第495話 軟禁
騎士団たちを外で待たせるのにも限界がある。
そのためか、かなり簡略した形でカタリーナ王女はこの屋敷に来るまでの経緯を説明してくれた。
玉座の間に呼び出され、向かわせた分身が殺された可能性が高い、と。
ざっくりとだが、こんな内容であった。
「そんなことが……俄には信じられません」
どうやらロザリーさんは、カタリーナ王女の言葉の真偽を疑っているわけではなく、事実だと認識した上で驚愕しているようだ。
「まあ、そう思うのが普通ッスよ。でも、コースケさんたちならわかってくれるッスよね?」
マルティナという前例を知っている俺たち『紅』であれば、『王女殺し』に至ろうとした原因にも思い当たる節があるのではないか、といった質問がカタリーナ王女から投げ掛けられる。
「精神の誘導、汚染、操作……支配。アウグスト国王やエステル王妃が何らかの精神干渉を受けている可能性は確かに高いと思います」
「流石はコースケさん。私と全く同じ見解ッスよ」
何が流石なのかイマイチわからないが、どうやらカタリーナ王女も俺たちと同じ結論に至っていたらしい。
散りばめられた手がかりの欠片。
それさえ拾い集めることができていれば、この結果に至ることはそう難しいことではない。
しかしその反面、立証することは極めて困難だ。被害に遭っている思われる国王と王妃にも接触はできないし、仮にできたとしても、精神に異常をきたしていることを診断することもまた難しい。
万が一……いや、億が一、心からシュタルク帝国との戦争を望んでいる可能性だって捨てきれないのだ。現状では俺たちが打てる手は皆無に等しいだろう。
だが、このカタリーナ王女の発言は無意味なものではなかった。ロザリーさんの心を動かすには十分な力を持っていた。
「……精神汚染。確かにそれならエステル王妃殿下の手紙の件や、突如としてご連絡を断たれたことにも説明がつきます……。一考の余地は十分にあると見た方がいいでしょう」
顎に指を当て、眉間に皺をよせて思考を巡らせるロザリーさんの様子を見たアリシアはここが好機と考えたのか、説得に取りかかる。
「でしたら、ここでリーナを引き渡すわけにはいきません。彼女の命が危険に晒されるとわかっている。にもかかわらず、引き渡すなど誰ができましょうか」
アリシアの必至の説得に、さらに加勢をしたのはこれまで沈黙を貫いていたフラムだった。
「うむ、良く言ったぞ、流石は私の弟子だ。それにロザリーよ、ラバール王国の、エドガーの目的を忘れたのか? エステルとやらを救うために留学という名目でアリシアをよこしたのだろうに」
「フラム、それって秘密にしないと……」
一度口を開いたフラムを止められる者はいない。ディアのツッコミは虚しいことに完全にスルーされる。
フラムの発言に、最も感情が揺さぶられたのはカタリーナ王女だった。機密情報をあっさりと漏らしたフラムに頭を抱えるロザリーさんを他所に、二人だけで会話が進んでいく。
「お母様を……救うため?」
「手紙の内容まで詳しくは覚えていないが、そういうことだ。でなければ、わざわざ危険を冒してまで大切な娘を他国に留学させる親などいないだろう。だが、どうやら手遅れだったようだがな」
「確かにお母様が変わられたのは、ここ数ヶ月の間。やっぱりお母様もお父様の異変に気付いていたんスね……」
そう力なく言葉を漏らしたカタリーナ王女はぼんやりと食堂の天井を見上げていた。
彼女の母であるエステル王妃のことを考え、嘆き悲しんでいるのかもしれないが、正確なことは俺には知る由もない。
この場の空気は完全にカタリーナ王女を保護する流れになっていた。反対していたロザリーさんもだいぶ態度を軟化させ、今では一考の余地ありと考え始めている。
こうなれば、もはや答えは決まったようなもの。最後の一押しをアリシアが行う。
「当屋敷にはカタリーナ王女はいない。そして、我が国には捜査に協力する意志も義務もない。これでよろしいですね? ロザリー」
