第497話 過ぎゆく時間
軟禁されたことで全く外出ができなくなるかと思われたが、意外にもそうはならなかった。
外出時の条件として通達されていた上限三名という制限も、学院に通うためであれば融通が利いたのだ。
そもそもアリシアを含め、俺たちがマギア王国に来た表向きの理由は留学のため。そういった目的の上で俺たちはこの国を訪れ、向こうもそれを承諾し招き入れた以上、俺たちが学院に通うことまで制限することはできないと判断を下したのだろう。
とはいえ正直に言ってしまえば、俺たちが学院に通う意味はもはや皆無に等しい。
あくまでも留学はポーズでしかなかったのだ。俺たちが学院に通う間にロザリーさんを筆頭に、情報収集に勤しむというのが当初からの目的だった。
しかし、軟禁という手段でロザリーさんたちの行動が制限されてしまった今、俺たちが学院に通う必要性はない。
ましてやカタリーナ王女はこちらの手の中にあるのだ。人脈作りという意味合いで通うことすらも必要性が全くもって感じられなくなってしまった。
つまるところ、俺たちが学院に通うことはただ単に時間の浪費でしかないのだ。
だというのに、留学という表向きの理由を果たすためだけに俺たちは学院に通わざるを得ない。息抜きとしては多少使えるか……と思いきや、それすらもままならない事情があった。
今日も今日とて、学院に向かう。
屋敷の門から出るとすぐに、俺たちは騎士に囲まれる。
「御供させていただきます」
「……どうぞ」
意気消沈した様子のアリシアが力なく返事する。
騎士といえども、俺たちに付きまとってくる騎士はラバール王国の騎士ではなく、マギア王国の騎士。
名目の上では俺たちを護衛するためとのことらしいが、その実態はどう考えても監視にあることは明らかだった。
アリシアの専属騎士であるセレストさんが嫌悪感を顔に出すが、それすらもお構い無しにマギア王国の騎士たちは俺たちを取り囲み、共に登校してくる。
これだけだったらまだ良かった、我慢もできた。
しかし、マギア王国の騎士たちは学院の門を潜ってもなお、俺たちに付きまとってくるのだ。
授業中、休み時間中も彼らには関係がない。俺たちから目を離さないよう護衛という名の監視を続けてくるのだ。
こうなってしまえば、心休まる時は学院にはないも同然。
元より、通う意味がまるで感じられなくなっていた学院生活が、こうしてより苦痛になっていたのである。
「……燃やしてもいいか?」
「「……」」
帰り道の途中、隣からやけに物騒な声が聴こえてきた気がしたが、おそらく気のせいだろう。
―――――――
ロザリーはカタリーナがこの屋敷を訪れたその時から今日に至るまで、こうなるであろうことを非常に高い精度で推測していた。
当初は反対意見を唱え続けていたロザリーだったが、アリシアの気質や性格から、最終的にはカタリーナを匿うことになることは想定の範囲内。
マギア王国が一方的な条件を突きつけ、行動を制限してきたことさえ、想定していた。
しかし、そんなロザリーでさえも、想定し得なかったことがある。
それは――紅介の暴露。
紅介が転移系統スキルを所持していることを明言してくるとはロザリーでさえも想定していなかったのである。
マギア王国では古くからの風習で、自身が所有するスキルを他者に明かすことにあまり忌避感がないことは有名な話だ。しかし、ラバール王国や他の大国では異なる。
スキルとは、武器であり、切り札なのだ。
戦闘系・非戦闘系スキルにかかわらず、所有するスキルを他者に公開してしまえば、それは己の弱点を晒すことに等しい。
力なき者は食い物にされ、また力ある者も弱点を晒すことで立場を悪くしてしまう。
そういった常識が貴族や平民を問わず全員が共通の認識として持っているがために、大半の者は自身の力を隠し通すのが普通なのだ。
それは紅介に限らず『紅』も例外ではない。
紅介がラバール王国の出身であるかは未だ謎に包まれたままだが、この常識を持っていることはこれまでの付き合いでわかっている。
にもかかわらず、この期に及んで一部ではあるが、紅介が能力の開示に至ったことは、ロザリーの優れた洞察力をもってしても理解できなかった。
使用人として屋敷の掃除をこなしつつ、ロザリーは考え込む。
(コースケ様の意図がわかりませんね。信用してくださったのか、それとも私たちを信用させるためなのか……。どちらにせよ、こちらからしてみれば好都合。あの御三方の力を貸していただけるのであれば、凝り固まった現状を打破することも決して難しくはありません)
紅介は勘違いをしてしまっていたが、その実、ロザリーは転移能力を諸刃の剣とは微塵も思っていなかった。
ただし、全ては使い方、使い時次第。
安易に転移能力を使用し、マギア王国側にその力を知られてしまえば、折角の切り札が台無しになる。そのような考えから、ロザリーは紅介の転移能力の使用に制限を掛けさせてもらったのだ。
しかしロザリーは、ある一点に於いて一つ大きな勘違いをしていた。
それは紅介の実力だ。
そう……ロザリーは紅介の力を過小評価していたのである。
転移系統スキルの一般的な認識は近距離の転移が限界だとされていた。無論、スキル所有者の魔力量に比例してその距離が上下することは知っている。
だが、どれほど大量の魔力を所持していようが、転移できる距離は精々百メートルが限界だとされていたのだ。ロザリーが持つ莫大な知識でも、それ以上の記録は見つかっていない。
故にロザリーは、紅介を己の常識に当て嵌めて考えてしまっていたのだ。
そのせいもあって、ロザリーは紅介の転移能力の使用に慎重になっていた。いや、ならざるを得なかったのだ。
ここ一番の大舞台で切り札を使うべく、ロザリーは周辺調査を始める。
掃除道具を片付け終えるや否や、自室に戻り紙にペンを走らせる。『外出許可書』を作成するために。
外出理由は買い出し。ありふれた理由だが、それ故に咎められることはない。
(今日はこの二人で良いでしょう)
外出者の名前欄にはロザリーの名と『
何度目かわからない『外出許可書』の作成だったが、慣れてきた今でもロザリーは人一倍、書類の作成には気を使っていた。
毎度同じメンバーだけで外出をしていれば、いらぬ疑いを掛けられかねないと危惧したロザリーは、毎回連れていくメンバーを変更していたのだ。
そのため、今回は『王の三腕』の副官であるレリアは留守番とした。
とはいえ単に留守番と言っても、やることが何もないというわけではない。
庭の掃除と見せかけ、屋敷の周りを取り囲む騎士団の配置や、日毎に替わるローテーションを徹底的に調査したりと、やることは山のようにある。
既に軟禁されてから一週間が経とうとしていたが、コツコツと積み上げてきた調査の甲斐もあって、周辺警備が手薄になる時間帯や、警備を行う騎士の質が落ちる日などにもだいぶ目処が立ってきていた。
地味で地道な作業ではあったが、こういった作業は紅介たち『紅』よりも『王の三腕』に一日の長がある。
然るべき時に向けて、ロザリー率いる『王の三腕』も着実に準備を整えていたのだった。
部屋を出たロザリーは買い物という名の情報収集に出向くため、『外出許可書』を片手に付添人を召集。
常に屋敷の門前で待機している騎士に『外出許可書』を提出し、許可を得て街へ繰り出す。
そうして物価の上昇調査や、街で飛び交う噂話に耳を傾ける。
(……果物一つとっても、大きく値上がりしてきている。いよいよ本格的に動き始めた、そう考えた方がよさそうですね)
タイムリミットは着実に刻一刻と迫ってきていた――。
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