第496話 諸刃の剣

 屋敷は広い。

 カタリーナ王女の部屋を用意することくらい造作もないことだった。

 引っ越し?の作業はロザリーさん主導のもと、つつがなく順調に終わり、残す問題はカタリーナ王女の存在を隠すことのみとなる。

 人の口に戸は立てられぬとはよく言うが、この屋敷に住む者たちだけに限ればそれは例外だった。

 この屋敷に住む者たちは、一部例外(俺たち『紅』やプリュイなど)を除きエドガー国王に選出された精鋭ばかり。その能力はもちろんのこと、王家への絶対的な忠誠心を持つ者だけで構成されており、全権代理人であるロザリーさんが一度箝口令を敷けば、カタリーナ王女の存在が外に漏れる心配はほぼ皆無とのことだ。


 そんなこんなで、かなりドタバタとした一日を送ることになってしまったが、無事カタリーナ王女はラバール王国に受け入れられることになったのだった。




 しかし翌朝、俺たちは……ラバール王国は厳しい現実を受け入れざるを得なくなる。


 騎士を引き連れた外交官を名乗る男によって届けられたのは一通の書状だった。

 ロザリーさんがそれを受け取り、中身を確認。内容が内容だったこともあり、すぐさま屋敷に住まう者全員が召集されることになったのだそうだ。


 例外に漏れず、俺たち『紅』も召集に応じた。

 ざっと辺りを見渡してみると、この場に呼ばれていないのはカタリーナ王女とプリュイだけのようだ。この二人に関しては本来、この屋敷には存在しないことになっているので、特段呼ぶ必要がないと判断されたのかもしれない。


 玉座に見立てた一際豪奢な椅子に腰を掛けるアリシアの横でロザリーさんが書状の内容を噛み砕いて説明する。


「この度、マギア王国からこのような通達がありました。不要不急の外出は控え、外出する際にはその都度外出申請を行うように、と。それもご丁寧なことに条件まで付けられています。外出の際の条件は二つ。一つ、一度に外出できる人数は最大三名まで。二つ、外出者の名前を書類に記載し、確認を取ること。もしこれらが守られない場合は、マギア王国の領土侵犯と見なし、マギア王国の法の下で裁くとのことです」


 途端、ざわめきが起こる。

 『横暴だっ!』と怒りを露にする者や、『信じられない』と驚愕する者。様々な反応があったが、誰も彼もが共通していたのはマギア王国の対応に大きな不満を抱いているということだった。


「お静かにお願いします」


 不満が完全に爆発する前に、ロザリーさんがピシャリと騒ぎを止め、説明を続ける。


「マギア王国の言い分としては、この国を取り巻こうとしている混乱に、来賓であるラバール王国の人間を巻き込まないため、そして我々の安全を確保するために必要不可欠な措置だと主張しています。しかしその実態は我々への監視ないし、軟禁にあることは明白。本来であれば徹底的に抗議を行う必要があるでしょう。ですが、こちらにも隠し事が……負い目があることもまた事実。事を荒げないためにも、今はあちらの要求を呑む他ないとアリシア王女殿下がご決断なされました」


 ロザリーさんの視線に促される形で、アリシアが話を引き継ぐ。凛としたその表情は負い目をまるで感じさせない、王族らしい堂々としたものだった。


「不便を強いることになってしまったことは申し訳なく思います。ですが――今は耐える時。陛下から託されためいを遂行するためにも、彼女は必要不可欠な存在なのです。何卒、ご理解下さい」


 口では謝罪したものの、最後までアリシアは頭を下げることはなかった。その態度に彼女の王族としての覚悟と矜持が、そして彼女に根づいている優しさと謙虚さが垣間見えた気がした。


「「――はっ!」」


 膝をつき、深々と頭を下げて己が忠誠心を示す。

 忠誠を誓う王家の出であるアリシアの決定に異議を唱える者はいない。

 皆が皆、この国に来た目的を忘れてはいなかった。ラバール王家の血を引くエステル王妃の救出というエドガー国王が下した命令を遂行するために、ここにいるのだということを。