瞼を閉じること数秒。
ロザリーさんはゆっくりと頭を下げ、アリシアに恭順の意を伝えた。
「かしこまりました、アリシア王女殿下。騎士団にはそのようにお伝え致します」
そしてロザリーさんは、騎士団にラバール王国の意向を伝えるため、食堂を後にした。
唯一、この決定に戸惑いを見せたのはカタリーナ王女だった。
ロザリーさんが不在の中、負い目を感じているような力ない声音で、恐る恐るアリシアに話し掛ける。
「……本当に良かったんスか? 私なんかを庇ってもラバール王国には何もメリットはないと思うんスけど……」
「いいえ、リーナ。そもそも、これはそういう話ではありません。私のお父様がエステル王妃殿下を助けたいと思ったのと同様に、私もリーナを助けたいと思っただけなのです。なので、私がお父様からお叱りを受けることはありませんし、リーナが申し訳なく思う必要はありませんよ」
最強の理論武装を手に入れたと言わんばかりに、いたずらっ子のような笑みを見せるアリシア。残念ながらカタリーナ王女とは違って板についておらず、あまりそういった笑い方に慣れていないようで、ややぎこちなく見える。
けれどもカタリーナ王女が抱いている負い目を払拭するには十分だったようだ。
「本当、アリシアには敵わないッスね。これじゃあ、王女としての器の違いをまざまざと見せつけられた感じじゃないッスか。でも……本当にありがとう」
照れ臭そうにカタリーナ王女は微笑み、感謝を告げた。
前置きが照れ隠しであったことは、誰の目から見ても明らか。今でも若干顔を朱色に染めているところからしても、心の底から照れ、そして心の底から感謝しているに違いない。
それから数分後、ロザリーさんがやや顔を強張らせ、戻って来た。その表情から察するに、あまり良い報告は訊けそうにない。
ある程度、心構えをしておく必要がありそうだ。
全員の視線がロザリーさんに集まったタイミングで報告は行われた。
「お伝えして参りました」
「騎士団の方々には帰っていただけましたか?」
アリシアの問いに、ロザリーさんは首を縦にも横にも振らず、顛末を伝える。
「端的に申しますと、騎士団が当屋敷に踏み入ってくることはありません。しかしながら、屋敷を取り囲むように騎士が配置されることとなりました。それも昼夜問わず毎日配置すると」
「つまりは、私たちを監視する、ということですか」
ストレスを感じる日々を送ることになりそうだが、落としどころとしてはそう悪くはないだろう。
所詮はただの監視だ。カーテンを閉めれば覗き見られることはないし、カタリーナ王女を隠し通すこともそう困難なことではない。
プライバシーの侵害だ、なんて吠えても意味はないし、カタリーナ王女にはかなり窮屈な思いをしてもらうことになるが、ここは我慢してもらうしかないだろう。
俺はそんな楽観的なことを考えていた。
しかし、現実は想像よりも過酷なものだった。
「いいえ、監視ではありません。――軟禁です」
「え……?」
唖然とした声がアリシアの口から漏れる。
そんなアリシアに対し、ロザリーさんは補足説明を行う。
「屋敷は正式な契約の上でラバール王国が借り受けている物のため、マギア王国が我々の権利を侵害し、強制的に踏み入ることはできません。ですが、それは屋敷だけの話。ここより外は全てマギア王国の領土であり、外出をする際には本来許可が必要となります。これまでは暗黙の了解ということで外出の都度、許可を取らずに済みましたが、これからはそうはいかないでしょう。近日中にもその旨をこちらに通達してくるに違いありません」
断言できるほどには、ロザリーさんは騎士団とのやり取りでそう確信したのだろう。
その次の日、ロザリーさんの推測が正しかったことが改めて証明される。
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