第474話 悲哀
フラムの声に誘われ、俺とディアも視線を空に向ける。
大粒の雪が視界を遮ってくる中、確かに『ソレ』は宵闇の空に、そして雪に紛れ、小さな翼を羽ばたかせていた。
「ああ、あれがマルティナの……」
夜闇と空にその身を隠すかのように空を飛んでいたのは、マルティナの『目』と思われる白く小さな鳥だった。
松明を片手に列をなして歩く兵士たちの頭上遥か上空を一定の距離を保ちながら飛んでいる。
どうやらマルティナが造り出した白い鳥は俺の『気配完知』でも捕捉することは困難なようだ。今でこそこの目で捉え、意識を集中させることでようやく捕捉することができるようになったが、ただ闇雲にスキルを発動させるだけでは発見することは不可能だと言っても過言ではない。
では何故捕捉が難しいのかというと、理由は二つある。
一つは、マルティナが造り出した白い鳥には本来あるべきはずの命がないことから、存在感や気配が非常に希薄になっているからだ。
距離が近ければ羽の音などで察知することができるかもしれないが、羽ばたき音すら聴こえない距離ともなると捕捉は難しい。
もう一つは、俺が無意識下で『気配完知』の力を緩めていることにあった。
この世界では魔石を用いた道具が満ち溢れてる。戦闘用魔道具然り、生活用魔道具然り、魔物から採取した魔石を使った道具が当たり前のように普及しており、それらに含まれる微量の魔物の情報とも呼ぶべき残滓をいちいち探知していたらキリがないし、頭がどうにかなってしまいそうになるからだ。
おそらく同系統のスキル所持者ならば、誰しもが俺と同じような使い方をしていることだろう。
それらの理由から、俺はマルティナの『目』を今まで見つけ出すことができずにいたのだ。
とはいえ、一度捕捉してしまえばあとは楽なもの。スキルのリソースをあの白い鳥に割けばいいだけだ。
俺は『気配完知』のリソースをマルティナの目に割きながら、視線は眼下を歩く兵士たちに向ける。
「気になる点もあるけど、この調子なら彼女たちが罠に掛かることはないだろうね」
無論、マルティナが白だった場合に限り、という条件つきの話だが。
それにしても……と、俺は思う。
真夜中の兵士たちの行軍から考えるに、まるで『義賊』がこの都市に現れることを知っての動きにしか見えない。
となると、やはりこれは罠だと考えるのが妥当だろう。
まだ襲撃どころか到着すらしていない『義賊』を待ち受けるかのような動き。もはや情報が筒抜けになっていることは疑うまでもない。
では誰が情報をリークしているのか、という話になるのだが、もうこの時点で俺は……いや、俺たちは裏切り者に見当がついていた。
風に掻き消されそうなほどのか細い声でディアが呟く。
その声には悲哀の色が籠められていた。
「……鳥が、マルティナの『目』が、兵士たちを先導してるみたいだね……」
「……ああ」
俺はそう短く言葉を返すことしかできなかった。
俺の目に映る光景がマルティナが裏切り者だと物語っていたからだ。
白い鳥が高度を下げるや否や兵士たちの先頭を飛ぶ。そしてその鳥の姿を確認した兵士たちは一切の戸惑いを見せることなく視線を鳥に縫い付けながら行軍を続ける。
それはまるで、鳥が進む先に『義賊』が現れることを知っているかのような乱れなき統一された動きだった。
そして白い鳥がとある建物の前で旋回を繰り返す。
すると百をも超える兵士たちが松明の炎を消すと、西門付近にあった宿屋らしきその建物の前を陣取り、その後ぞろぞろと建物の中へと入っていったのであった。
「大方、今の動きは『ここで待て』という合図だったのだろうな」
冷めた眼差しを白い鳥に向けたフラムが見たままの事実を口にする。
その言葉を否定できる材料を俺は持ち合わせていなかった。
―――――――――
ほぼ同時刻、『
今作戦の参加メンバー数はプリュイ加入以降、初めてとなる八人。マルティナの代役を務めていただけのカルロッタも今回に限り、参加することになったのだった。
そんなカルロッタが参加を表明した理由はただ一つ。――真実の究明に他ならない。
カルロッタは独自の視点でほぼ裏切り者がマルティナなのではないかと目星をつけていた。だが、彼女はそれだけでは満足できなかったのだ。自分の目で真実を確認したいという欲求が彼女を突き動かしていたのである。
非常にギスギスした空気が漂う中、イクセルが淡々と作戦概要を説明していく。案の定と言うべきか、周りからの反応は芳しいものではなかった。
「「……」」
カタリーナが裏切り者の存在を仄めかした日以降、『七賢人』の中にはわだかまりが残っていた。
とりわけ、オルバーとクリスタは顕著にわだかまりがあることを表情に出していた。気が乗らない、やりたくない、そんな風に周囲から思われても仕方がないほど、表情に不満が現れていたのだ。
そして、秘密を共有しているイクセル、カタリーナの表情はどこかぎこちなく、硬い。
紅介たちに協力を仰いでいることを黙っている背徳感、罪悪感が二人の表情を硬くしていた。無論、二人とも表情に出さないよう気をつけているつもりでいたのだが、それでもなお、僅かながらに後ろめたさが表情に出てしまっている。
幸いなことにその僅かな変化に気付く者はいなかったが、罪の意識が二人の心を締め付け続けている事実は変わらない。
現状、平常心を保ち続けられている者は八人中、半数の四人のみ。
今作戦の真の目的を知っているにもかかわらず、悠長に遅刻をしてきたプリュイと、感情を殺すのを得意としているアクセルとカルロッタ、そして何も知らないマルティナの四人だけだ。
マルティナに限っては、むしろ高揚感に満たされかけていた。
待ちに待った名誉挽回の機会がようやく訪れたと息巻いていたからだ。
「――標的は小都市クヴァルテールに滞在中だ。……マルティナ、現地の様子は?」
マルティナの名を呼ぶ際にイクセルの言葉がほんの僅かに詰まる。しかしマルティナはその僅かな間を気にすることはなかった。
「天気は相も変わらず荒れ模様ですわ。ですが、悪天候が幸いしたのでしょうか、外を出歩く人はほとんどいませんわね」
「そうか。では、本作戦の障害となりそうなものの存在は?」
「視界があまりよろしくないので断言まではできませんが、現状では確認できませんわね。何か異常があればその都度お教えしますわ」
意気揚々と話すマルティナの様子を横目で見ていたカタリーナは沈黙を貫き続けていた。
もし今、口を開いてしまえば、作戦よりも私情を、友情を優先してしまうかもしれない。そう思っていたからこそ、カタリーナは口を挟めずにいた。
(本当に、本当にごめんなさい……イクセル……)
イクセルに全てを丸投げしてしまっていることに、カタリーナは強烈な罪の意識を抱く。しかし、心の中で謝罪をしてもなお、カタリーナは行動を起こせずに沈黙を貫くことしかできない。
そして、一通り作戦概要を話し終えたイクセルは、最後の最後にマルティナに問う。
真剣な表情でいながら、不安に満ちた震えそうな声音で。
「罠、ではないな?」
本来ならば『罠はないな?』と問うべき場面だっただろう。しかしイクセルは無意識下で別のニュアンスを含んだ台詞を吐いてしまっていた。
そう――それはまるで、罠を張った張本人に問いただすかのような台詞であった。
そんなイクセルの問いに対し、マルティナは不自然なほど自信に溢れた満面の笑みで、こう答えたのである。
「ええ――
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