 臣下たちの心に怒りの炎ではなく、使命の炎を焚き付け、この場は解散となった。

 使命感に燃えて去っていった臣下たちの様子を見た限り、暫くは屋敷内から不満が噴出することはなさそうだ。


 そして大広間に残ったのは、俺たち『紅』とアリシア、そしてロザリーさんと専属騎士であるセレストさんだけとなる。

 未だに豪奢な椅子に腰をおろしたままのアリシアに近づき、俺は声を掛けた。


「お疲れ様、アリシア」


「いえ、大したことはしていませんよ。それよりも、どうかされましたか?」


 俺がアリシアに……いや、正確にはロザリーさんにも聴こえるよう声を掛けたことには理由があった。


 それは、俺が持つ転移能力の開示。

 軟禁という状況下に於いて、この能力は必ず役に立つ時が来る。非常時はもちろんのこと、秘密裏な行動が必要となった時など、その用途は枚挙に暇がないだろう。

 監視・軟禁を打破するための強力な切り札になることは考えるまでもない。

 俺はその力を自分一人のためではなく、アリシアやロザリーさんとも共有しようと考えたのである。


 無論、そのような考えに至るまでにはいくつかの理由があったことは言うまでもない。

 信用に足る人物であること、失いたくない人たちであること、ラバール王国という巨大な後ろ楯と絶大な権利を持っていること、協力関係を築くことで俺たちでは知り得ない情報が手に入れられる可能性があること等々、挙げ出したらキリがない。

 そして何より、開示する最大の理由となったのは俺の能力が既に勘づかれているであろうことだ。

 学院の授業で見せた戦闘の数々や、夜間に屋敷を抜け出した回数は、もはや片手では数えきれない。直接的な証拠こそ残していなかったが、一緒に生活をしてきた以上、気付かれていても何ら不思議ではないだろう。


 もしかしたら心のどこかで気付かれても構わないと思っていた自分がいたのかもしれない。そんなことを思いながら、俺はやや回りくどい言い方で暴露する。


「もしどうしても外に出たくなったら、その時は俺に言ってほしい。何とかするよ」


 これだけで俺が転移能力を持っていると伝えるには十分だろう。

 実際、アリシアは少し驚いたような表情を見せ、そして笑った。


「はいっ」


 マギア王国の冬空にも負けないアリシアの眩しい笑顔に頷き返し、俺は踵を返す――が、そこでロザリーさんから待ったが掛かる。


「コースケ様にお願いがございます」


「なんでしょうか?」


 早速のお願いに、やや戸惑いながらも耳を傾ける。

 簡単なお願いくらいならすぐにでも叶えるつもりだった。だが、ロザリーさんからの頼みは俺の想像とは全く異なるものであった。


「コースケ様が持つを簡単には使わないでいただきたいのです」


「……へ?」


 呆気に取られた俺は思わず間抜けな声を上げていた。

 そんな俺に構わずロザリーさんは話を続ける。


「理由は単純です。切り札にもなり得る強大な御力ですが、もし相手に知られてしまえば、状況は悪化してしまう。今でこそ軟禁で済んでいますが、その御力が知られた時、マギア王国はより強固な手段で監視の目を強めてくるに違いありません。ですので、ここぞという時まではその御力を封じていただきたいのです」


 切り札、もしくは秘密兵器と言えば聞こえはいいが、実際問題、ロザリーさんは俺の能力を諸刃の剣だと思っていることは、その口振りからして明らかだ。

 おそらく『バレない自信がある』と豪語しても無駄だろう。

 カタリーナ王女を匿っているという負い目がある以上、ラバール王国からしてみれば、石橋を叩いて渡るほどの慎重さが求められるというわけだ。


 国家という巨大な力とそれに付随するしがらみに俺は搦めとられ、身動きを封じられてしまうのであった。

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