第489話 掛け違えたボタン

 カイサ先生はここぞとばかりに捲し立ててくる。


「お前たちが王女殿下の護衛であろうことは入試や他の試験を経て半ば確信していた。それにな、ここは世界最高峰と呼ばれている魔法学院だ。生徒の質……特に私が受け持つSクラスの生徒たちの実力はかなりのものだと誇りにすら思っている。しかしだ、はっきり言ってお前たちの実力はSクラスの中でも……いや、全世界の中でも常軌を逸している」


 こうまで言われてしまえば、留学生としてではなく護衛としてこの国に来たと認めた方がいいだろう。

 真の目的を悟られないようにするためにも、ここは必要経費だと割り切って同意しておく。


「何が言いたいんですか? 王女殿下を護衛するためにはそれに相応しい実力を持った者が護衛に就く。当たり前のことではありませんか?」


 逆ギレのような台詞になってしまったが、声色は穏やかなまま。俺はあたかも白旗を揚げるかのように開き直っていた。

 しかし、カイサ先生の追及は止まらない。


「どうにも腑に落ちないんだよ。お前たちは貴族でもなく、だからといってラバール王国に仕えているわけでもないことは確認が取れている。つまりだ、お前たち『紅』は本当にただの冒険者に過ぎないというわけだ。何故お前たちほどの冒険者がAランクで燻っているのかは知らないし、どうでもいいことだが、少しおかしいとは思わないか?」


 いやいや、俺に訊かれても……なんてことを思いつつも、頷くでもなく否定するでもなく沈黙を貫き、次の言葉を待つ。


「貴族の身から言わせてもらうが、王族の護衛を一介の冒険者が務められるとは思えない。これは実力云々の問題ではなく、周囲の人間の矜持の問題だ。貴族や騎士団に属する者が王族の護衛を外部の者に任せるなど絶対にあり得ないし、許すはずがない。事実、それを裏付けるようにアリシアの送迎時にはお前たちだけではなく、立派な甲冑を纏った騎士まで帯同している。おかしいだろう? お前たちほどの実力者が三人も帯同しているにもかかわらず、何故騎士まで帯同させる必要がある? 王女殿下を護衛するためとはいえ、いくらなんでも過剰な戦力だ。そして何よりもおかしいのは、お前たち『紅』は護衛だというのに、些か単独行動が過ぎる点だ。主を守護すべき人間が主を放って『義賊』に首を突っ込むなど、本来ならば許されるはずがない」


 ここまで言われ、ようやくカイサ先生の言いたいことが見えてきた。

 要するに、だ。カイサ先生は俺たち『紅』の護衛としての立場を疑っているということなのだろう。

 表向きは留学生。だが、その実態は王女殿下の護衛……と思いきや、更にその奥に見えてきたのは、冒険者というまた別の姿だったというわけだ。

 カイサ先生が俺たちを不審に思い、疑いの眼差しを向けてくるのも無理はない。


 長い長い前置きを途中で遮る形になってしまうが、話を前に進めるためにも、俺はさっさと結論を口にする。


「カイサ先生は俺たちを疑っている。護衛としてではなく、何か別の目的があってマギア王国に来たと考えている。つまりはそういうことですよね?」


 そうでなければ、『これ以上の無駄な腹の探り合いはもうやめだ。お前たちの目的は何だ? お前たちは一体何を知っている?』などとは訊いては来ないだろう。

 確証こそないが、それなりの確信を持っているに違いなさそうだ。わざわざこんなところに俺を呼び出したあたり、まず間違いない。


 間を空けることなく、答えは返ってきた。


「その通りだ。私の生徒としてではなく、そして王女殿下の護衛としてでもなく、冒険者パーティー『紅』の一人として、もう一度問わせてもらおう。お前たちの目的はどこにある? お前たちは何を知っている?」


 直感的に俺はここが分水嶺であると悟る。


「……」


 もしここで俺たちの知り得た情報をカイサ先生に話したとしよう。

 シュタルク帝国に身を潜めていると思われる神アーテのしもべとでも呼ぶべき存在が、この地で大きな騒動を引き起こそうとしている、と。

 それが両国間の戦争の勃発にあるのか、はたまた別のところにあるのかは未だにわからない。けれども、もしカイサ先生にこの情報を伝えた場合に果たしてどうなるのか、それが問題だ。


 こちらについてくれるのであれば心強い味方になるであろうことは明白。貴族としての権力は当然のこと、他にも先生が持っている情報網なども大いに期待できる。


 しかし、話はそう簡単ではない。

 安易に全てを打ち明けた末に、もしカイサ先生がアーテ側の人間だと判明したら目も当てられない状況になってしまう。


 信用と信頼。

 この二つを築き上げてこられなかった以上、安易に全てを語るのは危険極まりない行為だと言えるだろう。


「話せない、か……」


 俺の長い沈黙を拒絶と捉えたカイサ先生は、詰めていた俺との距離を取り、背を向けた。


 寂しげな背を見た俺は、慎重になり過ぎているのではないかと思い悩みながらも、空き教室から去ろうと足を進める。

 背中と背中を向かい合わせる形になり、教室のドアへと手を伸ばしたその時、カイサ先生は消え入りそうな声で語りかけてきた。


「……どこでボタンを掛け違えてしまったんだろうな。今とは違うもっと別の関係でいられたら、お前たち『紅』と『七賢人あの子たち』は本当の意味で協力し合えていたかもしれない。マルティナも死なずに済んだかもしれない。そう思うと悔やんでも悔やみきれないな……」


 悔しげに語ったその言葉を否定し切る材料は何一つとして持ち合わせていなかった。


 敵対しているつもりは微塵もない。むしろ良好な関係を結べていたつもりだ。だが、そこに打算的な物が無かったかと問われれば、答えはノーとなる。

 そういった意味では、利害が一致しなければ協力し合えない以上、冷えきった関係とも呼べるかもしれない。


 互いが互いを牽制し、警戒してきた結果が今の関係なのだ。

 『もし』を考え始めたらきりがないことくらいカイサ先生もわかっているはず。

 マルティナの死を避けられたかも、などという『もし』を考えてもマルティナはもう帰って来ない。ならば、俺たちが考えるべきはこの先の未来についてだ。


 だから最後に俺は、後悔に苛まれているカイサ先生に言葉を、伝言を残すことにした。


「これだけは誓います。俺たち『紅』はマギア王国の敵ではありません。カタリーナ王女殿下にもそう伝えて下さい」


 これが俺ができる精一杯の譲歩であり、見えづらい救いの手を伸ばしたつもりでもあった。もし何か助けを求められればその時は応じるという意味を込めて。


「……そうか、必ず伝えておこう。では最後に私からも一言だけ伝えておく。――マルティナの死を切っ掛けに、一部の貴族からシュタルク帝国との戦争を望む声が上がってきている」


 ドアに伸ばしていた手がピタリと止まる。


 ある程度想定していた展開だったとはいえ、マルティナの死が切っ掛けとなり、ここまで急速に事態が悪化するとは思っていなかったからだ。 


 アーテの言葉を鵜呑みにするのならば、『騒動』は春に引き起こされるはず。

 そこから逆算すると――残された時間は二ヶ月を切っていた。


 着々とタイムリミットが近付いて来ていることを改めて実感させられる一言に、心臓が嫌な音を立て始める。


 慌てず、焦らず、じっくりと。

 もうそんな悠長なことを言っていられる時間はとうに過ぎている。


 教室から出るや否や、俺の足は無意識のうちに駆け出していた――。

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