を空っぽにして犯人が現れるまで毎日のように城の中に忍び込めれば楽なんスけどねー」
自暴自棄……ではないが、考え疲れたのか雑な案を出し始めるリーナ。当然、勝手にそんなことはしないだろうが、念のために釘を刺しておく。
「俺たちはまた明日から学院に通わなくちゃいけないし、何より危険だ。絶対にそんな真似はしないように」
留学生という肩書きがこれほど邪魔だと思ったことはない。この肩書きを背負ってしまっている以上、学院に通わなければならないし、もし理由もなく休もうものなら見張りの騎士から不審がられ、上に報告が行くことは火を見るより明らか。
少しでも疑いの目を晴らす、ではなく逸らすためにも、学生の仮面を被り続けなければならないのだ。
「あははは、じょーだんッスよ、じょーだん。私が忍び込んだところで返り討ちに遭うのがオチッス。それに、そもそも私には犯人を特定する術が無いッスから」
半ばわかりきっていたことだが、冗談だったようで一安心だ――と思いきや、思わぬところから冗談を本気に変えようとする人物が現れる。
「もしよろしければ、私が残りの十名を調査致しましょうか?」
開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。
ロザリーさんは冗談を言うような
清楚で優美なメイド服姿には似合わない、驚愕の一言。
呆気に取られ、俺が何も言葉を返せずにいるとフラムがロザリーさんの案に賛同していた。
「うむ、確かにそれは妙案だ。ロザリーならば見つかることはないだろうしな。問題は……」
「はい、フラム様がご懸念される通り、私は『眼』を持ち合わせておりません。そのため、犯人の特定まで至ることは難しいでしょう。ですが、その逆を申しますと、その『眼』さえご用意頂けるのであれば、私以上の適任者は他にいないかと」
フラムとロザリーさんのやり取りに冗談は存在しない。
特にロザリーさんの真剣な顔つきとその眼差しは、彼女の本気度がひしひしと伝わってくるほどだった。
そんな二人の間にポツリと言葉を溢したリーナが参加する。
「……ロッタなら……カルロッタなら、誰でも使える魔道具を作れるはず」
「ふむ、カルロッタか。確か奴は付与魔法を得意としているのだったな。ならば、主の眼を提供してやるのはどうだ?」
「……え? 俺?」
よく分からないうちに俺の眼(スキル)を貸与する流れになっていたが、反論するには遅すぎた。
「よし、明日にでもカルロッタに頼んでみるか」
「私からも一筆書いておくんで頼むッス」
この後すぐにリーナから大雑把に魔道具作りの流れを訊いたのだが、正確には俺のスキルをコピーし、魔道具に付与する形となるらしい。
ややおいてけぼり感はあったが、俺たちの次なる目的がこうして決まったのであった。
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