第488話 復讐の炎

 フレーデン公爵領から王城へと戻って来たカタリーナはずっと自室に籠り続けていた。


 結局、誰を問いただしても使者の正体を掴むことはできなかった。

 フレーデン公爵家の関係者は勿論のこと、使者を遣わしたであろう王城内でもカタリーナの力が及ぶ範囲内で聞き取りを行ったが、手がかりはほぼゼロ。

 とはいえ、何も収穫がなかったわけではない。

 使者の正体がわからない、顔すらも思い出せない、という証言だけはクリストフから何とか手に入れることができていた。


 そして密かに行われたマルティナの葬儀の日からカタリーナは学院を休み、連日連夜考え抜いた上で一つの答えを導き出す。


 マルティナの死は自殺に見せ掛けた他殺であり、その犯人は精神を操るスキルを持つ人物である、と。


 物的証拠は一つもない。しかし状況証拠がそうであると物語っていた。

 国王アウグストの変化、マルティナの裏切りと死、そして今回の使者の顔すら思い出せないクリストフの曖昧な証言。

 これらを統合して考えてみると、答えは精神汚染――それしかないとさえ思えてくるほど、ぴたりとくる答えであった。


 残された問題は犯人が誰であるか。

 憶測でしかないが、この答えもカタリーナは簡単に絞ることができていた。


 紙に羽ペンを走らせ、カタリーナは自身が導き出した答えを大きな丸で乱雑に囲う。

 その紙に書かれた内容は彼女が思い付いた限りの不自然な事件の数々と、それらの事件によって得をした存在についてだ。

 一心不乱にペンを走らせたその紙には大量の文字や記号で埋めつくされており、一目見ただけでカタリーナの努力が窺い知れる。


(莫大な利益を得た者……それはシュタルク帝国との戦争を企む者、もしくはシュタルク帝国そのもの。今の状況から鑑みるに、シュタルク帝国の間者がマギア王国の中枢に紛れ込んでいると考えた方がしっくりと来るッスね。となると、やっぱりラバール王国は今回の騒動には無関係。今は微妙な関係になっちゃってるッスけど、こうなったら是が非でもこちらの陣営として囲っておきたいところッスね)


 復讐に燃えているカタリーナは、ラバール王国を、そして紅介たちを巻き込む算段でいた。

 例え恨まれようとも、復讐さえ果たせればどうなってもいい。

 尊厳や矜持、あるいは自身の命を失うことになるとしても、カタリーナには止まるつもりがなかった。


(……必ず、必ずマルティナを死に追いやった犯人には、その報いを受けてもらうッスよ)


 復讐の炎にその身を焦がす王女は、孤独に嗤う――。


――――――――


 『七賢人セブン・ウィザーズ』を救うべく暗躍した日から、早くも一週間が経った。あの日以来、学院に『七賢人』は誰一人として姿を見せていない。

 その間、担任であり、『七賢人』の顧問のような役割を担っているカイサ先生に彼女たちの動向を尋ねたこともあったが、どうやらカイサ先生も何もわかっていないらしく、非常に心配をしているようだった。


 何の進展もない日々が続き、今日も今日とて『七賢人』は不在。

 妙な胸騒ぎを日に日に強く感じ始めていたその日の放課後、俺は個別にカイサ先生から呼び出しを受けた。


 ディアたちには先に帰ってもらい、俺は空き教室へと足を運んだ。


「失礼します」


 ノックと共に空き教室の扉を開き、中に入る。

 事前に『気配完知』で人の気配を察知していたこともあり、何も躊躇うことなく中へと足を踏み入れた。


 窓際の席で暗くなりつつある外の景色を眺めるカイサ先生は、俺に視線を向けることなく、ポツリと言葉を溢す。


「……なあ、お前は知っていたのか?」


 一向にこちらを見ようとしないカイサ先生を不思議に思いながらも、意味がわからない問い掛けに淡々と答える。


「知っていた? 何のことですか?」


 心当たりがまるでない意味不明な質問に、俺は惚けるわけでもなく純粋な気持ちで尋ね返す。

 俺がそう言葉を返すと、カイサ先生は『……やはりか』と呟き、ようやくその顔をこちらに向けた。


 そして俺は気付く。

 いつもの教師然としたカイサ・ロブネルという一人の女性の姿が、どこか儚く消え入りそうになっていることに。

 俺の顔を見つめたカイサ先生は、諦念や後悔、悲痛感などの様々な負の感情がない交ぜになった憂いを帯びた表情を浮かべ、こう溢した。


「……マルティナが死んだ」


「……は?」


 いよいよもって意味がわからない。

 あの日の脱出劇以降、『七賢人』が活動を停止していることはプリュイを通して知っていた。

 もし今の突拍子もない話が事実なのだとしたら、マルティナが死んだのはプリュイが活動に参加していない間の出来事か、もしくは安全に『七賢人』たちを脱出させたつもりでいたあの日ということになる。

 どちらにせよ、俄には信じ難い話であることには変わりない。その信憑性を疑わずにはいられないほどに。


「今の……今の話は本当ですか?」


「本人たちから直接確認を取ったわけではないが、確かな筋から届いた話だ。今はまだ公にはなっていないが、貴族の間ではその話で持ちきりになっている」


 冗談の類いではないことは、カイサ先生の悲痛な表情から見て取れる。つまり、ここ最近『七賢人』たちが学院を休んでいるのは、マルティナの死が原因だということなのだろう。


 しかし、どうしても納得がいかない部分があった。

 それは、いつどこで誰にマルティナが殺されたのかという点だ。『七賢人』の実力を考えれば、そんじょそこらの人間では到底太刀打ちなどできはしない。Sランク冒険者パーティーが何組も集い、不意をついてどうかといったところだろう。


 そして何より腑に落ちないのは、殺された対象がマルティナという点にある。

 マルティナは裏切り者、あるいは精神を汚染され、操られていた可能性が高く、『七賢人』にとっては獅子身中の虫のような存在になりつつあった。

 もしこれが、マルティナを操り差し向けた者の犯行なのだとしたら、殺害対象がどう考えてもおかしい。


 考えれば考えるほど謎が深まるばかりな話だ。

 マルティナが殺されたショックよりも先に、この時の俺は冷徹な思考で物事を考えてしまっていた。


「犯人はシュタルク帝国の間者……つまりは諜報員とのことだ。カタリーナと共にいたところを襲われ、死亡したという話だが、その辺りの信憑性に関しては正直言って疑わしいな」


 何を思って俺にそんな話を訊かせているのか理由は定かではないが、どうやらカイサ先生も俺と似た、違和感のようなものを抱いているようだ。


 俺は一度姿勢を正し、カイサ先生の顔を真っ直ぐと見つめ、その真意を問うことにした。


「その話をどうして俺に?」


 俺がそう問うと、カイサ先生は力なく笑い、それでいて確固たる意思を宿した瞳で見つめ返してきた。

 そしてカイサ先生は窓際から動くと俺に詰め寄り、鼻と鼻がぶつかりそうな至近距離で言い放つ。


「これ以上の無駄な腹の探り合いはもうやめだ。お前たちの目的は何だ? お前たちは一体何を知っている?」


 白を切ることを許さない圧倒的な威圧感を向けられるが、その程度の脅しに屈する俺ではない。

 敵意が籠められたキツイ眼差しを悠々と見つめ返し、首を傾げる。


「ご存知かと思いますが、魔法先進国であるマギア王国で魔法技術を学ぶためにこうして留学をしたまでです。アリシア王女殿下の護衛を兼ねていることは否定しませんが」


 俺たち『紅』がアリシアの護衛を陰ながら務めていることには、おそらく勘付いているだろうと考えての発言である。

 しかし、カイサ先生は俺の想定を上回る回答を用意していた。


「……そう来るか。ならばもう一度言わせてもらおう。腹の探り合いはもうやめだ。お前たちのことは個人的に調べさせてもらった。Aランク冒険者パーティー『紅』。それがお前たちの正体なのだろう?」

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